マラソン

2009年11月14日 (土)

空港ラン

 昨日朝雨。予報をみて覚悟していたから雨具を着て公園周りを走る。
 走っているひと、いつものゆっくり外人さんだけだった。小雨になって散歩者が出てきた。それでも気温はさほど低くなく普通に走れた。

 今日は午前中空港へ。杭州マラソン断念組のST先輩に誘われて実施。空港女王のKさんと3人でゆく。
 5時半世紀公園一号門集合&スタート。雨から急速に冷え込んだが走るにはちょうどいいくらい。北西風なので空港に行くとき向かい風。

 5時半はもちろん真っ暗。工事中の龍陽路を避けて錦繍路まっすぐ進み羅山路を越える。川沿いの道に入り張江路へ。そのまま南下して高科中路を過ぎる。涼しいからいままでよりもペースが速い。
 ここまで、先週の杭州マラソンの影響が少しあるのか足が重い。STさんもKさんも軽快。

 孫環路に入りやっと農村風になりはじめる。レンガ工場のところでA20をくぐる。その先、川周公路を左折して長い直線。このあたりが中間の17-18キロ。何回も来た道だから今回写真も撮らず。ただいろいろ話しながら休まず進む。寒いせいで夏場よりも道行く人が少ない。バスを含めて大型車が多くて気をつけながら走る。

 川沙路をすぎるとかなり来た気がする。つきあたりを右折しすぐにA1(空港高架道)をくぐる。前回と同じように早めに左折して車の少ないショートカットしようとしたが、道をやり過ごしてしまった。細い右折の道に入るべきだったのだ。仕方なく道なりにいき、葡萄園?見覚えありますね。あのピンクの建物、過去何回も通り過ぎました?などとあやふやな記憶で、でも何とかなるだろう、と東へ。

 結局従来の最後少し戻るルートになって滑走路北側に出た。STさんは25キロ以上走ったことない。で、今回初フルなのでどうしても一度30キロ以上をやっておきたい、という動機。25キロを優に過ぎたが快調だ。もちろんKさんはいつも通り淡々としたペースで、涼しいから体が動く、とスピードが速い。

 最後200mで「ダッシュしますか?」とSTさん、Kさんに聞いたら本当にスパートし始めた。元短距離選手のKさんの勝ち。37キロを4時間。いままでで一番速い。
 今週食べすぎで重く、今回朝食べず、水一杯飲んだだけで走ったが途中給水もしなかった。腹もへらず。やはり食べないで走った方が体が軽くていいみたいだ。

 STさん、Kさんお疲れ様でした。今日の調子でしたら上海マラソン楽勝ですね。

 

2009年11月 8日 (日)

杭州マラソン:前日

 思わぬところで走った。杭州マラソン終わり、列車の切符を買っていたのでみんなと別れて駅へ。道が混んで発車4分前に駅到着。車から列車まで約400m今日一番の全力疾走だった。

P10404242  さて、杭州マラソン前日土曜日午後電車で杭州入り。南駅ではなく上海駅発。3ヶ月ぶりにきたら動車組(新幹線)の自動券売機ができて、普通の発券所が移動して、こういうところはしばらくこないと間違える。
 道中ほとんど寝て杭州へ。前日から寝てばかりだ。

 マラソン荷物受け取りの黄龍体育中心は駅からバスが出てる。時間があるからバスで、とバス停を探すがみつからず。聞いてもいまいち。あきらめてタクシ-を探すが空車がない。
 今日乗ったタクシーの運転手に聞いたら杭州はタクシー少なくてつかまりにくいそうだ。

P10404272  ようやく乗って中心へ来た。向こうのスタジアムでこの夜、郭富城のコンサートがあり、警官(警備員でなく)がわんさかいた。ざっとみて100人いた。4万人収容だと。スタジアムうまるのかなあ。
 来週は梁静茹のコンサートと出ている。

 大会グッズはこの看板の通り右側の体育館で受け取る。

P10404262_2  

フルの受け取り。事前情報では参加費の振込み控えを見せるように、とあったが、それはなし。パスポートと北京マラソンの完走証だけで受け付けてくれた。
 学生のボランティア。最近どこの大会もこういう人たちが運営している。ここはスムースに手続きが進んでいて待つことなし。

 歩いてすぐのホテルに宿泊。高級ホテルだが近いのが魅力。

チェックインして18時にホテル内の日本料理店にいくともうみなさん勢ぞろい。前日だから食事中心、にはならず結局飲み会になった。もちろんみんな旺盛に食べるが飲むほうもビールから焼酎になり。なんのかの20時すぎまで飲んだ。

 お開きとなり、早いけど寝ようかな、と準備していたら電話。下で飲みなおすと。ホテルのバーというには音楽のボリュームが大きい店でワインを飲む。
 ああいうのきっと家では不良娘といわれてるんだろうな、という格好をした若い人が大量にいた。
 結局寝たのは23時だった。

2009年11月 2日 (月)

走ること。

 急に冷え込んで、道路標識板がぶらぶら揺れるほどの強風になった。走るほうも冬支度。

 昨日ランニング初心者の人と一緒に走った。そうしたら、走ることについて何も話がないのに気がついた。走り方は自己流で、ストレッチとか筋トレは全くしない。靴はありあわせの古いのばかりで、距離も心拍も図らない。走りながら給水も補給をしない。終わってマッサージその他ケアせず、サプリの類は全く摂らず、食べ物も適当。目標タイムなく、目指す大会はない。憧れのランナーということを考えたことがない。

 小雨模様だったから、雨の日は帽子かぶると楽ですよ、と一言。終わったあと、最初のうちは走らなくても歩くだけで効果あります。などと雑談。走る話はそんな程度だった。

 自分のランニングは、暇つぶし&腹をすかせるため体を動かしているだけなんだ、と改めて思った。

2009年10月31日 (土)

チャリティ

 昨晩飲んだわりに5時に目が覚めて走りに出る。もう少し眠たい。土曜だから昼寝しよう。
 10月31日だというのに何でこんなに暑いんだろうか。30分走っただけでずいぶん汗をかいた。気温のせいだけではなく体調がよくないのかもしれない。足も重い。

P10404002_2 7時過ぎ1号門にゆきピンクリボンの5キロラン、に参加する。マラソン仲間全部で40人くらい参加。新しい人、知らない人がずいぶん多かった。練習会に出ていないからこうなる。最近人の顔を憶えるのがますます苦手になってきたし。

 ピンク色のTシャツを着て中に入るとこんなふうに紅色世界だった。

P10403972_2 コースはこの通り、公園の中をくねくね走る。3年半世紀公園の隣に住んでいるが中に入るのは今回が初めてだ。

 ものすごい人出かと思いきや。ざっとみて3-400人くらい。それでもちゃんと荷物預かりあり、水くれてTシャツあり。ピンクのTシャツを着たら、TJさんがまじめにびっくりしてあんぐり口を開けていた。それほど似合わなかったようだ。

 8時20分スタート予定が8時45分ごろスタート。チャリティだから適当に走ると思っていたらみんなダッシュしている。最初からおいて行かれて、トイレに行きたくなるし、初めて入った公園の景色を眺めながら走った。

 隊長が女子1位、YMJさんが4位だった。

 結構金かかってきれいな大会。どこから資金が出ているのか。謎だ。なおみさんという女性が着ていた服も謎だった。

2009年10月24日 (土)

空港新コース

 今朝浦東仲間のGさん、Kさんと空港へ。前回から早や2ヶ月近く経つ。時が経つのは走るより速い。
  5時龍陽路駅集合。この季節まだ真夜中。最初から工事中で躓く、ほどでもないが走りにくい。
 南ルートだが趣向を変えて張江に入って南下せず祖沖之路を東へ向かう。右に折れて高科中路ー張江路。ゲッ。ここも工事中。高架道路がある。何故?

P10403862_2 GさんもKさんも世間話をしながら好調。春先走ったときよりみんな格段に力をつけている。
 華夏路にぶちあたると第二空港高速道路がかなりできている。すぐに孫環路に右折。車が少なく走りよくなった。ここで日が昇る。6時20分くらい。
 ここのところいい天気ばかりだ。
 が、このあたり走りながら癌の話ばかりしていた。

 A20外環路をくぐっていつもの道に入る。少しショートカットしたから速い。

あとは川周公路をひたすら東へ行く。街に入ったところで、前回も立ち寄ってその飲み物の冷え具合(凍っていた)に感動した店で一休み。傍らは運河。涼しい風があり疲れはほとんどない。

P10403872  突き当たりの川六公路を右折し並木に入る。A1を越えてしばらくしてここも気分転換に高橋路という狭い道に入ってみる。大丈夫?前からバイクがたくさん来るからいいかな?
 途中完全な田園地帯になり収穫前の水田が朝日を受けて見事。運河も水郷風。しばし景色をみる。

 川につきあたり、あら、と思ったらすぐ脇に橋があり、晨陽路という場違いに立派な道になった。太くて新しい道だ。家もきれいで街になっている。交差点にトイレ。少し休憩。もうそう遠くない。

 あとはまっすぐ行ってA30陸橋を渡り空港エリア。なんとなくついた。GさんもKさんも平気な様子。このルートは32キロくらいだった。現時点ではこのルートが走りやすそうだ。今度は北迂回ルートを試してみよう。登山みたい。

 夕方軽い靴を履いて公園を2周。1周目22分10秒、2周目23分20秒。またGさんに会った。朝晩で45キロ。

 

 

 

2009年10月20日 (火)

北京マラソン②

どうしたのか?と思うくらい上海になかった好天の秋空続き。朝走り出し寒いほどだが日が出るとちょうどいい。久々SKさんに会って一緒に1周。Gさんにもすれ違う。12キロ。

Photo  

 コースはずっとこんな感じです。幅広の道を封鎖しているから走りやすい。歩道側にはびっしりと警官と武装警察が立っていてランナーの邪魔をしないようにしている。大変ものものしい。
 案外人がすくなくい。北京は広いんだ。

Photo_2  

 給水はこんな感じ。小テーブルにWatsonの水が乗っている。Gataradeも時々あった。聞いていた通り食べ物なし。と、22キロあたりに「北京大学医学部マラソン同好会」という旗を掲げた私設エイドがあり、バナナやお菓子を配っていた。これがレース中唯一の食べ物だった。警戒が厳重だから一般人が飴をあげることもはばかられる雰囲気。ここまでものものしいマラソンは初めてだ。

 20-25キロ24分02秒。多少疲れてきたが、体がペースを覚えこんだから、この調子ならば35キロくらいまではキープできそうだ。

30km

フルだと15キロから30キロは頭が空白になって集中できるもの。足の調子はまあまあだが、おなかが気になってどうも無心になれない。のどが渇いてきたがまだ我慢。30キロ過ぎてもまだ給水せず。

 25-30キロ24分20秒。やっと30キロにきた。ここからどうするか?思案のしどころ。調子がよければあと12キロペースアップするし、普通なら様子見。試しに少しあげてみたが続かない。35キロまではこのままいくことにした。

Photo_7

34キロ過ぎに折り返し路に入る。この先に丸い公園があってそこを1周する。向こうから来る人とは3キロ以上差がついている。誰かいないかな?

 今までと景色が変わり気分転換。

Park

公園に入る。普通の道路と違い下がうねうねしている。気持ち悪くて走りにくい。

 35キロ通過。30-35キロ24分20秒。このぶんだと3時間半は切れるだろう。 

 残り少なくなったのでここで初めて水を飲んだ。さすがにおいしい。生き返るようだ。

 約3キロの池の周回を終わり折り返し路に戻る。あと4キロ直線。

40km_7

いつものことながらもうあと少し、となってまあいいか、と力が抜いて走る。途中まで前後して走っていた人たちに置いて行かれる。
 35-40キロ24分42秒。3時間17分経過で3時間半はもう確実。最後はのんびり行きましょう。

Bird_6 左手には北京オリンピックの「鳥の巣」。ここにゴールしたいが通り過ぎて隣のスタジアムに入る。「鳥の巣」を見るのがはじめてなのでしばし歩を緩めて観察。ずいぶんでかい建物だ。
 緩めたらもう元にもどらなくなった。

Stadium_7

最後はスタジアムに入り、100mくらい行って折り返すという間抜けなフィニッシュ。3時間28分30秒。前の方にいたからネットタイムも同じようなものだろう。

 ゴールにGさんがいた。すぐ前にいたらしい。

 タオルとか飲み物とかもらい、記録証受け取りに少し手間取る。データがすぐに送信されてこないのだ。

Uygr_13

記録証の向こうでウイグル族のマーサージサービス、という奇妙なことをしていた。わざわざ民族服きてマッサージしなくてもよさそうなものだけど。面白そうだけど行列の賑わいだからあきらめた。

 先にゴールしたみなさん大勢。好記録続出でした。TRさんサブスリー。隊長日本人女子1位などなど。すごいです。KMTさん、Pポンさん、Iさん、。。。

 14時半のフライトを予約しているのでさっと着替えて帰途につく。スタジアム近辺はタクシーが捕まらない。道の向こう側の方がまだよさそうだ。

 定時に飛んで上海へ。足の疲れは飛行機から降りるころ和らいだが、妙に体が火照る。暑くて仕方がない。

 

2009年10月19日 (月)

北京マラソン①

 朝家の周りを走る。急に秋風が吹いて落葉が盛ん。掃除の人たちが忙しい季節になった。9キロ。誰にも会わず。

 北京マラソン。順調に17日北京に昼前ついて旧知のXさんと食事した。大学院3年生でこれから卒論。このまま学校に残るか、留学するか、仕事を探すか。本当は故郷の大連に戻りたいのだがなかなか仕事もなく、というような話をした。

Panda  そのあとマラソン受付に。オリンピックセンターという名前のものが2つあるようだが、運動公園入り口に案内もあり、すぐわかった。
 パンダの笑顔にどことなくかげりがある。

Photo_7  思ったよりも受付空いていた。係員も少ないがこれくらいの人なので適当にさばいている。
 中国の受付はなぜかどこもパスポートとか身分証のコピーを提出させられる。コピーしてこなかったら機械があってやってくれた。

 受付で黄さんと一緒になり市街地へ。今晩は東交民巷飯店泊。天安門近くで安くて外人が多いホテルで288元。

 チェックインしてスタート地点天安門にいった。歩いて5分。すごい人なのに入り口で荷物チェックしている。武装警察がいたるところで2人一組で巡邏中。マラソン準備気配なし。

 そのまま前夜祭の北京飯店へ歩く。地下鉄で一駅。日本料理店に全部で30人くらい参加。最初はセーブ気味だったが、途中から普通の飲み会になり、ちょっとビールを飲みすぎたか。

 案の定翌朝起きたらおなかの調子がよくない。朝カップめん食べて水を1杯飲む。前夜食べたから持つだろう。

 荷物を持って天安門広場へ。すでにものすごいマラソンのひとだかり。フル、ハーフ、9キロ、4キロを一斉にスタートするのだからむべもない。でも誘導があり、広場に入り荷物預けまでスムースだった。 Photo_8

スタートでKBさんにあう。早く始まんないですかね、などといっているうちに8時招待選手スタート、8時15分一般スタート。

 そうそう。今回カメラ忘れたから携帯で撮影した。なのでどれもぼやけている。

Photo_16

コースは市街地を時々曲がりながら駆ける。平らで、北京に詳しくないから全く退屈。タイムくらいしか考えることがない。5キロ27分。スタートロス30秒くらい。

 5キロすぎでもういやになってきた。フルは30キロからが醍醐味なんだから、ビデオの早送りみたいにすぐに30キロにならないか?などと思い始める。

10km

5キロー10キロ24分36秒。予定のタイムになってきた。今回は5キロ24分20-30秒をイーブンでいくことが目標。

 足の調子はまずまずだが、おなかの調子がよくない。だから水を飲まないことにした。幸い涼しいから汗をかかない。

10キロ過ぎて今日は普通の調子だ。10-15キロ24分ちょうど。

 ああー。でも退屈。沿道に50mおきに武装警察の若い人が直立不動で立っている。30秒間隔で首を動かして周囲を観察する。あれ、天気が悪かったらしんどうだろうな。上海あたりにはない物々しさ。

Photo_20 15キロー20キロ24分09秒。大体このペースで安定したようだ。

距離表示は1キロごとにあります。距離の看板の右側にいるのが武装警察。みんな痩せてる。

 中間点を1時間45分で通過。ちょうど3時間半ペース。
 ハーフのゴールはフルのコースのすぐ脇。あんまり感動がなさそう。

2009年10月13日 (火)

杭州マラソン

 今朝も雨だ。雨よけに街路樹の下を選んで公園2周と少し。11キロ。雨仲間(?)のKさんに会った。あとは外人さん2人だけ。人がいなくて走りやすかった。

 先月、11月8日の杭州マラソンに大会HPから申し込んだ。支払いはネットのカード決済。他の大会でもそうしている。大会参加費フルで外人US$15とまあ安い(中国人40元)。インプット終了しちゃんと決済がつながったかHPをみると、US$15支払い済み、と出た。が、しばらくしてカード使用履歴をみると、US$ではなくて人民元15元しか落ちていなかった。
 連休明けに大会事務局に電話すると若い女の子が出てきて、これこれしかじか、私は日本人で、HPでどうした、と話したら大会システムを検索してくれた。結果、記録上US$15支払ったことになっている。だが、このシステム調子が悪いから、そちらで15元というなら差額の90元(US$15≒105元)を振り込んでほしい、という。で、振り込んだ。
 まあ、システム上は自分の名前が登録されているからいいんだろう。受付確認メールが来ないのに、大会HPを見ると「受付証明をもって前日までにゼッケン引取り」云々をある。これから何か郵送されてくるのか?このあたりの詳細は大会2週間前をめどにHPで連絡する、とのことだ。
 いい加減といえばそうだが、安いし、大会10日くらい前まで受け付けるし、なんだか中国らしくおおらかでおもしろい。

2009年10月11日 (日)

朝晩

 起きたら外が暗い。曇りの中走り始めたら雨がポツポツ落ちてきた。それ以上ひどくならないから忘れて走っていたら途中から日が差してきた。 P10403652_2                            

公園を一周して張江の方へ。今はこの辺が一番走りやすい。科苑路先の橋を久々にみにいく。橋は完工。道も向こうに少しできたが、300mほどでこの標識があり行き止まり。道の先の赤いのが不通のしるし。どこにもいけない。
 向こうの華夏路まで通じるのは旧正月くらいか。

 張衡路に出たら路面電車の試運転にまた出くわしたのでついていく。終点は張江鎮政府の近くだが、途中半分以上は工場地帯。張江鎮から地下鉄までだとバスのほうが便利そうだ。

P10403662 張江路から川沿いの道に出る。向こう岸にいったりしてここをしばらく走った。いいコースだ。特に向こう岸はバイク、自転車がいない。
 このあたりこんな洋風の戸建ばかり。中国人は本当に西洋かぶれだ。

 ちょうど30キロくらい、いい感じで走れた。

 夕方今度は軽い靴を履いてフル用にタイムを計ってみる。公園を1周目22分15秒、これは厳しい。2周目24分20秒。これくらい。
 自分は足が遅い代わりに終盤の落ち込みが少ない方だからフルはとにかく最初から最後までイーブンペースで走るしかない。足にペースを覚えこまさないと。

 朝と夕方で合計40キロになった。

2009年10月 4日 (日)

地元

 なんだか疲れた。昨日彦根から地元の豊橋へ。夕方25キロほど走った。

P10403452 土地の人しかわからないだろうが、小松原街道をずっと南下し技科大のところで左に入る。
 一面耕作地でちょっとしたアップダウンがある。宮古島の池間の中みたいな道だ。

 子供のころ自転車でここまで来るとものすごく遠出した気がしたもんだ。歩くなんてとんでもない場所。今回走ってみると思いのほか近い。

P10403472東観音寺。通称小松原観音。ここも昔時々来た。祖父の家に行く途中にある。

子供のころは建物は立派だが修理ができておらず。本尊とか国の重要文化財だそうだ。
 二重の塔は珍しい。こんな木でできた建物が良く残っているもんだ。

 北に曲がって二川の方へ。向かい風になりきつい。岩屋観音から帰った。走ると近い。子供のころは本当に狭いところに暮らしていたものだ。

 今朝は田原へ走る。疲れて走る気が出ないから歩きを交えてゆっくりと。

P10403532 梅田川から先野鳥が多い。鷺、すずめ、鵜、鴨、はとくらいの黒い鳥。田んぼの中に鷺がたくさんいる。虫を啄ばんでいるのだろうか。

 途中一人だけ走っている人にあった。田原市街を少しみて電車で帰る。20キロくらい。とにかく疲れた。靴が合っていないせいかもしれない。

2009年10月 1日 (木)

高東鎮

 今日から国慶節8連休。中国人も外国人も帰省や旅行に行く人が多い。会社の中国人従業員Aは自分の実家と奥さんの実家に自家用車でいくと。往復2500キロとかいっていた。無事を祈る。こんな話も去年まであまり聞いたことがない。高速道路が整備されて車の移動がすごく便利になっている。

 今朝5時半出発で高東の方へいった。KさんとTDさんが同行。「適当に3-4時間ぐるっと回ります」といって軽い気持ちで出発。

 昨日から雨。雨天で5時過ぎはまだ真っ暗。止んだか?と期待して出たら小雨が降っている。結局走っている間中ずっと降り続いた。

 世紀公園1号門に集合し、錦繍路ー錦繍東路ー黒松路ー名月路ー川橋路といつものルートを通り申江路へ。雨止まないかな。申江路を北上してシャープ、GMの工場を過ぎる。休みで車も人も少ない。この道は平日貨物トラックが行きかうが休日は閑散としている。「自転車にいいかも」と初めてのTDさん。お子さんがバス乗り過ごしてこの辺まできた、とKさん。

 大きな運河にかかる橋を渡ると外高橋保税区前。五洲大道を右折して高東鎮へ。車道がなくなり走りにくい。顧高公路に入りしばらく東へ。道が狭くて雨で水溜りができて車がはねる。難儀しながら進む。沿道の人は物好きだな、という顔で中には声に出して、何で雨の中走っているんだ、という人もいた。

 曹路鎮を抜ける道はずっと古い街道。バスとトラックがやたら多い。間断なく雨が降り続き、道路コンデションが悪くちょっと疲れてきた。みなさんもそんな感じ。

 東川路を右折しやっと南下する。両側に並木が続く。上川路に入る。やっといい道だ。あとは華東路から金海路に入り戻る。金海路交差点あたりで30キロ弱。3時間少々経過。あと10キロ少々だ。

 金海路をずっと西に向かい楊高中路と合流。やっと金橋のビルが見えてきた。TDさんが一安心したと。

 芳甸路の交差点で分かれる。KさんのGarminだと大体40キロと少し。家と公園の道のりを入れて41-42キロ。結局ずっと雨中ランとなり、Kさん、TDさんお疲れ様でした。

 

2009年9月27日 (日)

シーズン

 足が回復したつもりで普通に朝12キロほど走るがしばらくするとまだ重いのに気づいた。下りのダメージは長引く。TRさんに会った。

 今日は国慶節連休の振り替え出勤日。役所も出る日で朝は普通の混雑だった。日本では村岡、秋田、国東半島、城内坂、が行われて秋のウルトラシーズン真っ盛り。秋田は上海から行きにくくて出たことがない。日本に戻ることになったら参加したい大会のひとつ。

2009年9月25日 (金)

雁坂峠超143キロ:ゴール後、感想

 2日続いた雨があがり今朝は日が出て暖かい。大腿がまだ痛むが普通のスピードで走れた。誰にも会わず。

 ゴール「遊湯ランド」で荷物受け取りお風呂。裸になったら寒い。風呂の中でも寒気がする。エネルギー切れだ。ネイチャーのSさんが一足先に上がっていた。お疲れ様。
 風呂上りにビールを飲む。うまいというよりほっと一息の感じ。4時過ぎ広間で寝る。今年は懇親会がないからいつも懇親会で使っていた広間が仮眠場所になっていてゆったりと寝られた。

 22日8時起きて荷造り。体が痛くて動きが鈍い。東武線で池袋に出て日暮里からスカイライナー、午後のフライトで上海へ。しっかし荷物が多くて東部からJR、山の手から京成の乗り換えだけで疲れた。

(感想)
・ウルトラレースの中でも屈指の厳しさ。時間内完走率毎年60%以下だし、関東一厳しいかもしれない。

・2007年(141キロ) 20時間47分
 2008年(143キロ) 21時間23分
 2009年(143キロ) 21時間1分
 こうみるとこの辺が実力なんだろう。平地を走る感覚だと20時間切できそうだが想像以上に山のダメージがでかい。

・今年は去年より更に前半ゆっくり入った。結果、後半のばて方が小さく、休憩時間短く、最後のほうで去年より少時間がし早くなった。このコース、よほど力がある人でなければ山はビリで通過するの気持ちでもいいかもしれない。山を降りてからへばると20分、30分くらいあっという間にロスする。

・ちょうど伸びていた足の爪が左右親指はがれた。下りが多く平地よりも痛い。あとはいつもの大腿筋痛。走る前からできていた魚の目が時々痛み、こんな小さなことが気になり腹が立った。そのほか、ひざ、足の腱は痛まず、足底膜炎もこの距離ならなんとか我慢できる。

・天気恵まれ山が滑らず走りよかった。景色もよく。このレースは前半本当に気持ちがいい。そして終盤真っ暗闇の一人旅でつらい。

・個人差あるが、荷物は最小限にした方がよさそうだ。今回実際役に立ったのはタオル、水1本、上着、ランプ、反射板、小銭。長丁場、荷物が多いと体のバランスが崩れてどこか悪くなる。

 

 

2009年9月24日 (木)

雁坂峠越143キロ:川越

 足の調子は60キロくらいから悪くない。去年よりましだ。ただ、気分的高揚感に乏しい。一昨年は初参加。去年はコース変更、と好奇心あったが今年は自己記録更新くらいしか目標なく。これも難しくなってきた。

P10403092_2

「心霊スポットを楽しんでね」というスタッフの声を背に出発。今まで気にしなかったが急に夜道の一人旅が不安になってきた。

エイドから1キロ強歩いて上ると正丸峠。いかにもそれらしいぼやけた写真になった。でも実際はこんな時間に峠に遊びに来ている人が数人おりにぎやかで拍子抜け。近所でキャンプしているひとみたいだ。

 エイドで休んだら寒くなり上着着て上る。峠であったまったから脱いで半袖Tシャツになり走り下る。

 舗装がまだでこぼこで気をつけないと。去年転んだ人何人もいた。

 下り切ってまっすぐトンネルを後ろに走り続ける。国道も概ね下り。おかげで休むタイミングみつからずずっと走る。ここ4時間ほどずうっと一人旅だ。

P10403112_7 そろそろかな?と思ったころに110.2キロCP7ロックガーデンカフェ着。22時15分。10キロ余りに1時間25分かかった。しかも下り。自分ではちゃんと走っているつもりなのに。去年も1時間半かかった。それでもCP5,6の休憩時間を短くしたので去年より少し早く着いた。

 P10403102

 いつもこのエイドが一番食べ物が充実している。うどん、かやくご飯、おにぎり、フルーツヨーグルト。何でも食べた。いつも通り胃腸だけは丈夫でありがたい。

途中の温度表示14度だった。結構寒い。座ってすぐ上着を着る。これだけ食べていても体温が下がる感じがある。相当エネルギーが消えている。

 ここも一人で着いて、食べ終わころに2人ランナーが来た。

 リュックの端と肘の内側が手を振るたびに擦れて痛くなってきた。見たら血が出ている。長丁場だといろいろおきる。

 ここも10分で出る。長居すると動きたくなくなる。あと33キロ。やっと現実的に想像できる残り距離になってきた。北回り浦東空港の距離だ。と、思ったらまだそんなにあるのか、と冷や汗が出る始末。

 ここから次のCP8まで何も記憶になく、写真も撮らず。場所は飯能市内で渓谷沿いに下ってゆくだけ。もう23時だ。自動車も減った。ずっと一人旅。虫が鳴くだけの静かさの中をぼんやり走り続ける。
 時々歩いているランナーがいて抜かす。みんなゆっくり頷くだけで声無し。自分も含めてゾンビみたいだ。

 1時間走ったら休憩してジュース飲む、ペースでゆく。それが30分走ったら休み、になり歩く時間も多くなり。

P10403132 山が切れて平らな集落になったところがCP8久保交差点。124.6キロ0時17分。14.2キロに1時間45分かかった。

ここの名物はとろろいくら丼。去年も人気だったがここまでたどり着けないと食べられず。

 途中抜いた人たちが追いついてきてこのエイドは5人滞在になった。悪いから食べ終わったらすぐに支度して滞在10分で出る。

 ここでやめたいくらいつらいが走れないほどでもなし。あと18キロだ。こうなったら早く終わりにしたい。今年は総じて去年より休憩が短い。

 交差点を左折し「川越」という道路標示が出てきた。近づいたなあ。と実感して少し元気に。90キロくらいから案外疲労が進んでいない。スピードも平地なら時速8.5キロあたり以下にはならない。筋肉痛は激しいが足底筋もなんとか持ちこたえているし、8月の肉離れの影響の張りは再発しないようだ。
 時間的にみて3時前後着で完走できそうだ。

 となると考えるのは、
 ①早く着いて早く楽になる 
 ②休み休みなるべく苦しくないように進む
 どちらにするか?
 いつもウルトラ終盤は①が多い。①でちゃんと走れると抜かしたりできてやる気もでる。②は歩いたって相当苦しんだから意味がない。

 CPから1時間走り休憩。コーラ飲む。ますます誰もおらず道間違えたか?と思うほど。そうこうしていると見慣れた高速道路の下をくぐる。あと10キロ。川越市内に入る。あと9キロ。霞ヶ関小学校。夜2時を回り走っている人を見て車がスピードを緩める。

 あと5キロの大きな歩道も抜けた。が、こんなところ通ったっけ?この期に及んで道間違えたか?と不安になり始めたのは眠気と疲労のせいだろう。ホンダ工場前のバス停で行き先を見る。入間川の袂で地図を見る。もちろん間違いない。

川をわたってあと3キロ。もうゆっくりいく。跨線橋を渡り市街地に。なのに連雀町でまた不安になる。3度目だが。あと500mなのに地図を取り出す。

 P10403152_2 3時1分ゴール。21時間1分。去年より20分早い。

実行委員長の館山さんに撮影していただきました。長時間のサポートありがとうございます。

 何回やっても苦しいコースだが、去年よりも終盤淡々と走れた。

 

 
 

雁坂峠越143キロ:秩父通過

 川又を出るとすぐに左の旧道に入りまたまた上り。もう14時過ぎで山の中と違い暑い。スタートしてからどれくらい汗をかいて水分を取ったことか。次のエイドまで15キロあるからどこで休もうか?考えはじめる。

 山のくだりで出会った飯能在住の人と前後し始め時々話す。2週間前峠を試走したとき先頭の人がころんで頭から突っ込んだと。怪我はなかったというが、場所によっては大変なことになる。そのときはベテラン勢と一緒のペースでついていったらダメージが1週間残ったと。下りのダメージは自分も長引く。お互い最後までがんばりましょう、とダムのあたりでいつの間にか別れた。

 単調な森の中の一本道が終わるとこんどは車の多い140号線にはいる。しばらく歩道がない連休中の日曜の午後3時、行楽客の車が多くて迷惑そうにランナーを抜いてゆく。こちらも怖いから車道に出ないように小さくなって走る。

 川又から秩父までは車を気にしながら30キロ。秩父から真っ暗で何も見えない中を60キロ。孤独との戦いモード突入。

P10402982_3 CP4大達原バス停着16時13分。去年とまったく同じだ。大体時速8.5-9キロで途中ジュース買って休憩したり。15キロに1時間45分かかった。

 途中珍いところは栃木関くらい(今年は門が開いていた)。写真とらず。ここでも麺をだしてもらっていたが前の川又であるものを食べまくったので腹がすいてない。飲み物だけふんだんに取り3-4分で出る。リタイヤする、といっている人がいた。

P10402992

次のエイドまで17.5キロ。こんな感じの片側一車線の道を車を気にしながら右側通行で行く。

 秩父市外まで一部市街地以外基本的に歩道が整備されておらず、疲れてきたからふらふらすると危ない。

 いけどもいけども山間の一本道。この区間コンビニが全然ない。

P10403022

荒川の源流です。橋の上から見ると川が深いこと。川べりに何台も車が泊まりキャンプなどしている。

 16時でまだ暑い。国道の温度計、15時ごろ27度を示していた。

 相変わらず時速9キロ前後でゆく。

P10403002

立派なトイレ。「秩父のトイレはどこも自動ドアだ」と土地の人に自慢された。

 そう。川又からずっと秩父。長い長い秩父市。72キロ地点の右側に秩父鉄道終点三峰口駅がある。ここでちょうど半分だ。11時間かかった。

秩父鉄道をずっと右にみて進み、途中武州日野駅がすぐ横に。駅で買い物をして座っている人が数人いた。

そういえば60キロすぎあたりから調子が出てきた。つらいが休もうという気にならない。1時間走って水を飲むために歩くくらい。

P10403032 秩父市街地の外れ、CP5熊木商店。85キロ。18時25分。やはり去年とまったく同じだ。もちろんくたくただが足はまだ動く。あと58キロとイメージするのが難しい距離だがなんとかなるだろう。

 去年までこの時間店が開いていたが今年はシャッターが下りていた。

 ここでもしっかり食べる。何食べたか忘れてしまった。

 10分滞在して出発。ランプの電池を入れ替え反射たすきを掛けなおし。

 右に曲がり国道299号。ここから正丸峠までずっとゆるい上りだ。走れるくらいの傾斜だが90キロ走ってきた身にはこたえる。それでも我慢して走っているとみんな疲れていて歩いている。追い抜く状態のときはがんばれる。結局正丸峠の上り口まで10キロノンストップで走り10人以上追い抜いた。

P10403042 交通量が減って山の中で真っ暗。何もわからず躓かないように足元を照らしながらなるべく何も考えないようにしてひたすら走る。

 お、トンネル、と思ったら赤谷トンネルだった。

 やっと正丸トンネル。右折して峠方面へ。「青梅方面」と書いてある。

 ここも走れないことはないがところどころ旧坂で、50m先もよくわからないからずっと平らなのか坂なのかわからず。歩きが多くなる。時々車が通る。去年より街路灯が増えた。

P10403072

 まだかまだかと歩き続けてCP6元気プラザ先。99.3キロ。20時38分。去年より少し早くなった。途中から前後誰もいなくなり、ここでも一人。スタッフ5人ほどでもてなしてくれた。元気なチアガールさんに和む。

 ラーメン食べてジュース飲み一息つく。

 いつもながらなんでこんなことしてるんだろう。と思いながら出発準備。

 

 

2009年9月23日 (水)

雁坂峠超143キロ:上り下り

P10402762  広瀬湖エイドから140号線を2キロほど進んで右折すると登山口。といっても当分林道の舗装路。歩きを交えてゆく。

 10時を過ぎて日が高いが1000mを越えていて風がひんやりと涼しい。

P10402812 しばらくすると本格的登山開始。山道をひたすら登る。最初のほうはこの澤沿いの道を前後に人を見ながら進む。

距離はたいしたことないが5キロで800mくらい這い上がるからとても走ることなどできるず。

P10402832

だんだん勾配がきつくなり、平らなところが全くないので足がくたびれてきた。それでも立ち止まると気力が失せるから水を飲むくらいしか休まず。普段仕事中などビル2-3階階段を上るだけでも疲れるのに大会だと苦にならないのが不思議だ。

P10402842_2 

広瀬湖から1時間半くらいたつと尾根に出る。期待した通り絶景。しばし観賞、する暇などなくひたすら先を急ぐ。

 上りはまあまあ得意だが下りが苦手。ここで時間をかせがないと。

P10402852

標高1800mくらいから潅木がなくなり熊笹に覆われだす。これは道か?かなりきた気がするがまだまだ。

 途中で萩でお世話になった福岡のSさん、ネイチャーで一緒にゴールしたSさんに会う。

P10402872 広瀬湖を出て2時間余り。やっと雁坂峠(2082m)着。遠くに見える尖ったのが富士山。3度目の正直でやっと見れた。

 山頂は気温が低いが登り詰めで汗だくだから半袖十分。

 できればしばらく滞留したいがそうもいかず。くたくたの足を引きずり500m下の雁坂小屋へ。

P10402892

第2エイド&CP2雁坂小屋。この時期普段はしまっているみたい。12時過ぎ着いてカップめんをいただく。

 毎度のことながらここまで飲み物や食料を担いで持ってきていただくスタッフに感謝。

 こんなところにも雁坂水といって湧いている。しばし休憩。

P10402912_2

この後は最大の難所峠の下り。ところどころ危ない斜面があり鎖につかまったりする。特に初めのほう、右側が崖になっていて落ちたら一巻の終わりみたいな。

今日は天気がいいからまだましだが雨が降ると大変。

 距離にして10キロがくねっているからいけども終わらない。標高差1200m。

しばらく緩やかになって走り、進んだかと思うと全然。終盤の傾斜は本当にきつい。過去の経験でとにかく先を考えず一歩一歩足元だけみて降りる。

 山に入る前の軍手を忘れてきたことに気づく。今回不注意の荷物忘れが多かった。

P10402942 2時間かかってやっと舗装路に出た。140号線だ。今年はまあまあ順調かつ慎重だったが去年と時間変わらず。2時間近くかかった。

 ここから更に自動車道をたどり1キロほどでCP3扇屋。52キロ。

P10402972

こちら。山で消耗疲弊した人々が座り込んでいる。元気なスタッフの励ましで気を取り直す人、平気そうな人、愚痴をこぼす人。

 自分は、というと太ももはパンパン。右足親指つめがはがれた。小さなことだが右足小指の魚の目が腫れてきた。

P10402952

名物カレーを食す。昼時を過ぎてお腹がすいているから盛が大きい。相変わらず食欲ありばっと食べておにぎりをつまんでスープを飲む。飲み物もおかわり。ビールもあり。

ここから90キロ。このレースはここがスタートみたいなもの、と覚悟しているが考えると途方もなく遠い。

 気を取り直して出て100mしてタオルを忘れたのに気づき戻る。これだけで気分が落ち込む。

2009年9月22日 (火)

雁坂峠越143キロ:最初のエイド

 昨日夕方帰宅。今朝起きあがるだけで足が痛い。外を見るとまだ小雨で涼しそうだから走ってみる。昨日未明走り終わり丸一日でしんどいが暖まったらなんとか形になった。筋肉痛と爪がはがれた以外のダメージ無く一安心。でもつらい。1周少しでやめた。

P10402592 雁坂峠越え143キロの始まりは前日の受付&説明会@17時から。会場が今年から談露館という大き目のホテルに変わった。いままでのに入りきれないからだろう。場所は案内には駅から8分とあるが5分くらいか。

 年々参加者増えて177人。コース注意などは今までと変わらず。後ろの方でもう出来上がっている(?)人がいる。

 このあと隣の部屋で18時から前夜祭。今年はレース後の懇親会無し(人が多くなりすぎたからだろう)。マラソンランナーの食欲で立食の料理があっというまでに無くなり。基本的にアルコールなしだが欲しい人は自己負担で飲んでいた。

 早々に切り上げ21時寝る。

P10402612 明けて21日スタートは6時。適当にコンビニで買った朝を食べて5時40分甲府駅北口にいくともうみなさん揃っておる。最終点呼。ゴールへの荷物預け。

 信じられないくらいの快晴だ。17-18度くらい。走りやすそう。

 いつも通り緊張感無くスタート。

P10402632

最初はみんな飛ばしてます。天候を考えていろいろ準備したが天気予報は全く問題ないので今回半袖Tシャツに防寒用ゴアテックスをリュックに入れて走る。うっかりして帽子を忘れたから途中からタオルを巻いて日除けにした。

 しばらく平らな道を中央本線沿いに。

P10402642

 山梨学院大学手前。向こうに三角に見えるのが富士山。みんなここで写真を撮っていた。

 道は国道140号線沿いに緩やかなアップダウン。気温が上がってゆくが湿度が低いから汗はさほどかかない。

P10402662

これはナンでしょう?途中いたるところにあり。台に「道祖大神」と彫ってある。他の土地では見かけないものだ。

 甲府は盆地そのもので周りが全部山。いろいろ珍しい習俗がありそうだ。

P1040271210キロ過ぎから上り始める。あくまでも緩やかに。多少勾配がきついところもあるがこのあたりで歩いているわけにはいかない。

 上ると風が吹いて涼しい。

 広瀬湖までこんな道を20数キロで800m上り、広瀬湖から9キロほどでまた800mの登山。

 この大会はエイドが少ない。装備は最初から最後まで全部自分で持つ原則だし、山ばかりでコンビニどころか自販機もまばらで水とか持って走る。

P10402732 最初のエイド33キロ広瀬湖9時47分着。CPにもなっていて11時30分関門だが皆さん問題なし。直前にトイレがあり。

 到着順位は大体半分くらいみたいだ。いつもそんなもの。

P10402742

このエイドの食べ物はそば。まださほどお腹が空いていないがとりあえず食べておく。屋外で食事するのに気持ちのいい天気だ。

 ジュースなどもらい、水を詰めて山にとりかかる。 

 

2009年9月13日 (日)

村上春樹

 6時前に出て金橋、張江方面へ行く。浦東にしては工事少なくて走りやすい。昨日は曇天で涼しかったが今日は7時半ごろから太陽がマスクを脱いだら黄金仮面、みたいに強烈に照り始め。それでも湿度が低いから汗をかかない。全体で18キロくらい。

P10402512 先週帰国した時「1Q84」に便乗するみたいに本屋に並んでいて購入した。2年前の書き下ろし。

 さらっと読める本で、帰りの飛行機であらかた読んだ。

 自分と共通する点:勝ち負けが無いからマラソンが好き、1人でできるから好き、同年齢時のフルのタイムが同じくらい(年は一回り違う)、体調維持のために始めて今も主目的はそれ、気分が低調なとき多めに走る(やなこと忘れる)、体の手入れをしなくても基本的に頑丈、初めてフルの距離を走ったのが同じくらい(33歳)

自分と違う点:ウルトラを一度走ったあと走る熱意が低下した、トライアスロンに移行した、フルは基本的に年一度しか走らない

共通点が多いということは、こういうのは走る人みな似たようなもんだ、ということなんだろう。

 あとがきでウルトラや、アイアンマンをやらない理由、として、時間をとられること、のめりこむと本業に差し支えが出ること、を挙げている。別に毎日30キロ走らなくてもウルトラは可能。それほど筆者はまじめで実直な人、というのが本を読んでよくわかった。

2009年9月12日 (土)

空港久々

 久々に空港まで走った。浦東長距離仲間のKさん、Gさんと3人で4時半龍陽路発。南回りでGPSで測ったら36キロ強と。道に慣れているし、涼しめだったので4時間20分くらいで到着したし、みんな疲労が少なく空港近くでもだれなかった。最初の方で高架道路の工事現場に迷い込んだ以外順調に進んで店が適当に開いているから水も買える。ただ、最後の方、土砂を積んだダンプがひっきりなしに通り危ない。

 帰りリニア龍陽路から走って帰り全部でちょうどフルマラソンくらいの距離だった。

 早い昼ごはんを食べながら2人の話を聞いていたら、Gさんも休みの日朝走った後は家でのんびりすごすのが好きな方らしい。Kさんもそんな感じ。自分も何もしなくても退屈しない方で、そういう人は淡々とした長距離向きなのかもしれない。

 

2009年9月 6日 (日)

森林公園

上海の地図を見ると楊浦区の外高橋向かいあたり黄浦江沿いに「共青国家森林公園」というのがある。地図でみるところA20(外環路)内で世紀公園に次ぐ広さだ。上海理工大学の北側。

 どんなとこか興味あるがその辺は土地勘ないし、交通の便が悪そうでいかねーだろうな、と常々思い。でも地図をみていて、保税区あたりとの距離比較だと家から川を渡って15キロくらいだ。走っていけない距離でない。ちょうどそこに渡し場あるから帰りは浦東側を通ればよい。

 一度行ってみよう、と思いつつ昨晩帰りの飛行機でカレンダーみたら当面意外と時間なく。やるなら今日くらい。急遽今朝トライした。

P10402302_2 昨晩0時に寝て5時前起き、高尾山のブログ書いて5時半出発。

 まず北上して楊浦大橋袂の歇浦路渡し口。浦東大道工事中でわかりにくい。0.5元のプラスチック円盤を買いゲートをくぐる。

 外灘へ行く渡し舟に比べて本数が少ない。20分1本くらいか。しばらく待つと周囲をオートバイと自転車に取り囲まれた。自転車の白人さん2人。歩行者は自分だけ。

P10402322乗船して見た黄浦江と楊浦大橋。こうやって向こうをみると高い建物がないなー。

 船着場右手に小さな軍艦か大きな巡視艇みたいなのが停泊している。

 乗っている時間は5分ほど。あっという間でした。

 降りたら老人自転車クラブみたいなTシャツの人が多数。

そんなのは関係なく。このあたり来たことないが地図では楊樹浦路をひたすら東へ行けばつくはず。

P10402332

 楊樹浦路はこんな感じのさびれた取り残された街並でした。歩道はあるけど車、荷物、工事、店の張り出し、不法占拠で走れず。気をつけながら車道をゆく。

 当たり前ながらバスの路線番号が見たことないのばかり。59、60、103、124、135。バス停で路線を見てみるが知らない地名ばかり。

 右側に向かうバイク、自転車が多いからコースアウトして見に行った。すると復興島という黄浦江の中洲に通じていて、ここに工場や家が群集している。また戻るが殺風景でつまらない道。

それでも人が少なくてまあなんとか。と走っていたら道が曲がっていて北上。軍工路と道の名前が変わると全線工事中になった。中環路だそうだ。もうほぼてきてる。完成したら金橋から便利になる。

 でこぼこで走りにくい。車すれすれに歩きを交えて慎重に進んだら疲れてきた。埃も多くて。バスの停留所名と地図の記憶を頼りにあとどれくらいか予想する。

 P10402372 いい加減気が滅入ってきた頃道がよくなる。走りやすくなって上海海洋大学、上海理工大学、上海電気など大きな敷地を右手に見て進む。日差しが強い。もうかなり汗をかいた。翔殷路のトンネル、保税区南の五洲大道へ通じるの、を過ぎたら森林公園だった。

 とその曲がり角にこの看板。監獄の前が公園だった。

 監獄はあとで見るとしてまず公園

P10402402 門からみるとこんもりと木立が繁っている。入場料15元。今回は入らず外から様子だけ見て帰る。

 公園と監獄の間の道をいくと渡し舟があるから先へ進む。

 監獄は塀の鉄条網厳しく、門には制服の人がいて写真撮る雰囲気ではないが門構えは工場か役所みたいに開放的。面会者の入り口はこちら、という看板かあり、敷地外れに小さな扉があった。

 上海にもところどころ刑務所があり、浦東監獄は張江の東南、孫橋にある。

監獄から300mくらい東が嫩江路の渡し場。ここまで2時間かかった。もう日が高く暑い。水を買って今日初めて飲む。さほどのどが渇かないかな?と2口くらい飲み、これが呼び水になりしばらくしたらが残りをぶがぶと。船に乗る前に1本飲んだ。だが、結局給水はこれだけだった。

P10402432_2 渡し舟の様子。二輪車ばかり。「東京バイク」なんてナンバープレートをつけたオートバイがあり。中古が流れてきてそのまま乗っているようだ。

 「船内禁煙」と大きく書いてあるが2/3くらいの人がタバコを吸っている。

 船を下りたら。ここはどこ?コンビナートの中。上海石油化学工場など大きなプラントに圧迫される埃だらけの道。

P10402452

で。目の前にバス停がありどれどれと見たら、家の前を通り過ぎる路線2つなど見覚えのある路線。浦東のバスがあった。ちょっと安心。家までバス停で20くらいあるけどまあ、一つ500mとして10キロくらい?予想通り近い。

 浦東はどこも工事中。9時を回り暑くてでこぼこで人が多くて。なんとも走りにくい道中だが、途中、上海の夏の、工事中の、人が多い、ゴミ回収者の横の、街の中を走るストレスに耐えられたらどこでも平気かも。などどまだポジティブ思考。

 東塘路が浦東大道に変わりまっすぐいけばいのにバスについていって回り道。疲れた。出発して4時間以上かかってたどりつく。途中2回船に乗り走ったのは30キロくらいか。

 おかげさまで上海の道にまた少し詳しくなった。

高尾山

P10402162_2  出張の帰りを土曜遅い便にして高尾山へいった。

 ぼやぼやしていて出発が遅れ、京王線の高尾山口についたのが10時半。天気予報だと最高気温29度で上海からすれば涼しいのだが、日差しが強くひなたに出ると肌がびりびりする。

 P10402172 ケーブルカー乗り場から走り出すも勾配が急で歩きに変わる。木立のために直射日光を受けずいい感じだ。それでもすぐに汗が吹き出てきた。

 土曜の昼前で上り下りのハイキング客で大賑わい。

 途中のケーブルカー降り場から更に人が加わり大変な騒ぎだ。

P10402192

約40分で高尾山頂についた。大変な人出だ。どこかの駅前みたい。昼時とあり木陰に車座になって弁当を食べている人も多い。生ビールのジョッキを両手に3つ抱えて走っている若い男の子。

 ここまで大汗かいたがさほど喉は渇かず。水一口。昨日飲んだビールがまだ残っている。

 山頂を素通りして右に折れて城山、陣場のほうへゆく。

 高尾山は3年ぶりくらいか。前回旧正月大雪のあと来て、雪の上を走るのは意外と滑らないことを知った。

 奥高尾は人がぐっと減るし勾配が緩いので走れる。途中トレイルランの人に5人擦れ違った。

 2週間後の雁坂峠に備えて足の調子を見るのが目的。8月にいためた右足ふくらはぎが今でも張る。平らなところを走るのは先週の昆山のように問題ないが、山道を飛んで支障ないか?そういう意味で上りよりも下りが問題。

P10402242 小仏城山(670m)に上り始めて1時間で到着。ここも店の周りで食べたり飲んだりしている人多数で空いているテーブルがないほど。更に水を一口。

 さて。どうしようか。15時半には都心に戻りたい。今11時半。陣場山方面へ行くと戻らないといけない。相模湖へ行くことにした。

P10402262 このルートは東海自然歩道です。自然歩道起点は高尾山で大阪まで。

 陣場の方と違いこちらはますます人がいない。本格的下りになり駆ける。上海にいると山道を走ることない。下りはもともと苦手で怖いしやり方がある。ロードよりも足を上げる、木の根っこは滑るから踏まない、急勾配は斜めに走る、などポイントは頭で憶えているが実際に走る感覚を足が忘れていてそれを思い出させるのが今回の目的。

 P10402282 ぽんぽんと飛びながら降りて快調に麓に千木良へ。売店があります。

 民家を通り過ぎ相模湖方面へ行く。弁天橋を上から見たところ。写生している人がいた。

 そこそこ風があるものの12時過ぎて暑い。駅に着いたらコーラ飲もう、と思い始める。橋を渡ったらJR相模湖駅はもうすぐだ。

 まだ時間があるから駅へ行かず自然歩道を登り始める。

P10402292 ここは勾配がきつくてとても走れない。

 前から若い親連れが来たがあとは誰にも会わず。上りが15分。人汗かいて降り、駅へ。こんな山の中なのに暑い。高尾山口からスタートして2時間40分、16キロくらいで相模湖駅着。

 ここは高尾から2つ目だけど日中1時間に3本しか電車がない。のんびり帰り15時過ぎホテル近くの銭湯にゆく。たまにしか入れないが銭湯はいいものだ。それにしてもなんでどこもあんなにお湯が熱いのか。  

  

 

2009年8月30日 (日)

G312夜間走

   よく寝た。

 昨晩人民広場発でG312を昆山まで走った。メンバーは浦東の長距離好き4人。サロマ出場強豪TRさん、引っ越したばかりKさん、大阪でウルトラデビューGさん、と自分。こうみると、上海仲間で100キロ走ったことある人みんな浦東組だった。

 先日4人で飲んでて酔った勢いで提案したらみんな予想外の乗り気で実行に至る。

当初予定は最低昆山、できれば蘇州。結果は。そう甘くないです。

P10402062_3 土曜夜22時人民広場の国際飯店前発。この時間まだ南京路は人がたくさん。だから危なくないようにゆっくり、信号守りながらゆく。

 静安寺で曲がりずっとまっすぐ。幸いにしてこの日から急に涼しくなった。走りやすい。夜のこととて道中なにもなく武寧路を抜けてG312曹安公路にはいる。それにしてもこの辺もいたるところで工事中。

 涼しいとはいえ汗が吹き出る。いつも通り、我慢して15キロ過ぎまで水のまず。

みなさん予想以上に低気温で走りやすく快調に。ただ、途中から店がめっきり減りだすから飲み物を早めに買わないと。道は街路灯が煌々として躓くようなことはないが、沿道の風景全くみえず。唯黙々と走る、写真もとらず。

 封浜のコンビニにはいる。前回もここにきた。さすがに皆さんこの辺で単調さに辟易してきた模様。「道は平らで走りやすいんだけど。。。」。

 だんだん車が少なくなり。いよいよ何も変わったこと起こらずみんな無口になってきた。疲れも出てきたし。

 昆山32キロ、とか出始める。橋を越えて安亭に入ったすぐ、フォルクスワーゲン工場前のローカル店が開いていたらから入る。午前2時で、夜警のおじさんが3人いたが誰何されることはなかった。安亭の中心部を地下鉄11号線終点駅を左手に見ながら進む。このあたり工事で下が悪く、明かりが無い。持参のランプをここだけ使った。

 花橋。やっと上海を抜けた。「昆山20キロ、蘇州64キロ」の表示。走った感じこの表示は正しくない。実際は昆山24キロ、蘇州60キロ、くらい。

 またまた単調な、店の無い道を延々と進む。30分走って給水休憩、のペースで進む。しんどくなってきた頃ガソリンスタンドが開いていて飲み物を売っていた。店の女の子としばし話し込む。これこれこうで、と話したら、よくやるよ、という顔つきだったがさほど驚かず。「なんで車で来ないの?」というトンチンカンな質問をされた。

 スタンドから30分ほどで昆山に右折する分岐。ここから街までが長い。みんなもういいや、という顔になってきた。Kさんが一番平気そうな顔をしている。いつものことだが。「どうですか?」と聞いたら、「楽しいです」というコメント。

 それでも走っていれば進むもので、市街地に入り最初のコンビニで休憩。もうあと3キロくらいだ。5時過ぎて明るくなった。

 5時半過ぎ昆山駅到着。スタートして7時間半。TRさんのGarminでは55.5キロだと。みなさんもうここで断念する、と。自分も足は悪くないがあの工事中の道をまた走る気力がなく中止。KFCでコーヒー飲んで一休み。座ったら眠くなぅてきた。列車で25分で上海に。

 帰って風呂に入り、案外眠くないな、と本を読んでいたら急に睡魔が来襲し2時間半ほど寝たらすっきりした。

2009年8月25日 (火)

秋の予定

 今朝は何日ぶりか。きれいな青い晴天。湿度が低い感じで気温が高い割りに暑くなくて汗をかかなかった。今年初めて秋を感じる日だった。

 張江の方へ行き戻り公園周回。逆周りしたら、引っ越したばかりのKさん、久々のアイアンTさん、自転車のKさんと擦れ違う。そういえば走る人が多いのは世界陸上のせいか。

 今月は大会がなく、前半雨ばかりで今ひとつ走れないまま終わりつつある。秋の予定。

9月20日ー21日 雁坂峠越え

10月3日ー4日  京都寺めぐり

10月18日     北京マラソン

11月29日     上海マラソン

 もっと入れたいがなかなか日程の合う大会がない。一昨年までは11月第1週にTrailwalkerがあったんだが。関スパももう締め切っているし。

2009年8月24日 (月)

中国マラソン

やはり昨日暑かったんだ。今朝になっても体がほてっていて水を飲みたくてたまらなかった。足は大丈夫。Tシャツとリュックの相性が悪く左肩が衣擦れしている。

夕べ世界選手権女子マラソンをみて、バルセロナの時を思い出した。森下選手が韓国の選手と争って最後競り負け。アジア選手は日本選手と戦うと力がいや増すみたいだ。

 優勝した人、去年の廈門マラソンで女子の部2位。かなりいいタイムだった。1位の人、海南島の若い子で2時間22分くらい。昨日も4位、5位が中国人で、最近選手層が急速に厚くなってきている。今朝の新聞でも大きく報道されてる。

 それにしても、優勝した人、今年の廈門マラソンは3時間7分だった。調子が悪かったのに棄権しないのは偉いが、マラソンはやってみないとわかんないもんだ。

2009年8月23日 (日)

G312の続き:昆山ー蘇州②

 それにしても、前回といい、猛暑のG312になってしまった。それでもスタートはまだいいほうで最初の1時間半くらい水飲まず。

 いつものことで、一度飲むとしょっちゅう飲みたくなる。今回普通のペットボトルを凍らせたのと小さなペットボトルの2本の水を持ってきた。走り始めてあんまり汗をかき、塩を忘れたのを後悔する。

P10401842 G312には乗り合いバスがあり蘇州まで行く。アクシデントとか、何かあったらこれに乗るか、と少し気が楽に。なにしろタクシーなどいない道だし。

 とにかく表現の仕様が無い単純な道を延々と進む。ちゃんとしたコースで調子がいいときは1人で走る方が集中できていいが、こういう道は1人だとめげる。

 店がもっとあると、次の店でコーラ飲もう、とかを励みにできる。こう寂しいとつい手持ちの水をセーブしてしまう。

この写真から蘇州到着まで何も写真を撮らなかった。撮るべきものがない。

 なんだか車が少ないな、とずっと思っていた。唯亭という大きめの街のところで、G312は工事中、車両通行止め。車は迂回してたから少なかったんだ。人は通れる。

 ここでペットボトルの甘い紅茶を買う。こういうのがうまい。半分飲む。大体距離は半分くらい、20キロ過ぎあたり。と思いたいが距離表示はまだ27-28キロ。おかしい。

 唯亭を出て、通行止めで車がいなくなったのはいいが、街路樹がなく8時を過ぎて照り返しが強くなってきた。西に向かって走るから後ろから日が射す。いやになってきた。幸い足は悪くならない。

 唯亭から4-5キロ走って気が付いた、車両通行止め、ということは、リタイヤしても車が来ない!蘇州行きバスは迂回運転している。その辺の道路工事の人に乗っけてもらうしかない。

 向こうに高速道路が過ぎってるな、店とかないか?といってみたら、ここからG312は本格工事。なんと全線立体化工事をしている。続く3キロほどは工事現場の中を縫うように走る(歩く)。水溜りとでこぼこばかり。ダンプが危ない。

 工事の人は別に文句を言わないが、通り過ぎると注目を浴びる。途中行き止まりになり引き返す。と、逆向きに走ると向かい風が案外あり、涼しいのに気がついた。

 工事現場途中でどうにもいやになり歩き始める。

 やっと抜けた。高架道路が重なってどっちへ行けばいいのか?よさそうな標識に従ったら幸い正解だった。だが、アスファルトの上は体感35度以上ある。汗が吹き出るし店が出てこない。

 立体なので下を走ると日陰になり、しばらく走り続ける。もっと暑くなったら止めようか。と、市内バス亭があったので、駅に行かないかな?と念のためみてみる。普通、路線バスは駅に行くのが多い。

 すると、意外にも駅まで停留所5-6つしかない。距離にして3キロくらいということだ。おかしいな。あと10キロはあると思ったが。 P10401882

終点まで近そうなので気を取り直して走る。最後はバスの北ターミナルを左折。そこからは人が多いから歩いて駅までゆく。10時半過ぎ。4時間と少しかかった。

 蘇州駅は後ろの方で増築していて、新しい新幹線の駅ができるようだ。

 待合室の冷房が本当にうれしい。

 足は全体としてはいいが、痛めところが少し突っ張る。体は問題ないようだ。熱中症気味になると眠くなる。そういう気配はなし。

P10401902予め予約しておいた電車で上海へ。例の新幹線型。今日は電車が軒並み、それも大幅に遅れていた。特に遠くから来るのがひどい。これは南京始発で、それでも5分くらい遅れた。

 上海の途中昆山に停車、15分でついた。走ったら4時間かかったのに。

P10401912

昆山駅到着前の車内表示。ただいまの外気温37.2度。暑いわけだ。

 

G312の続き:昆山ー蘇州①

P10401752  前回G312で中断した昆山ー蘇州を走った。暑い時期にもう一度まとめて走っておくため、先日痛めた足が長丁場どうなるか試すため、G312の先の様子見ておくため。

 上海発「動車組」始発5時50分に乗ると6時11分に昆山着。

 鉄道の距離表示だと上海ー昆山49キロ、昆山ー蘇州35キロ。道路は鉄道より曲がっているから40キロ見当、というところか。

 日曜の始発はさすがにからがら。20%くらいの乗車率。昆山駅を降りたらもう暑い。社内表示気温28度と出ていた。

P10401762  駅前から北へ大通りを行き左折、朝もやの中に「蘇州36キロ」の標識。まあそんなところだろう。

 当初の目論見P10401792では朝の涼しいうちに軽快に距離を稼ぐ、だったが、ムシムシするし、案外人が多いし、ここでも工事しているし。信号も多く、ゴツゴツ止まりながら西を目指す。

 やっと市街地を抜けても単調な道。車は少ないが何も診るべきものが無い。それに案外店が少ない。街道筋の割りに食堂などほとんど見当たらない。

P10401802

工事が多い。これは例の北京ー上海高速鉄道、新幹線。こんな細い橋脚で大丈夫なのかな。この線路の建設をしばらく右手に見ながら進む。

 工事現場は道が痛んで、水溜りができて、狭いから危ないし。早くもいやになってきた。

P10401812

昆山駅北側の道をずっといくと突き当たり、ここでG312と合流する。間違えて太倉の方へ行きそうになった。

 G312の標識。駅を出たところの36キロの看板から50分走ったのにまだ「蘇州35キロ」。多分こっちの方が正しいんだろう。蘇州のどこまで?というのもあるし。

 でもこういうのをみるとやる気が失せる。直前にコースアウトしたし、7時過ぎでもう暑いし。

P10401822 道路はとにかくこんなの。左側が運河。右側が線路と工場。平らで何も珍しいものなし。変な人もきれいな人もいない。リュック背負って走っていると自転車やバイクの人が追う抜きざま振り向いて見てゆく。走っている人など見かけないんだろう。

P10401852

正儀というところで昆山駅を初めてG312の道路標識が出てきた。

出発してもう1時間20分経過。蘇州は98-99キロだとおもうからあと30キロだ。とすると昆山ー蘇州はやはり40キロ以上あるのか?どうも怪しい。

2009年8月 9日 (日)

10キロ大会

 このところインターネットがますます遅い。みんなIPTVでも見てるのかな。こうのろくてはPCに向かう気がしない。

P10401242

8月8日Nikeの10キロマラソンに参加。場所は五角場の江湾体育場。こんな立派な建物があるの知らなかった。近所の商業ビルやアパートと比べると古めかしい。

 みんななじみの無い場所なのでバスをチャーターして30人ほどでゆく。世紀公園5時50分集合だった。

 P10401262

会場にはこのNikeのTシャツを着ていないと入れない。

7時15分スタートのはずが気配なし。みんな悠長に構えているがだんだん、どうしたどうした、といい始める。蘇州のKさん、この後日本行き飛行機に乗ると。やきもきしている。

 7時40分ごろいきなり始まった。大体7,800人くらい。4万人という話もあったがそんなにはいない。

P10401312 北に向かって黄浦江の方へ走る。新しい道の両側は何も無いくて雑草が生い茂っている。ここに地下鉄10号線が通るそうだ。

 給水は水のみ。前日台風か?とがたがたしたが天気はもち、時々晴れ間がでて暑い。水が生ぬるくておいしくない。

P10401452_2

チアガールが数組いました。加油小姐、というところ。服にNIKEと書いてある。

 応援に熱心な人、適当な人さまざま。お金もらってないんだろう。ずっと最後までやってたのかな。

P10401352まっすぐいって4キロくらいで折り返し、復旦大学の新キャンパスに入る。がらんとしただだっ広い田敷地に役所みたいな建物が点在している。人気が無い。

 肉離れまだ完治せず、最初のほう恐る恐る。蹴りが強くなるとずきんとする。仕方なくのろのろ、周囲を長めながら行く。

P10401372_2

3キロ、5キロ、6キロ、8キロ、9キロと頻繁に距離表示があり。1/3くらいは復旦大学の中。

  しっかし。何でこんな暑い時期にマラソン大会を?上海ってそこそこの大会の数は、片手で足りるくらいしかないのに。8月8日は北京五輪の日、ということらしいが。

 さすがに熱中症の人はいないが、途中から減速する人が大半。

P10401362

加油おばさんがいたるところにいる。朝練習しているの。服の色が派手なのが特徴。

 コースは平らで単調。足のほうはどうやらもちそう。天気も持った。

 1時間近くかかりゴール。ずいぶん汗をかいた。計測チップと交換にバナナとタオルをもらう。

隊長が女子の部2位で表彰され、2000元分のNikeの商品券をもらった。

P10401592_3

ゴール後ロックバンド(こちらの人も知らないというが)が演奏して、若い人が多いから飛び跳ねている人もおり。

 その後この「兄弟聯」という4人組(走っていた)が出てきて歌をうたう。前の方に10人ほどこのグループのプラカードを持った女の子がいた。が、なぜがさほど大声を出さずに見ていた。

 みんなで写真を撮り、またバスで帰る。みなさんは呉中路で打ち上げをやるが自分は浦東で下ろしてもらった。

2009年7月30日 (木)

夜叉が池:2日目③

なかなかこの件進まない。P10400942帰ったら上海も毎日雨だ。 

雪避けトンネルは帰りのぼり。これを越えて100キロ通過。左前方に見えるのが横山ダム。

 見ての通りこのあたり時々晴れ間がのぞくが1分で隠れる、の繰り返し。日が出ると暑い。去年あんなカンカン照りの下よく走ったものだ。

 相変わらず5キロで1人くらいに抜かれる。そろそろ疲れが出てきて抜かれて奮起することもなくなってきた。

P10400982_2

沿道は民家がまばらだけど時々こうやって井戸水や谷水を引っ張って庭先においてある。かぶったり飲んだり。人はいないが水がずっと流れている。

 前後人がまだら。一人旅は嫌いではないのでぼちぼちいくだけ。あと105キロ過ぎあと30キロ。ゴールが近づいてきた感じがする。

 

P10400992

110キロ手前の私設エイド。にしては充実したエイド。誠にありがたい。左下に丸で囲ったように、エXXXビールもあり。この方々いろんな大会で出されていて、昨年は終盤でお会いしました。

 たくさんメニューがありますがジュースをいただき出発。

 ここでいきなり雲行きが怪しく。ポツポツ降りだした。

P10401002

単調な農道の一人旅。あと25キロまできた。このくらいをもうちょっとと思うか、まだ25キロも、と思うか。調子次第。

 本日はまだまだ、と思うが体の苦しさは昨年よりも軽い。ほぼフラットなので走りやすい。

P10401022

コース沿いに見える揖斐川の源流。橋の上から。

 写真がぼやけているのはカメラのせいでなく、川に湯気が立っている。ずっとそうだった。冷たい水と暖かい空気がぶつかっているようだ。

 P10401042

このエイドを出るときはまだ雨が気にならないほどだったが、ここから急に降りだした。

 あっというまに雷雨になり、前日昼を凌ぐ豪雨。風も強い。

 初めのうちは体が冷えていいや、と走っていたが、カメラが濡れるのが気になりビニールパックに入れなおす。

 そうこうしているうちに前が見えないほどに。

P10401082

下を向いて帽子のひさしで雨を避けながら走るがとても気合が入らない。

 しばらくしたら揖斐川大橋のエイドがあり。スタッフの皆さんもテントや集会所の軒先に縮こまっている。

 しばらくここで雨宿りにした。ここの名物はほうば寿司。やることがないから3つ食べて様子を見る。

P10401092 次々にランナーが来るがみんな根性あり少し休憩して出てゆく。

 一度休むと動けず、10分くらい留まるが雨脚は弱まらず。Yさんも来て出て行った。

 仕方なく出る。幸いその後10分ほどで収まってきた。4キロ先の川原神社では青空ものぞくほど。

 大雨でずぶ濡れになり本格的にカメラがいかれ、液晶が全く消えた。フォーカスが合わない。撮ったつもりが写っていない。

Cimg52692 120キロ。撮れてなかった。これは去年の写真です。

 そういえば去年ここから大雨になった。平らで単調でつらさががいや増す道。

 ネイチャーYさんに追いついた。池田山の茶畑でみんなばたてている。上り坂得意なのでここも歩かず駆け抜ける。

P10401122_3

茶畑エリアに入ると、熊に注意、の看板が目立ち始める。こんな里の近くにも出てくるのだろうか。

 そういえば山の中に射撃場がありバンバン音がしていた。

 125キロ通過。あと10キロ。5キロほどのアップダウンを終えて大通りへ出る。

 平らなところで走りやすく最後でスピードを上げてみる。が、すぐへばって後ろからきた人に抜かれた。

 最後の方、距離表示がおかしい。120キロから125キロが異常に短い。感覚的に3キロくらいしかない。125キロから標識がなく、130キロはどこへ?最後のほう、横断地下道エイドで残りどれくらい?と聞いたら7キロ弱と。でそこから進んで右折し神戸の町まで15分くらい。最後のエイドで聞いたらあと1.8キロと。なんだすぐじゃないか。去年もおかしかった。

 P10401132

町の中は祭り支度でにぎやか。

 15時過ぎゴール。恒例の太鼓が迎えてくれます。タイムは去年より10分いい。こんなにコンデションがいいのに10分とは。

 

2009年7月29日 (水)

夜叉が池:2日目②

P10400852 上ってくるときまだ薄暗かった林道に光が強くなり緑がきれいだ。登山口からこの川沿いにずっと戻る。基本的下りなのでマイペースで山道の疲れを抜きながら。

 こうみると岐阜の山の中は深山幽谷の風情。

P10400862

途中で80キロ通過。まだ20度以下の感覚。涼しいし久々の下りでのダメージがさほどないみたい。

 自分では好調に走っているつもりだが、他の人はもっと気持ちよさそうで何人か若い人に抜かれた。

P10400872

 道中はずっと最初の写真の景色。和むが飽きてきた、というところでバイクランドの大きめエイド着。8時45分。スタートして5時間経過。

 去年ここで食べたかき氷がおいしかった。

P10400882  

今年もカキ氷あり。気温が低いからつくり置きしてある。レモン、メロン、イチゴ、せんじ。好きなだけコップにとって食べます。

 横にそうめんもあり。どちらも一口サイズ。

 85キロ通過。あと50キロ。

 P10400912

川又で林道から出て大通りをいく。

 川又エイドに強豪Yさんが座っていた元気なさそう。トイレに行っているうちに先発したが、次のエイド、90キロ手前でまた合う。顔色がよくない。持病がぶりかえし、痛み止めが切れた、交流センターでリタイヤと。無念そうだった。

P10400932

しばらくいくと仮眠&スタートの交流センター前エイド。ここは最大のエイドで人が多い。疲れて体育館に入り一休みしている人もいた。

 ご家族でお父さんの応援。地元の人らしく人気者の人。

 下をみるとかなり雨が降ったようだ。2日目ここまで走ってきてまだ小雨。

P10400922

大エイドだけに食べるもの充実。お粥3種類、スパゲティ3種類。お腹がすいていたからお粥3種とスパゲティ2種食べた。相変わらず食欲があり。

 あと43キロ。フルマラソンの距離だ。足の調子からみて完走はできるだろう。

2009年7月28日 (火)

夜叉が池:2日目①

P10400632 2時に早くも電気が着いて起床。眠り浅いが徹夜で走ることもあるのだから気にならず。

昨晩もらったバナナ2本、オレンジ1個と朝くばられるおにぎり(1人3個まで)を食べる。さすがにみんな寝起きで無口。

 カメラいよいよやられて液晶画面が消えた。オートフォーカスも機能したりしなかったり。

 点呼取り3時半スタート。涼しい!国道の表示21度。

P10400662

 2日目は90キロ。最初20キロで300mくらい舗装路を行き、往復6キロほどの本格的登山道。あとは60数キロ緩やかに下る。

 山の中で明かりはないし夜明けまで一心不乱に走るのみ。

 時々エイドがあり。こちらはバイクランド。55キロ過ぎの。5時前で少し空が白み始め。カメラの液晶だめになり勘で撮影。

P10400722 夜が明けてぼけぼけの通算60キロ表示。この通り川又というところからまるきり林道に入り細い道を延々と上りながら進む。

 最近大会に出ていないので疲労も故障も無く。問題は根気だけ。あまりいろいろ考えないようにして進む。

P10400732 エイドがありました。この世界の有名人、YさんとDさんのコンビ。お世話になりました。

 上るにつれて気温下がりここらあたりは20度を切っている。汗をかかないからさっと一口飲んで挨拶して出発。

 雲行きは相変わらず怪しく、登山の崖で雨が降ったらどうしよう、と心配になってきた。

67キロの登山口エイドでトレイル用に靴を履きかえる。P10400762 水を1本もらって山道へ。

概ねこんな道を登りながら進む。追い越せないから隊列をつくり早足。

 しばらくしたら折り返しら先頭のランナーが猛スピードで駆け下りてきた。4番目は女性だった。すごいひとがいるものだ。

P10400772

いきなり目の前に大きながまがえるが出てきて踏みつけそうになった。

 どうせ走れないから周囲を見ながらじりじりと行く。

 どんどん前から来る人が増えてきた。

P10400802 もう15度くらい。半袖、短パンなので立ち止まると寒いくらい。

 登山口から2キロ強進むと最後の夜叉壁という崖が出現。高さ100mもないが勾配が急でロープにすがりながら上る。

 降りるほうはもっと大変。幸い雨は降っていないが時々雨のために崖一面に水が滴っている。

 上海にいて山になれていないから恐る恐る這ってゆくと次々に抜かされる。

P10400812 ようやくたどり着いた夜叉が池は標高1100mで気温12-13度。大会関係者はゴアテックの防寒着を着て待ってくれている。Oさん後ろから軽快に来て抜いてゆく。

 寒いから長居できず下る。下りは大変。ネイチャーYさん、宮古島Tさんと擦れ違う。

P10400822 崖を降りるとすぐ70キロ標識。ここからは普通の山道なので往路の人に注意しながらテクテクと。下りでどうしても走り始め、慣れない道で転ばないように注意する。

 無事登山道を出てエイドへ。もう7時半。2日目も4時間経過した。

2009年7月27日 (月)

夜叉が池:1日目①

P10400212 JR大垣駅で降りて9時49分発養老鉄道に乗り換え。ワンマンカーと出てます。

 早速車中で100マイルの人たちと再会するなどマラソン支度の人たちが目立つ。関西方面からくるとJRの接続が良くない、と文句を言っていた。名古屋方面からだと大垣行きが多いので便利。

 晴れてきたが去年と違いさほど暑くない。30度あるかどうか。

P10400232 駅4つ、広神戸で降りて10分歩く。神戸町役場が受付&スタート。

 10時10分着。もうみんな着替えて準備万端。スペシャルコースの人たちは9時半にスタートしている。

 自治体がからんでいるので開会式に偉い人からお言葉を頂いたりするがみんな聞いていない。

P10400242 11時スタート。まず町の中にある日吉神社に。道中安全やら完走やらを祈願する。

 神戸の町はこの神社の参道になっている。

 折り返してすでに速い人と差が付いている。

P10400272

田んぼに入り少しいくと夜叉が池をご神体(?)とする夜叉龍神にもお参り。

 もともと60キロも離れた山中の夜叉が池に雨乞い祈願をしたのが縁起で、泉鏡花の小説なんかも生まれた。

P10400292

その後は平地をしばらく走りエイドが一つ。池田山の茶畑を登る。

 12時でも曇りで気温が低い。27-28度くらいか。これはいいや。といく。10キロ31分。

 ところがここから降りるころに突如として天候が一変。にわかに雲が下りて来て土砂降りになった。

 まためぐり合った大阪のOさんと一緒にヒヒー言いながら走る。

P10400322

普通夕立ちは15分もすれば止むものだが今年の集中豪雨はひどい。30分以上続き風も吹いて。

 ここでカメラが濡れて故障。道中写すのに苦労するようになる。

P10400332 なんとか雨が止み、いよいよ揖斐川沿いの本格コースに入る。行く手にも厚い雨雲が見えて、山の中で降られたらどうしよう。と心配になる。昼間でも濡れて少し立ち止まると寒く感じる。

 とはいえ涼しい方が走りやすく雨が止めば悪いものではない。

P10400352 

このあたりはエイドが多い。行きよりも帰りのために設置されている。猛暑だとエイドだけをよりどころに走るようになる。

 20キロ通過。この10キロ63分。登りが多いからこんなものか。このあたりずっとOさんと話しながら行く。

P10400362 久瀬のエイド。毎年暑さ対策で各エイドに氷が準備されているが今年は涼しくて氷に手を伸ばす人が少ない。エイドの人もさびしそう。

 このあたりずっと上りが続く。1日目45キロで300m近く上る。まだ元気だから普通に駆け上がる。気温はやはり28度くらいか。

2009年7月25日 (土)

夜叉が池135キロ:天気?

 7月24日ー25日と今年も夜叉が池伝説マラニックに参加。初日45キロ、2日目山登り交えて90キロ。真夏の開催で暑さが焦点。スタートは去年40度が出た大垣だし。山に登るから雨も重要。最後の崖は雨が降ると滑って大変。

 天気予報では今日も明日も雨模様。25日朝現在大雨が降っている。山の中は雨だろう。平地の気温予想25度ー28度。荷物を見直そう。

2009年7月12日 (日)

熱中走

 昨晩またG312やろうと思っていたが夜遅くなり気力喪失。代わりになにかないか?と考え。日曜の練習会が天山中学で、久々に参加、走ってゆくことにした。

 古北あたりから家までタクシーに乗ると延安高架、トンネル経由で22-23キロくらい。走ってゆくと渡し舟で回り道するから24キロくらいか。と想定。船の時間をいれて2時間40分くらいか。

 3時に家を出る。練習会の開門が7時だから早すぎる。世紀公園を2周して向かうことにした。むしむしで誰も走っている人などいない。3時過ぎだし。でも香梅近くの歩道の舗装を剥がして工事しているところ、そんな時間で工事始めていた。

 15分も走ったら汗だくになってきた。

 2周して世紀大道を通り東昌路の渡し場へ向かい。途中歩いている人はいないがベンチに寝ている人が多い。家の中が暑いのだろう。

P10309932  4時過ぎ。車少ないな。順調に東昌路を左折。工事で行き止まりだ。商城路へ。こちらも道がふさがっているが臨時歩行者道があって助かる。

 こちらが渡し場。24時間営業である。黄浦江の橋、トンネルはすべて歩行者、自転車通行禁止なんで渡し場が24時間。これは昔からそうだ。

通行料0.5元。のはずだがただで入る?かつてはこちらから有料で、浦西からくるのはただだったが?夜はただか?係員がさぼっているだけか?

P10309952 ここまで1時間35分で到着。世紀公園から30分。近いもんだ。

 もう空が明るい。一番夜明けがきれいな時間だ。

 待って渡って15分。同乗者は10人くらい。みんなバイクか電動バイク。歩いてきた奴など自分だけだった。

P10309992

浦西側からのながめ。そういえばこの川、ごみが浮いていない。つい数年前までごみだらけだった。掃除したようだ。

十六舗という外灘の南側に着く。ここから中山東路を北上。工事で走りにくい。

この時間だからまだいいが。

P10400022_2

外灘です。上海税関ビルの時計は5時。この時間でも観光客が歩いてました。

南京路も散歩を楽しむ若い人が朝早くから出ている。

 遊歩道にある、上海マラソンスタート地点の小さな広場。寝ている人がざっと100人くらいいた。平和なものだ。夕立が降ったらどうするんだろう。

P10400042そのまま走り静安寺へ。寺のあの奇妙な塔の写真を撮りふと見ると快晴だ。道理で暑いわけだ。

 世紀公園でも暑かったんだからビル群に入って大変な暑さ。

 早朝なのにジョギングしている人が自分しかいなかった。

道は、ひたすら西に行き天山路か長寧路に入ればいい、と適当にゆく。が、南京西路の静安寺のところで迷った。

 愚園路に入ればいいのだが、なんとかくG312時の道に入り大回り。結局戻ったが少しロス。

 中山公園の繁華街を抜けて高架をくぐり、長寧路から天山中学へ。暑い。工事ばっかり。楽しくない。

 結局6時15分天山中学着。公園から2時間10分。和平飯店から1時間5分。してみると24キロもない。いいところ22キロくらいだ。タクシーのメータはインチキされていたのか?世紀公園2周と足して32キロほど走ったことになる。

 早く着きすぎた。練習会7時なのに。とすでにW老師が来ていて中に入れてくれた。ここまで走ってきた、といったら地下鉄があるのに物好きな、といわれた。まあ。そうだ。

 7時過ぎて何人かきたが集まりが悪い。この暑さでは。とりあえず40キロにしよう、と休み休み400mトラック22周。

 Gさんと早々に引き上げた。駅から家までまた走り、結局全部で42キロくらいになった。しんどい。

 帰って体重を見たら59.5キロだった。走る前に体重を量ったとき63.1キロ。今週ずっと食べ飲み続けでこれはいかん、だったから減量できてよかった。それにしても3.6キロも減るとは?どこへ行ったんだろう。水分?走る前と途中で1.5リットルくらい水を飲んだし。謎だ。

2009年6月29日 (月)

G312②:沈没

0092  明け方雨がぱらつき。涼しいから雨でもいい。と念じる。すぐ止んで太陽が顔を出し本格的に暑くなった。

 安亭到着6時過ぎ。3時間半経過。通り沿いのバスターミナルにいき飲み物を買う。

 上海方面にバスが何本も出ていて、乗って帰りたいな。とふと思う。

 まあ。ここまで来たし。とりあえずまだ上海から出ていない。時間も十分あり。

0102 安亭を出てしばらくすると境界の町花橋。高速で行くとA30と交わって料金所があるところです。

 蘇州市の表示。やっと上海を抜けた。遠いな。ここにも料金所があり。関所だ。自動車、オートバイは徴収。電動バイク、自転車は無料。

 西に向かっているので直射日光が後ろから照りつける。帽子を被った。今日は暑い日になりそうだ。

 背中に背負ったリュックが体に張り付いて暑苦しい。

0112

本格的な距離表示があった。やっぱり蘇州はあきらめ。64キロもある。

 ここから昆山駅まで3時間かかった。駅前の標識に「蘇州38キロ」とあったから、ここから駅まで26-27キロというところ。

 その先をみると無錫110キロ、南京286キロ。うーん。新たなチャレンジ目標誕生か?などと妄想にふける。

 とりあえず今日をしのがないと。

 7時を過ぎてどんどん気温が上がる。農 村の店でコーラを飲む。店のおじさんに「旅行か?」、と聞かれ「トレーニング」といったら案外驚かず、「蘇州までいくのか」と聞かれた。とてもとても。

0122 暑さも響くが、それよりもこの単調さがこたえる。道は相変わらず車道と自転車道がはっきり分かれていて走りやすい。

 その分どこも全く似た景色で何の楽しみも無い。30分走ったら休んで水を飲む、というのを目標に走る。陽射しがとんどん強まりだんだん30分が20分、15分と短くなってきた。

 写真のバス停のバスに乗ると昆山駅前まで行ける。乗りたいが。

0142 1キロおきに距離表示が出ている。これが延々と続いて4967キロまでいくと思うと壮大だ。トランスヨーロッパ、アクロスアメリカと同じくらいの距離。いつか中国でもトランスチャイナが開かれるかも。

 日が昇るにつれて車が増えてきた。交差点をより用心しながら進む。

それにしても暑い。10分走るとコップ1杯くらい汗が出る感覚。タオルが脂汗でねとねとになり気持ち悪い。

0132_2 

昆山市内への分岐点出現。まっすぐ行けば蘇州。あえなく沈没して昆山へ。

 右折して昆山へ。電動バイクのアベックに道を聞かれた。自分に聞かれても。

 曲がって高速道路と線路をくぐり開発区の南側に出た。見覚えある工場がある。

 ここから駅まで長い。市内は人も多いし最後は歩いて昆山駅へ。道は分かりやすかった。

 10時前に駅到着。7時間半かかった。62-63キロくらいだと思う。歩きもあったからしょうがないか。

0152 切符売り場で「一番早い上海行き」といったら12時43分だという。前の人もそういわれていた。立ち席ならありそうだが疲れていてもういいや、となり。

 電車まで2時間半ある。待合室で居眠り。

 日本の列車は老人が多いが中国は圧倒的に若者ばかり。昆山あたりでも日焼けした人が多い。上海と違い静かに電車を待つ。

 やっと電車がきて乗る。あっという間。7時間半かけたところを25分でついた。文明はやはり偉大だ。

 車中の表示で、上海の気温は38.2度と出ている。

(感想)

・途中からゆっくりになったので筋肉痛はなし。家に着いたころには復活して普通に走れた。

・道中何も食べず。水分は2.5リットルくらい取った。胃腸を鍛えるのが目的の一つで、これは大丈夫だった。

・走っている時気が付かないが、歩くと後ろからふくらはぎに太陽光線を感じて熱くなる。体力を奪われる実感。

・体の芯の体温上昇はなし。心拍もあがらず。暑さ耐性はまだあるようだ。

・道の様子がわかったから次は目指せ蘇州。夏場は難しいかな。

 

 

 

2009年6月28日 (日)

G312①:安亭まで

 前々から国道312(G312)を走ってみようと思っていた。6月は大会がなく、練習不足。ちょうど今日時間があったので実行した。

 G312は上海起点で終点新疆伊寧。全長4967キロという途方も無い長さ。上海ー蘇州ー無錫ー常州ー南京と続き、高速ができる前唯一の幹線道路。

 もちろんそんな遠くまでいくのではなく、蘇州が100キロ弱くらいだから蘇州まで走ることが当面の目標。今日は暑いし道の様子が分からないし。とりあえず昆山(55キロくらい)までいって様子を見よう。といういつもながらの適当な考えで出発。

P10307992 上海の中心といえば人民広場。南京路の国際飯店の前からスタート。

 2時30分。暑さ対策のために早めに出た。

 が、この時間でも南京路は窒息しそうな暑さ。昨日の熱が抜けず、エアコンの熱気が立ち込めていて体が圧迫される感じ。

 土曜夜で南京路に数少ないながらも何件か店が開いていて、若い人がたむろしている。外人さんも多い。

 静安寺でまがり万航渡路から武寧路に入る。まだ市街地で暑い。普段さほど汗をかかない体質だが、この異次元の熱波に汗が吹き出た。

武寧路をずっと走る。蘇州河を越え、内環路をくぐり。屋台やマッサージ店が空いていてこちらに目をくれる人もいる。たいていは気に留めず。

 ボランティア夜警の見回りとかがいる。3時半という時間に女性が一人歩きしている上海は安全な街だ。

P10308012

やっとG312の標識。滬寧高速道路の下道にあたる。このあたりでは曹安公路と呼ばれている。

 ここまで一時間。すでに暑くて酸欠金魚状態。

 暗かったら下を照らそうとライトを持参した。街路灯が明るくて結局使わず。

 市街地を出たら少し気温が下がった。走り続けている体は調子が出てきてナンストップ。汗が止まらない。

P10308032

外環路まで1時間半。持ってきた水がなくなり買いたい。店がない。上海市内と違いコンビになどない。一軒向かいに見かけたがまだ先にあるだろうとやり過ごしたら全然ない。

 4時では空いているガソリンスタンドも少ない。

P10308042 そうこうしているうちに夜が明けてきた。

 夜何も見えずに走っている時きにならなかったが、明るくなるととにかく景色が単調なのがわかった。

 道路は平坦で両側に工場が多く、目立つものもなし。すぐにいやになってきた。

 ただ、道は写真の通り、車道(左側)、自転車道(真ん中)、歩道(右側)ときれいに整備されているので安全で走りやすい。

といっても信号無視の嵐なので交差点では要警戒。慎重に。

ちょうど2時間過ぎて水がなくなりどうにも苦しい。封浜というちょっとした集落を通りかかるが店はまだ空いていなさそう。でもきついからすがる重いで少し中側に入ってみたらコンビニがあった。

 ファンタオレンジを10秒くらいで飲んだ。

 多少向かい風があるがよどんだ空気。休憩したら走る気が失せてきた。P10308062

やっと標識が出た。この時点ですでにスタートしてから3時間近く経っている。

 昆山まで32キロか。まだずいぶんあるんだ。この分だと蘇州は無理だ。

 また水がなくなり渇いてきた。とにかく安亭までいこう。

 きれいな建物が。こんなところに同済大学のキャンパスがあった。ここにいたら勉強するしかなさそう。

P10308092_2 橋の向こうの白い建物群がフォルクスワーゲンの工場。安亭だ。

 30キロほど走り、いつもどおりやる気が失せて歩いて街に入る。

左側で工事中の地下鉄11号線、かなり出来上がっている。

 

 

2009年6月27日 (土)

雷雨

P10307982  浦東横断マラニック、27日7時スタート。で朝金橋のKさんと集合場所まで走っていくこととした。

 とろこでが待ち合わせ時間は雷雨となってしまい、雷も雨も走るのに難儀なほど。

 これは中止だろう、とKさんというが、念のために行ってみた。

 案の定中止。来た人はTさんのみ。国王が中止宣言したので世紀公園方面に戻る。

 小降りになったがまた本格的な雨になり。それでも8時近くには止んできて普通に走れるようになった。

 となると物足りない。金橋までいって帰る。25-6キロというところ。

 家に戻ったらあとは曇りで雨無し。あの1時間だけ大雨だった。ついていない。

Kさん、Tさんお疲れ様でした。

2009年6月24日 (水)

サロマ

朝走らず。帰って夜10キロ走った。自転車、ランニング、散歩。夜でも公園の周りに人が多い。

 今週末サロマ。サロマは一度も参加したこと無い。上海からだと遠くて。同じ理由で四万十も出たことが無い。四国は距離は近いが中国便は松山に週2本出ているだけ。時間もお金もかかり。

 ウルトラの世界がサロマで盛り上がっている傍ら、ふと見ると玄海100キロが今年の10回目を区切りに中止だそうだ。一度出たかったが今年も雁坂峠とぶつかっている。残念だ。

 サロマと四万十はスポンサーが付いているから続くだろう。

 

 

2009年6月15日 (月)

宮古島

 朝龍陽路方面を回って12キロほど走る。羅山路の工事がどんどん進んでいる。高架組み立てに入っているので前ほど地面を掘っておらず、砂埃が減った。

 昨日から夏になった。汗のかき方が一昨日までと違う。夏の汗だ。あと数日したら35度だろう。

 先週もう来年の宮古島遠足100キロの受付が始まった。7ヶ月先の行事。ほんとうに、最近どこも申し込みが早まっている。宮古島も行きにくい場所だが人気大会なので毎年定員オーバー。早く申し込んだ方がよさそう。

 でも。半年先のスケジュールを決めるなんて。芸能人でもあるまいし。この調子だとスケジュールをみて大会申し込むのではなく、大会中心の生活カレンダーを作らないとやっていけない。

 そんな先、いろんなことが起きるからしばしば申し込んでもキャンセル、となる。普通そうなっても払った分は返してくれない。プリペイドカードみたいだ。

 

 

2009年6月14日 (日)

杭州再訪

P10307242 昨日土曜日、浦東マラソン仲間Gさんとまた杭州へ走りに行った。

 先週と同じく7時20分D5685に乗り8時45分着。暑い!先週より全然むしむし。

 駅前からぼちぼち走り、呉山広場を登り西を目指す。

 万松書院から山道に入り上り下り。今日は人が多い。車でこれるところの近くに団体さんがいたりする。

 玉皇閣で一休みしもうアイスクリームを食す。下の林海亭の方はどうなっているんだろうか?

玉皇山の螺旋を歩いて上り頂上へ。途中の道に人がいない。

 蝉の鳴き声がない。まだ夏本番ではない。

螺旋を下りて山道下り動物園に突き当たる。P103072522時間弱。

また虎跑に入り登ることとした。中に人が大勢。虎跑は樹木が生い茂っているから参堂が涼しい。

 泉や川が豊富。これがもともとの泉だそうだ。

 ここからすぐ上のゆき寺から出る。例のきつい上りだ。

 あとは道なりにずっといき理安寺から小川沿いにまた龍井村着。約3時間経過。

ここで食事することとした。

P10307262 町外れの庭先のテーブルに座るとおばさんが注文聞きに来た。「何のお茶を飲みますか?」「お茶は入らない。食事したい」というと、龍村に来てお茶を飲まないとはなんという外道だ、という顔。でも無理に勧めず。あっさりしたとこがいい。

 ご飯と料理2種類。ご飯は炊飯器を持ってきて、好きなだけ自分でよそいな、という。

P10307282 料理は魚香茄子(手前)と聞いたこと無い野菜の玉子焼き(向こう)。油が強い。農家料理、というところ。汗をかいているから塩が効いているのは歓迎。

 ここまですでに水ばかり飲んでいてさほど腹が減っていない。Gさん共々ご飯1杯だけ。

 食事後すぐスタート。今までいったことがない道を試すことにした。

P10307302_2 この辺か、とお茶畑へ上る。ところがどういっても行き止まり。

 おかしいな、と戻る途中、下で農作業していた人が消えた。その地点までいくと細い道があった。

 入るがやはり道が消えてゆく。??

 上で人の話し声がする。これに勇気づいて無理矢理藪を掻き分けて登ると石の道があった。

今日の目的地は霊隠寺方面。途中にいた人に聞いた方向に行ったが間違っていたようだ。

P10307312  とはいえとても走りやすいいい道だった。勾配が適当で、階段が少ない。香港のトレイルみたいだ。

 途中いたるところにこの巨大防火ポリタンクがあった。雨を貯めるように上がパラボナアンテナ型漏斗状になっている。直径1m以上。

 いいアイデアだが、落ち葉がたまって水が詰まっているのが多かった。

 結局「中国茶葉博物館」というところに出てしまった。日本人団体さんおり。水を買って一気飲み。

 この時点で15時過ぎ。暑いし道間違えたし。博物館の冷房に当たってしまったし。やめた。時間があるから歩いて駅に戻ることとした。

P10307342

途中西湖脇を通る。西湖の水はきれいだ。江蘇省あたりの湖と水質が全く違う。

 みているとこの池の水は周囲からの湧き水が流れ込んで形成されている。しかもこんなに勢いよく流れている。だからきれいなんだ、とわかった。

 歩いて出発した呉山広場着。7時間経過。買物客でごった返している。

駅で一休みし17時25分D5678で帰る。冷房き気持ちよい。

 前週同じ道を走ったのでアップダウンのダメージが少なくてすんだ。

 

 

2009年6月 8日 (月)

杭州②

 朝走ったら太腿筋肉が重い。年をとると2日して疲れがでるというが。。普段上り下りの筋肉を使っていないことを痛感した。

 さて。P10306982 動物園前でアイスなど食べてしばし休憩。中はどうなってるんだろう?次回入ろう。

 地図をみると動物園の裏に道がありずっと奥まで続いている。が、どうみてもみあたらない。

 それとも虎跑路を下って線路手前の道からいけない?。大通りは車で一杯だが、曲がるとまたまたさびしい農道。

 龍井の近くで一面のお茶畑。

 工事していて、ツルハシ、鍬、トンカチなど持った人と擦れ違う。いきなり襲われたらやられるかも。などど物騒なことがちらりと思い浮かぶ。実際は物静かなお百姓さんたち。

 結局行き止まり。作業している人たちがいて、「上に抜けられる?」と聞いたが「さー。だめじゃない」と。上ってみたが行き止まり。

P10307022 仕方なく戻る。何故道が無い?その辺の人に聞いても「???」。

 虎跑(お寺です)まで戻る途中地図をよく見る。どうも虎跑を抜けると道があるようだ。面倒くさくなってきたがここまできたのだから、と入る(入場料15元)。済公がいたところらしい。

 思ったよりも参観者がいる。ここは杭州二大(or三大)泉の一つで、きれいな水がいたるところに湧いている。

水を汲んでいる人もいる。自分もペットボトルに入れた。

 お堂や彫刻を脇目にみて寺の奥へ。                                                     P10307032 案の定道があった。六和寺や理安寺に通じている。理安寺までいけば、目標の龍井にゆく。

 早速上り始める。が、ここは本日一番きつい上りで、いけどもいけども階段が終わらない。

 なんとかしてくれ。と何度も思ったあとやっと展望台、貴人閣に出た。ぼんやりたたずむ、居眠りする若者が5人。

P10307062 ここからしばらく尾根伝いに石畳、石段を進む。

 時々人に会うとグループで、狭い道だから抜かしにくい。それやこれやで歩きが多くなる。

 13時過ぎでこのあたりは木立が小さくてところどころ日光が当たる。わーと汗が噴いてきた。

P10307072_2 

 尾根から見た景色。中部、関西あたりの景色と同じ。日本と違うのが植林したのではなく自然林なこと。杉なんか見当たらない。

 段々畑は全部茶畑です。手入れが行き届いてます。さすが高級茶の産地。

 P10307092

道は合っている。目立たない道しるべがあった。ここから理安寺方面も六和塔方面へも下り。

 理安寺に行く道はまた深い木立に囲まれて涼しい。

 でもその分蚊の軍団に追われる。

 思ったよりもあっけなく理安寺ー九渓煙樹到着。

P10307162_2 鋭角に右に折れて龍井村へ。

 この道は龍井から流れてくる清流沿いにあり、この水がきれい。中国にもこんなきれいな川があるの?というところ。

 みんな靴を脱いで小川に入っている。

 水につかると気持ちよさそうだったが先を急ぐ。

 

P10307172

この道は往還道みたいな石畳。石が平らなので走り(歩き)やすい。わずかに上りながら龍井村に向かう。

 理安寺、龍井村ともに車で来れるとこなので人が多い。ただ、道も広いのでどんどん追い越してゆく。

 途中水遊び中の若い二人連れに頼まれて2ショットを撮ってあげる。そういう雰囲気の場所。

P10307182  龍井村到着。小さな村だがどの家も庭先、軒先でお茶を干したり、売ったり、飲ませたりしている。

 15時になった。スタートして5時間半ほど。とっくの昔に疲れている。本当はもう少し先、霊隠寺のほうまで行きたいが、やる気失せて。ふとみると駅前方向にバスが出てるし。。

 止めた。

 うろうろ回り道し、立ち止まって考えた時間もあり。多分30キロも走ってないだろう。

 バスでのんびり市街地に戻り、歩いて駅へ。やっぱり街の中は森の中に比べると暑い。

 17時25分の直通D5678で戻る。18時40分上海南着。迷ったせいもあり今ひとつ不完全燃焼。

 

2009年6月 7日 (日)

杭州①

 今年も夏場に山の大会申し込んでるからトレイル練習に杭州へ。平坦な道に飽きてきているし。

P10306762 朝7時20分上海南発D5685に乗る。若い人で満員。一眠りしたら到着。8時45分。

 杭州も日差しが強くて暑くなりそうな日だ。

 買物、トイレなどぶらぶらしながら河坊街を通り上り口の呉山広場へ。

 中国一重厚な(?) Macがある。

 P10306782

呉山公園です。行楽地なのでこのあたりは人がたくさん。

 着てきた余分なものを脱いで背中に入れ、さて、とスタート。

 取り付きの階段を上ると上の方は木立が茂った森になっている。

P10306802

最初のほうは石畳の緩やかな上り。人も多い。

 しばらくすると山めいてきて、天然洞窟がいくつかあり中をのぞいている人がいる。

 土曜日で家族連れが目立つ。

 革命烈士記念館のところから下り、自動車道に出る。万松書院。P10306872

には行かず脇から書院外壁沿いに行く。

ここから本格的になる。最初はずっと上り。テンポよく歩を進めるが、ひと気がなく少し怖くなってきた。と思う頃にハイキング客が出現。

 初めてここに来たとき、こんな街の近くに人がいないところがあるんだ、と感心した。P10306882

尾根沿いに西に向かう。杭州も前日雷雨だったそうだが、雨の痕跡がほとんどない。乾燥して走りやすい。

 時々前から人が来るが、日本と違い挨拶したりしない。

 杭州の天気予報は日中33度だったが、森の中は気温25度くらい。良い感じだ。

P10306892

1時間ほどで老玉皇宮着。道教のお寺です。

 中はたいしたこと無いが、門に売店があって水やアイスクリームを売っている。

 ここからまた上り下りを繰り返しながら最後は急勾配を進むとぽっかりと車道に出る。玉皇山に上る螺旋状の道。

P10306912

道は石畳で時々車が通る。気にならないくらいの頻度でのんびりと行く。

 もう疲れてきて大半歩いて上った。ずいぶん距離があるように感じた。

 頂上も道観(道教のお寺)で見晴台などがある。

 食堂があり覗いてみたら誰もいない。静かな場所だ。

P10306932_2 再び螺旋道を降りる。歩いている人などもちろんいない。

 風の音と足音だけが響く。さすがに暑くなってきた。

 杭州の植生は日本と似ているように感じる。気候が本州とほぼ同じ。通り過ぎる森の様子に親しみを感じる。

 ずっと石畳を下ってしばらくすると左側に階段の下り口がある。P10306952

急階段を下りてゆく。

虫がわんさかたかってきてうるさい。眼鏡してて助かった。

 すぐに自動車道に出て左にいくと突き当りが杭州動物園。

スタートして2時間かかった。ここまでは来たことがある。 

 

 

2009年5月26日 (火)

 朝10キロほど走る。今朝は誰にも会わなかった。ジョグ、散歩の中国人がこのごろにわかに増えている。後ろ向きで歩く人がいたりして走りにくい。

 左足指の上部が腫れている。昨日朝気がついた。ネイチャーで痛めたのと近い部位だが、今回は人差し指が少し痛い。

 靴が合っていない。今年前半のレース用に買ったもので(ミズノ)、600キロくらいは履いているが馴染んでくれない。ネイチャーはこの靴でひどい目にあった。履き心地がいいのでとても不思議なのだが、内側の生地が足の皮膚と相性が悪いみたいだ。

 中国にいるとぴったりする靴を探すのが簡単でない。ウルトラの靴は軽くて底が厚い、とか、コースによってはトレイルに対応して滑らない、走っているうちに足が腫れるから予め大きめのサイズにするとか、普通のロードレースと違う注文がついてしまう。長時間履き続けるから合わないとどんどん靴擦れが激しくなるし。どうしても合っている古い靴をいつまでも履き続けることになる。

 

2009年5月24日 (日)

第一回上海ウルトラマラソン②

 事件:1号門植え込みの陰に隠しておいた荷物が全部なくなった。ペットボトルの水まで。

 自分は上着、薬系、食べ物、飲み物、シート、など。一番痛かったのがサンプルのポロシャツ2枚。あればUさんにあげられたのに。幸い貴重品は持っていた。

 被害がひどいのが隊長で、バッグにいろいろ入っていた。

 その前の周回、35キロ時点すでになかったように思う。 多分隠すのを見ていた人だろう。補給物がなくなり急に気力が萎えてきた。しばらくみんなで鳩首。

 やめてもいいかな、と思っていたらNシーに「ウルトラランナーは諦めないんですよね」と先手を打たれた。しょうがない。コースに戻る。

 コンビニで水買う。ここでみんなとはぐれしばらく一人旅

 アクシデントはあったが調子は悪くない。10周=50キロ=半分終わる。5時間25分くらいかかっている。途中鳩首もあり、まあこんなもんか。

 喉が渇いたからコンビニでコーラ買ってきて飲む。など休みをいれてあとはずっと隊長と走った。

 11周ー13周は30分以内でカバーした。みなさんも大頑張りで、30キロ、40キロ走り自己記録の人が続出。みんなどうしちゃったんだろう。すごい。暑いのに。

 先に上がった人が水を買ってきてくれるようになった。皆さん励ましてくれてエイド状態になりしばし御歓談。Iさん御夫妻帰りがけに差し入れをいただいた。

 14周70キロ。いつもどおりこのあたりが一番しんどい。筋肉はたいしたことないが、いつもの足裏痛が始まった。気にしなければなんとかなるんだが、そうもいかず。

 隊長は絶好調。いままで42キロ以上走ったことないそうで、この自分の70キロが隊長の42キロ。「未知の距離」と大喜び。こちらの苦境と大違い。

 だんだんスピードが落ちて35分くらいかかるようになった。10時過ぎて猛暑モード。途中水を買いに入ったりするし。ペットボトル1本丸呑みしてしまう。

 隊長にどこまで走るの?と聞いたら、100キロまでつきあってくれると。みなさんサポートしてくれている人もゴール見届ける人がいると。これは。もう止められない。

 80キロ11時30分。さすがにみなさんお腹が空いてきて(30キロくらい走っている)食事にでかけた。道行くおばさんが、何周目なの?と聞くから17周目、と答えたら絶句してた。

 相変わらずスピード上がらず、足裏が痛い。でも同行の隊長がいろいろ話してくれて気がまぎれる。1人だととても持ちそうにない。

 90キロ。あと10キロと思うと少しやる気が。最後1周になったらみんな戻ってきていた。足の調子を探る。ああーあ。まだ力が残っている。いつもながら楽をしようと全力を出さずに走ってきたことがはっきりして猛烈に腹が立ってきた。

 狂ったようにペースを上げる。つるかな?と思うがそこまではいかない。最後1周は25分切って一番良いラップだった。

 フィニッシュ!ちょうど11時間少し切るくらいだ。ああ。疲れた。

P10305492

ビール片手にショット。みなさん暑いのに遅くまでありがとうございます。

 「第一回上海ウルトラマラソン」終了。隊長72キロ、Nシー50キロ、Iさん45キロなど。自己記録の人が多数。

 記念すべき日になりました。

第一回上海ウルトラマラソン①

先週火曜日に、

第一回上海ウルトラマラソン」

5月24日(日) @世紀公園

距離:100キロ(20周)

参加者:(今のところ)1人

というメールを大阪ウルトラ参加者&断念者に打ち。

 大阪に向けてせっかくコンデション整えたんだから、と1人で周るつもりで。返事がないから誰も来ないだろう、と。勝手に思っていた。

P10305412 2時前に起きて食事、荷物確認し歩いて世紀公園へゆく。草木も眠る丑三つ時。コンビニは当然、マッサージ店もちらほらまだ空いている。四つ角の屋台片付け。

 ちょっと寒い。荷物を1号門のところに置いてさて2時45分スタート。

 掃除の人すらいない静かな世紀公園周回。

 足の調子はいいから流して走ってもまあまあだろう、と適当に1周したら32分かかった。あれ?28分くらいで行きたいんだが。

2周目も32分。トイレにも行くしはかどらない。少し気合を入れて30分にした。あとは28分ー30分でずっと走る。

 誰も来ないと思っていたらなんとみなさん大乗りで朝早くから集合してきた。一番は金橋のKさん。3時半に来ていたそうだ。同じ方向でしばらくあわず。

P10305462  静安寺のIさん4時半着。しばらく御一緒。

 5時には大きな太陽が昇る。

 5時過ぎNシーがHさんと現れた。古北から走ってきたと。それも南浦大橋を越えて。エエ?みなさん、真似をしてはいけません。南浦大橋は歩行者通行禁止です。

 隊長登場。続いてIさん御夫妻。サンデーさん(ご出張中)。自転車のTさん。よく見るとみんなランナーズだ。

 ついにチームアジア代表のSKさん登場。猛スパートで追いかけ始めた。

TARC最俊足ランナーKさんに自転車から励まされる。

 朝方涼しくて気持ちがいい。40キロまで隊長と走る。

P10305473_2

 7時に撮った集合写真。普段は8時集合なのにこの時間でこんなに人が来ていた。

 うーむ。実は、暑くなりそうだし、しんどくなったら途中で逃げようか、と内心思っていたのだが、これではそうも行かない。  

 困ったな。

 実は本当に困ったことがこのとき後ろの方で起きていた。

2009年5月23日 (土)

準備

 朝からゴルフ。このところ気候がいいので時々誘われる。来週の端午節3連休は平日扱いのゴルフ場もあり、料金が安いので皆さんでかけるようだ。

 朝から曇りで風がなく、ゴルフにいい日和。日が差さず暑くもない。この天気だと明日も走りやすそうだ。と、天気予報では明日は天気が回復して晴れ、照りつけるそうだ。大阪の方はどうか。意外にも雨模様。

 予定通りならばとっくに大阪について今頃夕食の相談をみなさんとしている時間。仕方がないから代わりの明日のランニングの準備を少しはしてみる。飲み物は水だけでいいでしょう。途中塩を舐めれば。多少は食べるものを用意。甘いものを少し。パンなんかは直前にコンビニで買うか。

 服装は真夏の格好で最初からいけそうだ。あとは何時から始めるか。起きれたら2時くらい。

 足の調子?ゴルフしてたら左足足底筋が痛んできた。こいつは本当に気まぐれだ。長いのを走ってすぐは他の痛みの陰に隠れている。しばらくして体調が普通になるとぶり返したりする。前回の萩では気にならなかったのになぜ今頃になって?

2009年5月22日 (金)

キャンセル

 日差しが強い。6時半くらいから急にかんかん照りになった。この時期ウルトラは暑さとの戦い(戯れ)。エイドごとに頭から水を被りながら先を急ぐ、というパターン。

 インフルエンザの影響で5月24日の「水都大阪100キロ」断念することにした。時期と場所が悪すぎて。第一回だから出たかったんだが。

 上海にいると時々アクシデントでマラソンDNS、DNFになってしまう。3年前奥武蔵の時大台風が来て上海の飛行機が全部飛ばず、諦めた。去年の野辺山は出たものの仕事で急用ができて40キロで止めた。

 怪我で雁坂峠行かなかったこともあったなあ。怪我なら諦めもつくんだが。

 せっかくコンデション作ってきたから大阪と同じ24日に世紀公園周りを1人で多めに走ることにした。目標20周100キロ。朝3時ごろスタートしようと思っていたが、この陽射しでは。もっと早くしようか。

 

2009年5月17日 (日)

送別会

P10305263_2  昨晩走る仲間の送別会。3月たくさん帰国したと思ったら今月末も3人帰る。Uさんみたいに急遽帰る人もおり。不景気の影響あり、今後も帰る人が例年より多そう。そういう自分はどうなんだろう。

 海外暮らし、それも中国だと永住する日本人は少ないからいずれは別れる時がくる。

 幸い、新加入の人が5人おり、全体では減っていない。

 今回40人近く参加した。日中米韓の旗の通り4カ国の多国籍グループになっている。これだけいるとあまり話したことがない人も何人かおり。自分は昔から顔を憶える苦手で、すぐに名前を忘れてしまう。大人数だとなかなか憶えきれない。

 今朝いつも通り世紀公園練習会があり久々に参加。昨晩の飲み会、2次会は1時ごろまでいたそうでその影響があり参加者8人のみだった。練習会前とあわせ20キロ強走る。みなさん、それくらい走る。女性方がめきめき力をつけており、秋のレースでは好結果が出そうだ。

2009年5月15日 (金)

萩成績

 4時半出て久々に金橋ー張江を回り22キロくらい走る。5時までは出歩く人が全然おらず、こんなに明るいのに、不思議。5時過ぎたら急に人が増えてきた。この時間から仕事を始めるのか。

 最後は世紀公園を回って帰る。いつもの皆さんが走っていた。今日も少し強めに走って、いつもより長かったから疲れた。

 帰って体重をみたら61キロ。この分だと真夏は平常で60キロを切れそうだ。60キロ切ったら食べたいだけ食べるぞ!とは前からの期待。といっても今も牛飲馬食なんでそれを凌ぐとすると鯨飲象食か。

 HPに萩往還の結果速報が出ている。案の定今年はみんな速かった。とにかく気温が安定して、夜も昼も18度ー20度。こんなコンデション大会始まって以来では?超ウルトラは天候でタイムがずいぶん変わる。完踏率の高さも屈指で250キロで60%を越え、これも史上初ではないか。

 それに引き換え自分といえば。完踏217人中109位とちょうど真ん中。去年は24位で、一昨年は21位だったからもっと期待したんだが。上位者の顔ぶれはトップのドクター始めいつもながら。2位だった方同郷の人らしく、最近めきめき力をつけている。

 

 

 

 

2009年5月13日 (水)

申込み

 足がかなり戻り、今日はスピードを上げて走った。長めのを走ってばかりなので多少疲労があってもたくさん走るのは我慢でこなせる。けれども、速く走ろうとすると筋肉が言うことを聞いてくれない。

 筋肉痛って結局筋肉の毛細血管がブチブチ切れたり細胞が潰れたりして炎症を起こすもの。それが回復すると少し強く蘇る。

 どうも自分のブチブチは速く走ることに支障が出るようだ。

 萩が終わり、夏場の大会どうしようか調べていたら、なんとすでに奥武蔵の申し込みが始まり、あっという間に定員になり締め切っている。にちなんおろちなんかとっくの昔。夜叉が池ももうすぐ締め切り。6月1日ハセツネ開始。

 なんでこんなに申し込みが早いんだろう。そんな先のスケジュール決められない。

 さて。ウルトラの季節真っ最中。

 来週野辺山、24日大阪。6月にはいると阿蘇、あきるのジャパンカップ、岩手銀河、大阪湾、隠岐ウル、にちなん、サロマ。本州縦断青森ー下関も来週スタート。トランスヨーロッパはほぼ1ヶ月経過。

 みんなようやるよ。

 

2009年5月10日 (日)

40キロ&59.7キロ

 有志で浦東空港まで走った。いつもの北ルートではなく、農村中心の南ルート。未開拓なので地図を見ながらゆく。

 浦東のメンバーとこの企画をし、行きそうな人の声を掛け、最大参加者6人になった。まあ、止める人がでて4人くらいか、と思っていたら全員ちゃんと来た。男性4人、女性2人。

 集合場所は羅山路X錦繍路、時間朝4時45分。もう明るく、西の空には大きな月5月9日は十五夜だ。

予定ルートは、羅山路ー景明路ー三河路ー殷家浜路ー軍民路ー沔(Mian)北路ー沔(Mian)江路ー孫環路ー川周公路ー川六公路ー川南奉公路ー航城路ー倉儲路ー机場大道ー啓航路。地図でプランを作ったとき、計算では北ルートよりも曲がりくねっているから40キロ近くある。

 P10305132 朝の涼しい空気の中張江へ。いきなり工事中。張江でトイレに寄り少し回り道。あとは予定通りひたすら南下する。リニアの線路をくぐり、東に曲がりまっすぐ。

農村真っ只中で、両側は大麦畑。収穫期で、二毛作でしょう、刈り取ったら田植えで。

 早朝で人が少なく走りやすい。沿道の人や、通りがかりの車が怪訝そうに見送り。

P10305122

意外にも沿道に公衆トイレが多い。最近できたもののようだ。同じデザインのが何箇所にあるからこのあたりの役所が建てててるものとみえる。入らなかったが、中は普通の中国式だそうだ。

P10305142 地図をみると沔(Mian)江路をまっすぐ行くとA20を越えるのでそのまま左折。??レンガ工場に入る。

 泥でレンガを作って、人力で女性が運んでいたりする。地面は砂だらけで働いてい人の髪が埃に染まっている。

 こんな身近にこんな前近代的な作業場があったとは。

 結局行き止まりでもどる。工場内に人がいるのに誰も注意してくれなかった。

 戻って長美路から孫環路に入りA20を首尾よく越えてまた一路東へ。この直線が長い。ちょうど川沙鎮の南を通っている。歩道も少しあり走りやすし。

 すでに暑くなってきた。

 この辺にもトイレがあり、店も多い。曲がり角の店でみなさんジュースなど買う。

 GPS持っている人によると30キロ越えた。

P10305162 ずっと南六公路を南下し、航城路に入ると滑走路脇に出た。

頭上を飛行機が降りてゆく。

 人っ子一人いない大通りの真ん中で飛行機を撮影。

 なかなかの景色だ。

 約40キロに5時間かけて到着。農道が多くいいコースだった。暑くてみんなつらそう。女性2人はお元気。

 空港で一休み。先週の萩の影響まだ少しあるみたいだ。足が重い。

 いつも通りリニアで帰りあっけなく7分、駅からKさんと走って帰った。Kさん今日全部で約50キロだそうだ。

 帰って体重計に乗ったら59.7キロ。一時的な減少とはいえ60キロを切ったのは8-9年ぶりだ。ネイチャー、萩と続きかなり脂肪が落ちている。先週はあんなに飲み続けだったのに。

 

 

2009年5月 8日 (金)

萩往還:食事

 まだしつこくこの話題。

 ウルトラの話をすると、大体、いつ寝るの?食べるの?食べてすぐ走って大丈夫?と聞かれる。

 2昼夜も走るとたくさん食べる。食い物の写真だけまとめた。食べるのが楽しみの一つだし。ウルトラ向きかどうかはレース中食べられるかどうか、も大きな要素。

P10304482  まず、20キロ過ぎ、湯の口エイドのおにぎり。毎年地元の方が出している私設エイド。20時30分ごろ通過し、ちょうど腹が減ってきて4つ食べた。小さいのです。

 この辺からちゃんと食べておかないと。

P10304532_2

 58キロ豊田湖のうどんとおにぎり。夜1時過ぎで夜食。

 味が薄くて食べにくい。他の人もおいしくないといっていて残している人もいた。

 普通はこの薄味スープでいいんだろうが、汗をかいて消耗しているからもっと極端に塩気が強い方が食べやすい。

P10304572

80キロ、大坊の味噌汁。3時半ごろ通過。馬鹿でかい鍋で作っており、聞いたら200人分一度にできるそうだ。お祭りなんかで使うらしい。走っていたら民家の軒先にこの鍋が置いてあった。

 これは味が強くておいしかった。

P10304592 86キロ海湧食堂のお粥。明け方たどり着く人が多い。お粥とご飯があり、みんなお粥を頼んでいる。ビール飲んでいる人も数人。

 こちらも味噌汁、おかずの味が薄い。塩をかけて食べている人もいる。

 来年参加したらふりかけ持ってゆこうか。

P10304662 カレー第一弾。107キロ川尻岬沖田食堂。2日目午前中到着。

 カレーくらいくどい味の方が食べやすい。皆さんもおにぎりやうどんよりもカレーのほう受け付けるという。ここではカレーとうどんが選べるが、みんなカレー。

 またまた中生とか飲んでいる人いる。

このあと124キロ千畳敷でソフトクリーム。130キロの旧西坂本でカップラーメン。昼ごはん。

P10304792 カレー2発目。静ヶ浦キャンプ場148キロ。2日目午後到着。腹減った。ここもうどんとカレーが頼めるが、食べている間訪れた5-6人のうち1人だけうどんだった。

 空腹なので数口で食べてしまったら、向かいの人に驚かれたり、うらやましがられたりした。

 とにかく胃腸が強くていつでも食欲があり。今回も出るものは拒まず。全部食べた。

この後174キロ、宗頭でおにぎりと味噌汁が出る。写真撮るの忘れた。宗頭ともなるとかなりの人がビール飲んでいる(そして寝る)。

P10304862 時は移り、3日目未明4時。207キロ、虎ヶ崎の最後のカレー。

 このカレーが一番辛くてうまい。毎年そうだ。喫茶店なんかでよく出すルーを使っている。

 宗頭から7時間くらい食べてなかったのでひどく腹が減っていた。

 P10304942

226キロ、明木市エイドのおにぎりとまんじゅうの山♪♪。

 食べ放題で、もうこの時点では歩き通しだからゆっくりしてこう、と座り込んでおにぎり3つ、まんじゅう3つ食べる。

 140キロ、70キロ、35キロのランナーがいてにぎわっていてどんどん消費していた。

P10304982 最後は235キロ、佐々並の豆腐。毎度ながらおいしい豆腐だ。お代わりも可。

 3日目の真昼間で暑く、塩が欲しかったから醤油をもらって飲んだ。

 これで出てきたものは完食。うどんなんかは塩分補給に汁も全部の飲み。

 今年はさほど暑くなかったので水分補給が少なく胃が荒れなかった。

 とりあえずゴールした夜は普通に食べるが、2日過ぎくらいから猛烈に食欲が湧いてくる。

2009年5月 7日 (木)

萩往還250キロ:レース後&感想

 上海暑い。今日はもう30度だ。

終わってすぐSさんと会いレース回顧。荷物取り着替えていたら本降りになってきた。着替え所に人がほとんどいない。今年はよほどみんな早かったんだ。

県庁前からバスで新山口駅へ。なんとか普通に歩ける。ホテルに転がり込み荷物片付けて風呂に。案外眠くないし疲労感も思ったよりも小さい。やっぱり歩いてばかりだったからだろう。普通にビール飲んで7時のニュースとか見られた。本当に疲れているとテレビなど頭に入らない。写真整理などして21時前に寝る。

 2晩徹夜しているのに翌朝ちゃんと5時に目が醒める。7時10分の新幹線で博多。10時のMUで上海へ。がらがらだ。飛行機でも寝ず。新聞など読む。なんで眠くないんだろう。日本人はみんなマスクしていた。定時に着いて12時前に帰宅。

(感想)

・年々盛んになり、ランナーが増えている。今年から運営体制が変わり地図がきれいになったりスマートになってきた。長時間のエイドはいつもながら感謝のみ。毎年参加していて、故障などの理由でスタッフに回っているひとも何人かいらっしゃった。ただ、後半のエイドの食べ物が去年よりも少なかった。まあ、必要ならコンビニで買いましょう、ということなのだろう。

・ネイチャーの疲労だったのか?それとも他の理由か。頭から全然走れず。走ろうとすると足の筋肉痛がひどくて足が上がらなくなってしまった。当初は去年、一昨年と同様宗頭はじめ休憩を少なくして一気に走りきる作戦だった。早くゴールできると眠気も弱い。ところが、とてもそんなことできず、休み休みになってしまった。完走した250キロでのワーストタイムだ。

・全体としてみなさん去年よりもとても速かった。序盤で会ったネイチャーと連投の人たち、みんな元気で自信喪失。それもあり、走っている時はもう二度とやらない、と決め付けていたが、終わるともっと経験をつまないといけない、と考えが変わり。時間が許せば来年もやるだろう。

・萩にように制限時間が長いと諦めなければ歩いてもなんとかなることを実感した。平凡なランナーには絶対にリタイヤしない、という気持ちの強さが一番必要。

・収穫だったのが足裏痛がひどくならなかったこと。大きめの靴を履いたせいか。それとも歩いてばかりだったせいか。いつも終盤足筋肉痛よりも悩まされる足裏痛を抑えるヒントがわかった。

 

2009年5月 6日 (水)

萩往還250キロ:ゴール

 痛みは我慢できるが、足が動かないのはどうしようもない。といっても、足指は一番痛くない走り方で何とかしのぐが、だんだん足全体に筋肉痛が広がり、吐き気を催すほどの全身を覆う不快感に覆われてしまう。

 宗頭文化センターは第2荷物預け所であり、休憩、仮眠所でもあり。トップクラスのランナー以外は2晩徹夜するからここで寝たりする。寝るかどうか、が大きな作戦の分かれ目。

 もともとの予定では、去年同様ここに明るいうちについて寝ずに先へ行く作戦。それが、全く崩れて、眠さもどうしようもない。着く前から寝よう、と決めていた。

 風呂に入り、おにぎりをいただく。向かいの店で買ったコーラを飲む。前でKさんたちがビールを飲んでいる。その先でネイチャーにもいたKさんが地酒をあおっている。みんな余裕の元気さだ。

 2階の休憩所に行くと意外と空いている。今年みんな調子がよさそうなのでさっさとでているみたいだ。20時半に横になる。いつもながら体が興奮して寝付けない。1時間ほどうとうと。休んだら体が固まって動けず。しばらくじっとして着替え、出たくないがいやいや22時前に出発。

それまで大きいウエストポーチをつけて走ってきたが、邪魔だし寒くないからゴアテックスのみ着て必要なものはゴアのポケットに入れて走ることとした。暑くなってきたらゴアを腰に結ぶ。軽量で走りやすかった。ポーチは宗頭の預ける荷物に押し込み。

P10304822  一人旅。道はわかるから問題ないが、やっぱり眠い。

 幸い、走り始めたら少し回復を感じてCP6藤井商店まですぐたどり着いた。22時20分。ランナーが4人。ここからの上り、先行したがすぐ抜かれた。やはり足は動かない。

 去年はまだ薄明るく、景色を楽しみながら上ったものだが。

 細い道を登りきると国道191号に戻る。

 鎖峠からの長い下り。自販機が増えた。前はずっと先に一つだったのが3つある。ジュース飲んで一休み。

P10304832  分岐から下りてCP8三見駅187.6キロ着。

 と書くと順当なようだが、休めた足がまた元に戻って下りをぼちぼち走るだけ鎖峠から三見駅までの下り6キロに1時間20分かかった。すでに0時過ぎ。

 人気なく、ランナーがチェックして通るだけ。

 走れないから休まず歩いて先へ先へ。初参加のランナーが迷っていたから抜かして先行する。この辺少し平らだし、真っ暗山中で気持ち悪いから無理やり走る。

P10304842 踏み切り越えて、また越えて、海沿いに出て。また踏み切り。

 玉江の町が見えたころまた眠くなってきた。

 玉江駅のエイド194.3キロ。三見からここまで1時間半かかった。ひどいもんだ。

 着いたら簡単な飲み物と夏みかんがあるくらい。外でジュース買う。

 隅に毛布が敷いてある。眠くてたまらないから横に。が、コンクリートの直敷きなんで寒い。とても寝られず断念。でも一度横たわった体が動きたくない、と言い出ししばらく座り込む。30分いた。

 ここからゴールまでの55キロを14時間かけて歩いた。とにかく休んでばかり。萩城脇を通り、雁島橋途中のトイレで座ったり。萩市内も全部歩く。

笠山に入り手前で左折するところ直進してゆくランナーがいる。「おおい。違うよ」と声をかける。福岡のSさんという人でこのあと度々一緒してもらった。初参加と。この世界ではまだ若い30台前半の方。

P10304852

明神池から歩いてのぼり。第9CP虎ヶ崎207.1キロが遠い。

着いたらもう4時だ。3回目のカレーを食べて奥で横になった。寝ないともうあるくこともままならない。

 5時過ぎまで、今度は熟睡。一緒に横たわったSさんはまだ寝ている。

 1人スタート。山道で足が痛い。舗装路に入ったところに立派なトイレが。食欲だけは失せないから食べ続けで腹が張ってきた。ベストタイミングで入り、ああ、すっきり。

 トイレからでたらFさんが来て同行。したかったが、こちらは走れないので先に行ってもらった。

 ぶらぶら歩き。擦れ違ったOさんに、「なんやらしくないばてようやなー」といわれた。ほんと、自分でも情けない。

P10304872 虎ヶ崎から明るい。みんな東光寺を目指して走っている。こちらは足が全く動かず。ひたすらすり足歩き。

 最終CP東光寺214.6キロに6時52分着。あと35キロで11時間ある。ああ。なんとか完踏はできそうだ。でも、あと何時間も歩きたくない。

 みんなまたまた軽快に出発するのを見ながらよたよた。

 Sさんとまた一緒になる。夜が明けて、歩く一方だから町の様子など見物がてら。

P10304882

どんなに遅くても歩いていると進むもんだ。なんとなく山にまた入り涙松。料金所エイドにたどりついた。

 飲み物と梅干、オレンジくらいの簡単なエイド。腹が減ってきた。次の明木のおにぎりを楽しみにして進むことにした。

 やっぱり道連れがいるときがまぎれていい。Sさんもしんどそうでペースが同じくらい。

 ここで気休めでも、と思い鎮痛剤と眠気止めのカフェインを飲んだ。したら、なんとすごい効き目。10分もしたら痛みが去って走れる。薬は怖い。

P10304922 往還道です。220キロ以上走って最後に山の中を通過させる本当に憎らしいコース設定。ここいらはよほど元気な人でも走らない。

 走っているのは140キロ、70キロなどの選手だ。

 擦れ違いざまに声を掛けながらゆく。おはよう、お疲れ様、がんばって、などなど。声を出すと眠気が醒める。

 一山越えて明木市エイド226キロでおにぎり。ここでは毎年お祭りをやっている。今年は9時半過ぎだったから140キロ、70キロ、35キロのランナーが多数。100マイルのKさんにも会った。

 と、前から320キロ挑戦中のIさんが走ってきた。

P10304962 延々3キロ続く一升谷の長い上り。杖をつきながら上るSさん。こういうのではなく、ハイキングで一度来てみたいところだ。

 今年は最後まで涼しかった。25度もいってない。

一升谷越えて100マイルの長老Oさんと出会う。Oさん意外にも初参加。前後人がいないから不安だった、といって同行。

 最後の佐々並エイド235.7キロ。名物豆腐。11時40分。あと15キロで6時間半。ゆっくりいこう。ゆっくりしかいけない。去年は猛烈にここから飛ばしたが。

 また山に入り、国道に。道があっているか?眠くて頭がぼけているから何人かで相談してゆく。

 佐々並からゴールまで店はおろか自販機もない。昼になり猛烈にのどが渇くが水をもっておらず。なんとなく1人になり、ふと振り返ると、後ろのみんなは民家のヨモギ餅サービスを受けている。いいなーと思うが後戻りするのも億劫で先に。

 それに。鎮痛剤が切れてきた。。飲むか?水ないし。あと少し?飲めばよかった。

 板道峠から一気に6キロ下ってゴール。みんな最後の力で走るが、こちらは指が痛くて恐る恐る歩を進める。それにしても最後の石畳はほんと意地悪だ。

 終いだけ少し走る。ダムを下りたらポツポツ雨が降り出した。

P10304992  感動よりも、とにかく終わった、ほっとしてゴール。44時間51分。萩ワーストタイムだ。

 先にゴールしていたSさんと健闘を讃えあう。

萩往還250キロ:宗頭まで

 今朝少し走る。??普通に走れた。萩は歩いてばかりだったから足を使ってなかったようだ。これだったらもっと走れたんじゃあない。がっかり。

 ネイチャーから2週間で大丈夫?と萩に行く前何人かに言われたけれど、参加してみたら連投の人がざっとみて20人くらいいた。例年2つ出る人も何人かいる。それどころか、250キロ+70キロ=320キロを申し込んでいる人も。

 どういうことかというと、2日18時に250キロがスタートして、4日朝6時に70キロがスタート。計算では250キロを36時間以内で走れば70キロのスタートに間に合う。毎年これにチャレンジする人がいるが、今年も10人くらい。ネイチャー組がほとんど。そのうち1人は、5月4日ここが終わったら長崎へ行き、5月5日橘湾岸の50キロ走るそうだ。 

 他に聞いた話では、福岡から来た女性が終わったら走って博多まで帰ると。200キロくらい?知り合いが車で伴走するとか(車があるなら普通乗って帰るでしょ)。

 やらない人から見ると奇人変人大会(古いか)、カルト集団に映ろう。

さて。海湧食堂からの続き。ここの裏の中学校が一つ目の荷物預け所。まだ早いし、今年も天気がよさそうだから預けず。

 食堂でお粥を食べる。Oさんとしんどい、と愚痴をこぼしあう。10分ほどで出発

P10304612 出てすぐまたお決まりの上り坂。もう走る気がしない。歩く。寒い、とまで冷え込まず。朝の冷たい空気が気持ちいい。

これなんでしょう?92キロ地点の「楊貴妃の墓」です。地元の伝説で、楊貴妃は馬塊坡で死なず、日本に落ち延びてここで亡くなったと。このあたりは対馬の対岸で朝鮮半島に近い。

 毎年通り過ぎて、何があるんだろう、とみんな話してきた。今年はもうタイムなどどうでもよくなったので坂を登って見物。コースから50mくらい。すぐです。

ずっといって農協の分岐。大浦漁港に下りてゆく。前からどんどん人が来る。皆さん好調そうだ。今回天気が良く、寒くも暑くもないので好記録が続出しそうだ(自分以外)。

 漁港を回って俵島のCPに。分岐で迷ったが、半時計回りコースにフラッと入る。正規だと直進だが、こっちの方がアップダウンが激しいものの近い。ずっと歩いてゆく。

P10304622 第2CP俵島98.8キロ着。12時間40分経過。去年は12時間5分くらい。

 写真の奥の海に浮かぶ小さな島が俵島。遠くからだとわからないが、六角形、四角形の柱状の石が積み重なるようにして島ができているらしい。岩の形が俵みたい、と。

 今回よく自分の写真を撮ってもらった。それだけゆっくりしていた、ということ。

 土地のおばさんが軽トラ荷台のタンクから水をくれる。写真係の女性と2人だけのCP。

 ところで、走る前に心配だった左足指の腫れ&傷。ガーゼの上にぐるぐるテープを巻いて、大きめの靴を履いて対策。左足を下ろすたびびりびりするが、舗装路だとなんとかごまかして走る。下りはつま先に体重がかかり痛いから、なるべくかかとで着地する感じで。でも、こういう不自然な走りはよくないはず。

P10304652  また上り下り、農協へ。左折して川尻岬へ向かう。平らなところがほとんどなくて歩くばかり。

 突如右足かかと、アキレス腱あたりが痛くなった。鈍い痛み。どうした?収まるかと思ったらじわじわ広がってゆく。いままでない場所と痛さ。

 CP3川尻岬107.2km着。14時間5分。ここでカレーが出る。道中3回のカレーの最初。

腹減った。一気に食べる。去年は暑くてアイスクリームを食べたが、今年はそれほどでもない。

 のぼりは歩くのもいやになってきた。川尻岬を出て川尻漁港へと向かう下り坂、つま先が痛いから恐る恐る下りていると何人にも抜かれた。 

P10304672

毎度おなじみの棚田。去年はこの時期もう田植えしていたようだが?今年はまだ除草もされていない。天候の関係だろうか。

 上海のランナーズのSMSを送る。なんてことしながらどんどん時間が経つ。

 スピードを落としているからいままで気がつかなったものが見えた。

 旧休憩地のシーブリーズを過ぎてすぐに展望台みたいなのがあり、立派なトイレが目に付いた。食べ続けでそろそろ出しておこう、とトイレに。大きくてきれい。すっきりした。

 P10304692 左へ折れて立石観音方面へ。         

行き先に見える立石観音の岩。更に先にはこれから上る千畳敷がみえる。

 CP4立石観音117.1キロ着。15時間50分経過。

 エイドはないが店があり、軒先に氷を入れたバケツを置いて水やジュースを冷やしてある。おじいさんがガムをくれた。

 足が痛いから靴を脱いで座っているとOさんが来た。Kさんもきた。Oさん、CPがわからず観音岩まで登ってしまったと。

 後から来た人が先に行ってしまう。仕方なく出てここから7キロ、ひたすら上る。すぐに毎年この辺にいるカメラマンに会った。

                                                             P10304732 いつまでも続く急勾配。眠くなってきた。全く意欲減退。

 ふと、リタイヤすることを考えてみる。いままでひどい怪我以外でリタイヤしたことがない。気力が失せて止める人の気持ちがわかった。

 まだリタイヤする勇気はない。それにこの大会は山の中ばかりだからリタイヤも容易ではない。

 CP5千畳敷124.7キロ着。17時間25分。ちょうど半分だ。最後の坂がきつい。

Oさん、Kさんもきてアイスクリームを食べる。ここは展望地で、好天の5月3日。弁当を持ってきて座っている人が多い。

P10304742  右足のズキズキは本格的な痛みになり、左足指は少し触るだけで痛い。

 急な下りをかかと着地で下りる。去年までは折りきった西坂本がエイドだったが、今年は1.5キロ先。遠い。

 エイドの中学生にとってもらった一枚。余裕を見せているが内心はもう風前の灯火状態。

 カップめんをもらい食べる。奥の座敷に上がりこんで足の修理。右足かかとはみたら靴擦れだった。大きめの靴を履いているからだ。腫れているところにテープを巻く。左足指はガーゼを取替え、テープを更に厚く重ねる。

 20分も長居して出る。休みすぎて足が重い。それでもこの先平らだから一生懸命走る。長門市内を通り抜け仙崎へ。買物をしたかったらコース上長門が唯一だが、何もいらないので素通り。

P10304752 仙崎公園(往路)142.6キロ着。20時間25分経過。去年より2時間遅れ。ならそう悪くもないが、とにかくもう走れない。それでもあと残り107キロで時間は27時間半残っている。時速4キロでちょうどいいから諦めなければ時間内完踏は間違いない。諦めなければ、だが。。

 青海島に突入、いきなり意地悪な坂に立ちはだかれ、一気に意欲が萎えた。

 ぼちぼちいくと帰ってくる人に次々あう。ネイチャー連投の人もおり、みなさん強い。

P10304782 途中の静ヶ浦キャンプ場でカレー②を食べる。向かいの人が食べながらいきなり、「最悪」とつぶやく「どうしたんですか?」「カレーまで食べられんくなった」。

 疲労がたまると胃腸がやられて食べられない人が多い。

 自分はまだ大丈夫。一気に食べて水をがぶ飲み。歩いて出発。

P10304802 2山越えて鯨墓へ向かう。車がびゅんびゅん。危なくて、勾配もきついしコースで一番嫌いな場所だ。

 この町はかつて地元漁法で鯨猟をしていたのでこんな名前がある。

 CP6鯨墓153.1キロ。22時間10分経過。Uターンして戻り。静ヶ浦の前あたりが平らな以外全部坂道。誰もかれもしんどそう。

P10304812

 仙崎公園(復路)。青海島に行った人たちのリュックがずらりと並んでいる。50人くらいか。

 順位を聞いたらまだ100番くらい。走れないのだから長居は無用、と出発。

 眠い。道が単調。体のあちこちが痛い。希望は宗頭で休憩することだけ。

 三隅駅を通り、市役所支所を過ぎ、町を出てからが長い。湯免温泉を抜けると田園地帯。もうすぐか、そろそろか、走り出すが着かずにまた歩き。

 へとへとで宗頭文化センター175.2キロ着。25時間40分経過。もうここで止めたい。

2009年5月 5日 (火)

萩往還250キロ:海湧まで

 ウルトラ始めて人生変わった、とまではいかないが、やらなかったら休みのすごし方はずいぶん違ったろう。

 GWのコア時間を費やして250キロ参加者エントリー366人。140キロ445人。70キロ321 人。35キロ全部で857人。

 この世界狭いから、スタート待ちする中は見たことある顔ばかり。ウルトラのサークルが最近増えていてあちこち集まって記念撮影。顔見知り数人と近況を話す。

P10304432 5月2日18時10分ごろの組でスタート。好天でまだ明るい。ここ数年雨にたたられていない。

 はじめ山口市内を行く。こじんまりしたJR駅で、山口市は日本の県庁所在都市で人口が一番少ないそうだ。

 すぐに街を抜けて樽野川沿いの自転車道を走る。

 スタートして1キロで、不調に気がついた。休養して29日から走っておらず、久々走ったら足の筋肉が突っ張る。

 疲労?ネイチャー走ったとはいえ2週間経っているから回復しているはず。長く休むと最初足が重たく、数キロすると調子が出てくる。どうもそんな感じでもなさそう。まあ、あまり考えてもしょうがないからしばらく様子見として走る。

P10304472_2 足が重いがペースはいつも通り。他のランナーも250キロと思えないスピードで飛ばす。

 暗くなって最初のエイド上郷駅13.2キロ着。1時間22経過。去年一昨年とほぼ同じ。

 この時点で今日の足はだめだ、と自覚する。

 今年からエコこのために携帯用マグカップを配ってくれてエイドでそれを使う。が、自分のは止めているビスが緩くてバッグにつけて1分で取れてしまった。

P10304492上郷駅から山に中の自転車道に入り上り下りを繰り返す。まっくらだからひたすら前を見て先を行くのみ。

このあたりエイドが多くて、19.8キロの二本木峠、 21.8キロの湯の口(上の写真)、と私設エイドが毎年ある。湯の口におにぎりがあり20時過ぎでちょうど腹が減ってきて3つ食べる。

 またサイクリングロード。今度は田んぼの中に入り27.8キロ下郷駐輪場エイド(上の写真)3時間8分。

 もう疲れてきた。いつもこれくらいで足が重くなってきて、先が長いのに大丈夫か?と不安になる。通常はこれからそれほど疲れが蓄積しないのが、今日はどうも様子が違う。じりじり足の筋肉が固まっていくのを感じる。

P10304512

この辺は平坦で、周囲はコース名物蛙の大合唱に囲まれる。下郷の後すぐに高架下のエイドがあり、農村地帯を過ぎ、人気がない山中の自動車道を走る。

 走る前は去年の記録を意識したが、この時点でもう諦めた。

 西村エイド44キロ。ガソリンスタンドを利用していて、隣がコンビニ。しばらく山登りでエイドがないからみんなコンビニへ。

5時間8分経過。去年よりむしろ速い。あせってスピードを出してしまっている。

西村から細い山道に入りひたすら上る。舗装路だがとても走れない勾配を延々と行き、下りもきつい。

P10304522 なんとか山を越えて里に降り、大通りを過ぎて豊田湖へ。58.7キロ最初のチェックポイント着。7時間8分。去年より20分遅れ。

 ぐるっと見るが知っている顔がない。

 ここでうどんとおにぎりがでる。腹が減ってぱくっと食べる。普通のうどんだが、ランナー向きにもう少し塩を効かせた方が食べやすい。

 しばらく前から気がついていたが、今年は例年以上にみんなのペースが早い。この時点で100番くらい。

 エイドを出るとまたのぼり。普段は上り坂が得意で、長丁場でもばてないのが、今回すぐにへばった。これが不調と判断した理由の一つ。

 人気ない山を黙々とヘッドランプの集団が走る。途中擦れ違う車は人がいることなど考えていないから慌てて避けたりする。警察からの注文で全員に点滅灯を配っていて後ろから見ると工事現場みたいな赤いチカチカがのろのろ移動しているのだけが見える。

 夜の山の中。特筆すべきことはない。俵山温泉エイドをさっと過ぎて、砂利ヶ峠から一気に下る。下りが太腿にこたえてゆっくりと。何人にも抜かれた。

P10304562 長い長い下りでみなさんぼろぼろになって新大坊エイド着、79.9キロ。これも今年初めて設置された場所。運動場みたいなところにテントある。もう10時間経った。

 こんな夜中の4時にボランティアの方々大変だ。豚汁などを食べる。

 そういえば、足はだめだが今年はまだ眠くない。エイドで座って腹に物を入れても眠気を催さない。

 100マイルのOさんにここであった。約1年ぶり。最近100マイルに参加していない。

 しばらくOさんと走り、関西のウルトラの最近の話などを聞く。聞けば聞くほどとんでもない人がいるものだと思う。自分はとてもそこまでは。

 夜が明けてきた。油谷に入る。この辺もなんだかんだと上り下り。本当に平らなところのないコースだ。初参加のOさんが、「村岡の250キロ版ですな」とこぼしていた。

P10304582 Oさんと海湧食堂86.7キロ着11時間5分。。ネイチャー説明会で隣だった100マイルの強豪Yさんがいる。あれっ、と思ったがこの後ガンガン引き離された。

 振り返るとこの時点で去年よりも20分遅れくらいだからタイムをみるとそれほどひどいもんでもない。

 しかし、去年はこの辺からむしろ調子が出た。ペースがつかめてきた。今年はどんどんしんどくなってきて落ち込むばかり。

1/3経過した。

 

  

 

  

萩往還250キロ:スタート

 ひどい目にあった。

 一夜明けても、「もうこんなの二度としない」と心の中で反芻している(明日になると変わるかもしれないが)。いままで走った全ての大会の中で一番つらいレースになってしまった。

 ゴールが去年の萩より6時間近く遅い。2週間前のネイチャーとコース難易度が全然違うが同じ距離で10時間以上余分にかかった。

 よくレース後の感想で、「終盤歩き通しでしたよ」という常套句があるが、今回玉江から以降、最後の55キロに13時間かかっている。ずっとあるいたスピードだ。

 原因はもちろん走れなかったこと、ネイチャーのダメージが残っていたことだが、それでゲームプランが全く崩れてしまい、立て直せなかったことが一番。萩6回目の参加だが、終盤は初参加のような手探り道中になってしまった。

 とりあえず振り返ると。

 前日は新山口駅前に泊まる。23時半に寝て8時半に起きた。2晩徹夜だから寝ておかないと。駅前からバスで県庁前へ。こっちの方がJRよりも歩く距離が全然短い。

P10304322  

会場。受付、説明会、スタート、ゴールは山口県庁近くで。受付、スタート/ゴールは瑠璃光寺。去年と受付場所が変わった。といって100mくらいずれただけ。

 萩のソックスを買おうと思ったが今年もSしかなかった。去年もそうだった。

P10304342 山口は西の小京都を名乗っている。室町ー戦国時代京都が戦乱で荒廃していたころ大内氏が文化人などを庇護し、ここに文化が開いた、というような話だったと思う。

 広さは違うが京都と同じくここも山に囲まれている。

 周りの山々。こんなにこんもりと温帯林が木が生い茂る風景を中国で見たことがない。

P10304352

 国宝五重塔。日本で三本の指に入る五重塔の傑作だそうだ。

 この塔は優美なデザインと評されている。何回見ても感心するものだ。でも無料で参観できる。中国だと50元は取りそうだ。

 連休で見物の人が多い。ランナーが境内にたくさん。

 荷物置き場が1箇所増えた。民家が開放されている。そちらへ。12時でまだ人おらず。

 食事して15時の説明会。今年から主催者が変わり、印刷物(特に地図)がきれいになった。

 コースとしては、豊田湖がCPになったこと、大坊ダムエイドが新大坊に変更になったこと、笠山CPがなくなったこと、が新たな情報。

 ベテランが多くて質問も少なし。会場でまた少し寝た。

P10304402 使用前の写真。

 18時スタートだが17時ごろからみなさん並び始め、地面に座っている。

 のんびりしていたらウェーブスタートの最後になってしまった。

 知っている人に何人か会う。

 

2009年5月 1日 (金)

萩往還250キロ:準備

 今年も萩に。午後のフライトで福岡に行きます。これで6年続けての参加。過去5回は3勝2敗。最初の2回リタイヤして3回目から完踏。

 萩往還についてはこちら。↓

http://www.hagi-o-kan.com/

 今年で21回目。100キロ以上の大会では歴史、有名度、コースの難しさ(そのかわり制限時間が長い)、屈指の大会です。

 どちらかというとエイドが少なくて自分で荷物を持って走る大会。普通の人は二晩徹夜するから眠気対策が重要なポイント。参加した人みんな、健康によくないよな、といいながら楽しそうにやってる。

 P10304312 なんだか相性がいいみたいで前後がだめでも毎年この大会はまあまあ走れる。景色とか、雰囲気とかそれはもういろんな大会の中でもトップクラス。それに、上り坂が好きなのでこういうコースは大歓迎。

高低図のように平らなところがほとんどなくて上り下りばかり。で、最後の25キロほどが往還道、山道となる。

 山口ー秋吉台ー下関方面ー日本海ー長門ー萩ー山口、というコース。

 スタートが5月2日18時、制限時間5月4日18時までの48時間。

 装備品は、ゴアテックス、ウインドブレーカ、長袖TシャツX2、半袖TシャツX2、靴、靴下X2、ロングタイツ、帽子、手袋、ランプX2、電池、反射たすき、点滅灯、タオル、リュック、ウエストポーチ、携帯、カメラ、お金、地図、絆創膏、テープ、鎮痛剤、胃薬、ワセリン、カフェイン。

 夜寒く、昼猛暑の5月の山口。足がまだ痛いがことしはどうなることか。

2009年4月27日 (月)

体重

 足指の痛みが少し和らいだので早めに出て17キロほど走る。やっぱりあせりすぎ。走り終わってみたらまた腫れている。今週も休養モードにするしかないか。公園でいつも通りTさん、Kさんに会う。軽やかな足取りでうらやましい。

 ネイチャーから1週間経ち、体重が走る前と比べて2キロほど減っている。冬場体重増えるし、ネイチャーに備えて食べてもいたから実質的に1.5キ減。ウルトラは4月から本格的に始まるので、冬場増えた体重が4月から5月まで落ちる。たぶんこれからあと2キロくらい落ちる。そのあと夏場は暑いからキープ。

 250キロでも走った直後は体重が減っていない。からだが浮腫んで水がたまってしまうらしい。自分の場合胃腸が丈夫なので道中食べ続け、飲み続けで補給を途切れさせず、むしろ体重が増えているときすらある。

 これが回復過程で浮腫みが消え、筋肉復元のエネルギーに体脂肪を使い、1週間位すると体重が減っている。その間猛烈に食べる(飲む)が。

 体感的にどこが減ったのか、自分ではわからない。体全体の脂肪が薄く剥ぎ取られているのだろう。だから多少減っても服がゆるくなった、とまではいかない。

2009年4月22日 (水)

さくら道ネイチャー250キロ:レース後&感想

 このマラソンは最後まで面倒見がよく。終わったら荷物と一緒に自衛隊の車で休憩所のホテルまで送ってくれる。ホテルはすぐそば。 

 ホテルの大浴場で着替えて広間で一休み。走り終わった人たち同士ああだこうだ、ビール飲んだり一眠りしたり。大広間に女性も一緒にいます。着替えは風呂でできるし。 

 一休みしたら大会の車で主催者の白鳥町まで運んでくれ、そこで一泊(宿泊料大会費に込み)。あくる日みんなで閉会式&完走証授与(順位表彰なし)。桜の記念植樹。パーティー(飲み会)更に名古屋駅まで送ってくれる。

 われわれは最後の組で30人くらい。なにしろトップは自分より10時間も早くゴールしている。大阪の会社員の方でほぼ同じ年。どうすればそんなに早く走れる。

19時20分ごろバスで出発。みんな文字通り死んだように寝ている。東海北陸道経由で2時間。走ったら22時間かかったんだけど。P10304122

宿は二手に分かれ、我々が白鳥町北部の「奥美濃苑」。B級グルメとしてカレーを売り出しているそうな。

ついたらもう21時半過ぎ。ここから食事。あれ。意外にも11人ほどいて酒飲む人が3人しかいない。

 皆さん飲まないの?自分は1人だけ大瓶2本飲んで、つまみがなくなったのでご飯もつまみに3杯食べた。相変わらず胃腸の実力はあるようだ。もうちょっと飲みたかったが眠いし。

 3人部屋で一緒にゴールした東京のSさん、ちょっと前に入ったHさんとレース回顧。12時前寝る。

でも不思議なもの。いつも起きる5時半にが醒めた。徹夜明けなのに寝れない。

朝食をいただき、一人荷物をまとめて帰る。

P10304152閉会式とパーティーに出たかったな。楽しそう。一応完走できたし。

 宿から歩いて5分ほどのところが長良川鉄道始発の「北濃駅」。

 7時13分に乗る(この次の9時02分だとフライトぎりぎり)。

 ちょうど通学時間で、中学生、高校生、小学生が次々に乗っては降りる。中学生が一番かわいい。

沿線は走ってきた156号線沿いで見覚えある景色が流れてゆく。さほど眠くなく車窓を見ながら美濃太田まで。約2時間。JR高山本線乗り換えて鵜沼。名鉄新鵜沼から名古屋ー神宮前ー中部国際空港。ちゃんと飛んで16時に上海着。今回交通は順調だった。

(感想)

・とにかくこんなに面倒見の良い大会は初めて。サポートが良すぎて申し訳なくなる。途中で止めなくてよかった。岐阜県に対するイメージがぐんとよくなった。

・タイム

関門      目標タイム     結果

106.9キロ   12時間30分   12時間33分

143キロ    18時間30分   18時間35分

172.6キロ   23時間      23時間17分

212キロ    29時間      29時間13分

ゴール     34時間±30分 34時間40分

四苦八苦したがタイムはほぼ想定どおりだった。

・Katellさんと一緒にならなかったら前半143キロまで1時間は早かっただろう。しかし、その分後半もっとばてたかもしれない。真相はどうか?

・ダメージは筋肉痛がほとんどで、関節、じん帯はなんともなかった。左足の親指がすれて大きな水泡ができた。これが痛い。心配した股関節の痛みが出ず。足底筋はいつもながらでどうしようもない。我慢するのみ。

・参加ランナーのレベルが高いからへたばった風な人が大復活したり、地道に追いついてきたり、粘りが肝要とわかった。

・コース的には萩よりもやさしい。アップダウンが少ない。全部ロード。道を間違えることもまずない。難点は交通量の多い国道を走ることで、歩道がないと注意してスピードが落ちるし車を気にしてストレスが発生する。

・この大会に出て閉会式まで参加するとそうとう仲良くなりそうだ。返す返すも途中帰宅が残念。

・参加者の平均年齢40代後半くらい。超ウルトラは中高年が多いからそんなものか、と思っていた。帰りがけに新聞見ていたら同じときに宮古島のアイアンマンレースをやっていた。若い人はこっちに出たりしているのかも。       

 

 

さくら道ネイチャー250キロ:終点=金沢兼六園

P10303922 五箇山へ。199キロ地点から4キロで300m上る。もちろん歩くしかない。遠くに雪山が。今年は雪が少ない、とは常連さんのコメント。

 ずっと前後してフィンランドから来たMさんがいる。Mさんは日本人でフィンランドに37年住んでいるそうだ。開会式のとき選手代表挨拶をされ、冒頭「普段日本語しゃべらないから忘れました」と。

 途中友人の方が応援にみえていて、常滑出身の人のようだ。レース日の新聞に紹介されていたと。Mさんは「新聞に出た以上完走しないと」とがんばってられた。

 他にも自分と同じ豊橋出身のNさん。宮古島のゴール前で会った方。途中で少し話したら先日地元の新聞に大きく取り上げられたそうだ。

 4キロの坂が長い。ずっと歩きで、眠くて途中気絶してしまう。こんなに眠いのは何故?先月のお台場だってここまで眠くなかった。

P10303932 長い急坂を歩いて上りやっと第40エイド着。ここまでゴアテックスを着てきた。10時となり暑い。42エイドに荷物を預けてあるからそこで手放そう、と思っていたら、このエイドのスタッフが、「不要なものは金沢までもって行きますよ」という。渡したらビニール袋にゼッケン番号を書いて保管してくれた。本当に親切な大会だ。

 身軽になり少しやる気が出る。が、トンネル内の地下水ぬかるみでうまく走れず。早々話は簡単ではない。

P10303952 五箇山トンネルは3キロあり、いけどもいけども進まない。加えてここは歩道がしょっちゅうぬかるんでいて滑る。トンネル内は狭いから車が来ると危なく、慎重歩きが多くなってしまう。

 ようやく着いたトンネル向こうの第41エイド。黒い服のランナーがフィンランドのMさん。

 今日も好天だ。ここいらは山の中だからいいが、下に降りたら暑そう。金沢は暑かった。

相変わらず足裏痛く、眠く、力が入らず。でも先が見えてきた第41エイドからゴールまで42キロ。フルマラソンの距離まで来た。

 ふと振り返るとここまでずっと写真を撮ってきた。本当に体が溶解するほど疲労して、頭が沸騰しているときは写真を写すことさえ億劫になる。そう思うとまだ余裕があるのかもしれない、などと考えたりもした。

エイドから一気に下る。ふとももパンパンやめておけ、と思いながら一気に駆け下りた。

P10303962 止めておけばよかった。このダメージがずっと残る。

 下りきると第42エイド=最後の第4チェックポイント212キロ。関門が30時間30分で、ここに29時間15分でついた。あと38キロ約7時間ある。もう大丈夫だろう。

 ちょうどお昼で食事が充実したエイド。あるもの食べまくる。たこやき、フルーツ、フランクフルト、奥のほうから飛騨牛の焼肉。

ふとみるとエイドの真ん中にビールの缶が。それもキリン、サッポロ、アサヒ、サントリーと全部ある。自分はレース中は飲まないので見るだけだが、他の人は飲みたそう。焼肉食べないんですか?と聞くと、食べたら飲みたくなるから、という人もいた。

P10303992

長居して出発。疲労がひどくなり速度が鈍くなるばかりだが、幸いしばらく平らな道が続く。平地がいい。足に負担がない。

 単調な道をエイドだけを楽しみに進む。途中何箇所か曲がるが誘導がいいから迷うことはない。

 P10304022

平坦な市街地は特に記憶に残るもののなし。お祭りをやっていてはっぴ着ている人が目に付く。

 南栃市の福光を過ぎてまた山に入る。100mくらいの上りがもうしんどい。

 ようやくついた第45エイド。228.6キロ。地元の若い人たちが元気に迎えてくれる。食べ物、'飲み物、たくさんメニューに書いてある。

 あと20キロ。休憩を少なくして走り抜けることとする。

途中から到着順位をみると大体60位前後。93人出て10数人リタイヤしているから最後の方だ。長い間ご苦労様。

P10304042 石川県にはいる。残り18キロ地点。このあたりで道路工事していて走りにくい。

  日差しは強いが冷たい風があるので気温の割りに暑さを感じなかった。

P10304062 また小さな山を越えて後はずっと下る。下りでももう走れず歩きが多くなってきた。

工事地点にもこんな看板がある。が、「桜の道」ではなくて「さくら道」なんだが。

 富山、石川は岐阜と違いレースが知られてないようで応援する人もいない。

P10304082 スピードが鈍っていけどもいけどもエイドが出ず。全コースで初めて自販機でジュースを買って飲んだ。歩きながら飲んでいたら第47エイドに。

 あと10キロ。お年寄りが多く、挨拶してさっと飲んですぐ出る。

P10304092 最後のエイド。あと7.2キロだ。

 一気に駆け抜けよう、と走り始める。なんだか走れる。歩いているランナーを1人抜かしたりして痛さをこらえ走る。

 ところがなかなか着かない。もうとっくに7キロ走ったはずなのに全然気配がない。終わったあと他のランナーも、最後7キロ以上あるよなー、といっていた。

 ゴール兼六園手前でSさんと一緒になる。

P10304102 最後、信号を渡り、細い観光道路を登る。皆さん拍手で迎えてくれるがほっとして歩き出す。なんとも感動を呼ばないランナーだ。

 最後だけ歩いてゴールイン。

 ゴールしたら感動で泣きたくなるか、とレース前は思ったがいろいろあって淡々と入った。

P10304112

 兼六園の佐藤桜にタッチしたらゴール。こちらです。34時間40分。

サポートのみなさんお疲れ様でした。

Katellさんはどうしてるだろう。

 

 

2009年4月21日 (火)

さくら道ネイチャー250キロ:一人旅

  P10303762 Katellさんと別れてここからは一人。夜中1時を過ぎ、寒く、暗く、ランナーもおらず。このとき何を考えていたのか?思い出せない。

 とにかく、走れば走るほどリタイヤしたくなってきた、つらいし、眠いし、先は長く。それどころか、こういう長いマラソンはこれが最後、2度としない、と念じはじめる。

 エイドにつくとぼんやりたたずむ時間が長くなりはかどらない。

P10303782 下りなのに時速8キロくらいしか出ない。歩くし、エイドで休むし。

 左足親指が猛烈に痛くなってきた。つめがはがれたと思っていたが、屈した脱いだら指全体が腫れている。

 とにかく持病の足裏痛がどうしようもない。荘川桜で仕方なく鎮痛剤を飲んで少し収まったがぶりかえし。31エイドでマッサージの方がいたので、足の裏をやってもらった。いい感じ。少し元気に。

徹夜レースは1時ー5時あたりが一番つらい。真っ暗闇で目標を失いがち。そんなとき回収車が来るとふらっと乗ってリタイヤしたくなる。眠いからよろよろしていると、通りがかりの大会の車が心配して寄ってきてくれる。

P10303792 もうやめだやめだ、こんなのやってられるか。という声と、ここまできて、100キロ切り、我慢すれば必ずゴールできるぞ。という声と。頭の中でいったりきたり。

 そうこうしながら第3チェックポイント白川郷着。合掌造の街です。夜が明けた。172.6キロ。関門1時間15分前。

 荘川桜からここまでの30キロ4時間以上かかっている。

 時間的に厳しいが思い切って休むことにした。トイレ、食事、マッサージ。30分滞在した。

P10303802_2 復活した、元気になったといいたいところだが、そこまでいかず。緊急の痛みがなくなり仕方なく走り出す。

 あと78キロ。遠いな。12時間以内。なんとかなるか。。。

 ここは岐阜、富山県境で遠くに雪山が見える地帯。夜が明けてもさむい。

 夜半からウインドブレーカ2枚着て走ってきた。

P10303822 岐阜を抜けて富山県にはいる。相変わらずしんどくて休み休み。リタイヤしたい、と念じつつ進む。

 明るくなりランナーがちらほら見える。このあたりで会った人たちとゴールまで抜きつ抜かれつだった。

P10303832_2 太陽が出た。徹夜ランは強い方で、普通日が出ると体が目覚めて眠くなくなる。徹夜明けでもそうだ。

だが、今回全然眠気が去らず。もうろうとしてきた。

 第36エイド183.7キロ。エイドでコーヒーでも飲もうか、と思うが、ここまで冷たいものの飲み続けで胃が弱ってきてるからそれもせず。このあたりひたすらお湯を飲んでいた。

P10303862 岐阜だけでなく富山にも合掌造りの家多いんだ。知らなかった。山間にあること、広く分布していること。福建の土楼とよく似た文化だ。

 日曜朝で観光客が少しいる。まだ8時だが。

 これはいい眺め。

P10303872_2 相変わらず先を考え始めるとリタイヤしたくなる。足の痛みが増すばかり。

 ただ、朝になりまた食欲が出てきた。この第38エイドでカレーがあった。今回カレー初めてみた。においに釣られて注文。おいしい。ウルトラにはカレーが合う。

 他のランナーさん食べられない人も多く、これだけ食べられるからやっぱり大丈夫かな。と、すこし自信。

P10303902 終盤の難関。五箇山手前の第39エイド。198.1キロ。こちらにはそばがあった。もちろんお願いする。甘めの山菜そば。

 あと50キロ。9時間。なんとかなりそうだ。でもこの後が思いのほか難コース。 

さくら道ネイチャー250キロ:荘川桜まで

P10303352 第12エイド60キロ。6時間半経過。道の駅で地元野菜即売中。

 Katellさんはフランス人の女性。50キロ過ぎになんとなく併走し始め、少し英語で話したら「一緒に走ってくれ」という。ちょうどマンネリ化してきたころで、ペースが同じくらいでもあり、いいか、と。結局このあと143キロ地点まで約13時間一緒に走った。彼女は通訳、メッセンジャー、話し相手が欲しかったようだ。

 P10303382

第13エイドで。もう山の中。エイドでこちらを向いているのがKatellさん。背が高くてがっしりした骨格。この人だけ名簿に年齢が表示されていなかった。拒否したんでしょう。フランス人らしい。

 去年のスパルタスロン完走して今大会に参加。モンブラン168キロ、とかアフリカ縦断アドベンチャーゲームとか、そういうのに参加してきた、という話。バイクも、カヌーも、ラフティング、クライミングも何でもやり、仕事もそういうインストラクターみたい。

P10303392

第13エイド。果物に笑顔。ところで調子は?というと、3月の24時間ランに比べれば悪くない。あのとき内臓がくたびれていた。今回走る前3日完全休養で走らず。食事も酒のまず胃腸を休めた。

 数日前からのどが痛くて風邪か?にしては場所が変で?と心配したがここまで痛みがぶり返す様子はない。

 P10303402 とはいえ、毎度のこと30キロも走るとすでに足が疲れてきた。こんなんであと200キロ走れるのだろうか?といつも不安で仕方が無い。こればかりはいつも不思議。100キロ超は足が疲れたり回復したり(気のせいだろうが)、一進一退しながら歩を進めてゆく。

 道は遠く果てしない。岐阜を北上するに従い山また山。コースは長良川と長良川鉄道に沿いながら続く156号線。帰りに長良川鉄道で戻りながら眠い眼をこすって沿線をみると走ってきた光景が眼前に。

 自然一杯のいいところだ。

P10303412

第14エイド。72.1キロ。今回全部のエイドの写真を撮った(つもり)。このあたり、どうしてもKatellさんが写っている。彼女は暑い暑いと水を飲んで被っている。自分は暑いのすきなのでこれくらいちょうどよし(24度くらい)。胃がやられるから飲むほうをセーブし始める。

 8時間経過。まだまだ。このブログも長くなりそう。回顧するだけで疲れる長さだ。まあ夜になると写真も書くこともなくなる。

 P10303452 話したことがあるフランス人女性はフランス語の先生がほとんどで、Katellさんもなんだか先生みたいな厳しい人。というか、ペースを自分で決めてこちらに指示してくる。幸い遅めで、GPSを見ながら何キロ走ったから2分歩こう、というぐあい。飛ばし始めると「Slowly!」としかられる。

 これは何?と聞かれ(お地蔵さん)、一種の仏陀です。と説明したり。

P10303472 川に飛来する鳥のことについて聞かれたり。ほとんど話すのは彼女の方。

 3年前に乳がんで手術して去年から復帰した、というような話もしていた。子供の話とか。

P10303512

山間の道。微妙に傾斜があり、上り坂だと走るか早足で歩くか迷う。こんな風にちゃんと歩道があるところはいいが、無いところが多くてそういうところはむやみに飛ばせず。

疲れた、というよりこれから先が長いから消耗せず体力を温存したい気分(消極的)。

P10303542 第19エイド。高校生(たぶん)が詰めていた。外人さんがきた、あんた英語得意でしょう、はなしなよ。とかやってた。

 写真のようにエイドがあるとつい座ってしまう。この時間的ロスはかなり大きい。といってこれだけの歓待、そっけなく過ぎるのももったいなし。

P10303442

こうみるとどこも同じようね。エイドの様子は。大会のエイドはS,M,Lに分かれていて、Sが飲み物だけ、Mが+果物、ゼリー、ヨーグルトなど。Lは食事提供、となっている。

 こちら第16エイドは郡上八幡の体育指導委員会の方々。Sエイドだけどちゃんと食べるもの並んでます。

P10303572前半の一区切り第21エイド(106.9キロ)=第1チェックポイント。関門14時間。われわれ、Katellさんと2人は12時間半で到着。予定通り。

 ここは主催の白鳥町の美濃白鳥駅前。白鳥踊りの像があり。

 夜6時半となり、ここに防寒用のゴアテックスと手袋を預けてある。取り出して着ると、ゼッケンを必ずみえるところに貼るように、とスタッフの注意。不恰好に縦に貼る。

 P10303612 Katellさんの御家族、友人の応援団が4人詰めていてやいのやいの。彼女は着替えやらなんやらで20分くらいかかり。出発したらもう真っ暗。待っている間に隊長に短信を打つ。

 沿道はさくら道なのでところどころさくらがある。ここいらまでくると山の中とてまだ咲いている。

 P10303632

第23エイド。今回はエイドが多くてスタッフが撮ってくれるから自分の写真が多い。もう標高が高く外は寒い。止まって走り出すと震える。

 日が高いうちはまずまずだったKatellさんのペースが鈍ってきた。口でははっきり言わないが、股関節が痛そう。おなかの調子もすぐれない。走っては止まり、になり始めた。

自分の方は、100キロを過ぎてようやくペースがつかめてきた。こんな距離のレース年何回も走らないから自分にベストの走り方を忘れている。去年の萩の時も100キロ過ぎに調子が出てきた。

 この距離での自分にとってのペースは、8-9キロ/時間で疲れない走り方。それだと苦しくなってもなんとか進む。頭でどうするのか理解していないが、体がそう適応してゆく。

P10303652 と、走りはそうなのだが、疲労感は時間を追うごとに蓄積してゆく。寒いから足が冷えるのが救い。コース最高所の950m付近にさしかかり気温5度。天然のエアーサロンパス。

 自衛隊の車の脇で。まあ、こんなことしてられるくらいだからまだいいか。

P10303672最高地点少し手前ひるがの高原エイド第25番エイドで、距離もちょうど中間点。Katellさん座り込み、また隊長に短信を送る。すぐに返事。

 半分きたところで特に大きな故障がないから安心。

 エイドのおじさん、できあがっているみたいでKatellさんに絡む。「Tortureみたいだ」とのコメント。

 相変わらずおにぎり、味噌汁とバクバク食べる。今回食欲は失せなかった。

P10303692 ピークを越えると下り。時間を稼ぎたかったがKatellさん進めず。夜だし(22時過ぎた)ここで置いてゆくわけにも行かず。

第26エイドでネイチャー参加を勧めてくれたFさんが。リタイヤすると。何も言えず。

 とりあえず次の関門、143キロの荘川桜を目指す。そこでどうするか考えようか。そうKatellさんにいいたかったがずばり言えず。

正直、このペースだと完走難しい。悩む。

P10303702歩き通してやっと到着荘川桜。樹齢400年とかでとても桜の木に見えない。ダムに水没する寺にあったのを峠に移植して見事根付いた、奇跡の桜で、さくら道のシンボル。

 ライトアップされてきれい。ちょうど満開時期。

 ここに第2関門あり。20時間以内。われわれは18時間35分くらいで到着。このタイムならまだいける。が、Katellさんいけるか?

彼女はエイドで荷物を受け取り着替え、自分は座ると足が固まって動けないからその辺を歩き回る。

着替えが終わり、さて出ようか、と声を掛けたら。「I can't start]という。

P10303732 そうですか。とやはり話すことなく。内心少しほっとしながら。

 ではここで、と記念撮影。体格といい、厳しい顔つきといい、エイリアンで有名なシガニ・ーウィーバーみたい。始終真剣な顔つきでこんな風に笑ったのはこのときが初めてだった。

 

さくら道ネイチャー250キロ:スタート

ちょっと眠い。5時前ホテルでて途中の吉野家で牛丼食べる。

P10303002 名古屋城を午前6時スタート。城は開門前なのでランナーと関係者だけが入場する。

 ゴールに搬送する荷物預け、点呼、写真撮影。

 3分おきの時差スタート。自分は2組で6時3分。約15人一緒。

 P10303072

お城脇を通り、門の前に自衛隊の車がずらり。拍手で送ってくれる。

城から出ると見送りの人が。ここはちょうどKKRホテルの向かい。

 気温12-13度。半袖Tシャツで走るのにちょうどいい。

エイドが充実しているから携行品はウエストポーチのみ。中にはカメラ、お金、薬/絆創膏、ヘッドライト、薄いウインドブレーカ。P10303102大体みんな同じようなものでリュックを背負う人は少ない。

 しばらく名古屋ー一宮の市街地をいく。信号待ちで休憩すると朝の空気が冷たくて気持ちいい。

聞いていた通りみんな最初から飛ばす飛ばす。こんなので250キロ持つか?と思うが、なにせこの大会は実力者ばかり。

 大体同じくらいのペースの人をみつけて話しながら走る。

ネイチャーかスパルタを完走した人が多くいろいろ参考になった。

P10303112

 最初のエイド。11.3キロ地点。1時間7分。6分/キロ以上で走っている。100キロマラソンペースだ。

 でも涼しいからペースダウンせずみんなに合わせて黙々と進む。

途中去年スパルタを完走したYさんとしばらく一緒に走る。

走歴3年でスパルタ完走したそうだ。

P10303152 景色は街の中で格別珍しいことはなし。20キロくらいしてとりあえず調子は普通だからマイペースで進む。

 25.9キロ第5エイド。桜色の大会ジャンパーを着た人がどこもたくさんいる。このあたりは日本造園建設業協会さんがサポートしてくれている。

P10303162_2  この先で岐阜県にはいる。愛知、岐阜県境の木曽川。中国標準でみると小川に見える(水量が少ない)。雨が少ないのか。

 9時になり暑くなってきた。20度近い感じだ。

P10303212_2

沿道の女性が一人一人に飴をくばってくれている。袋の中に折鶴が。お守りみたいなのでずっと持って走った。

 主催地ということで岐阜はどこでも沿道で盛んに応援してくれた。特に子供の応援が多くて力になる。

P10303232

 郷土芸能をやっていくれている人たち。だと思うが取りすぎたとき休止中だったみたいだ。

 ただし、エイドが充実していること、有利不利があってはいけないこと、という理由で私設サポートは原則認められていない。だから飲み物や食べ物を出してくれる人はいない。P10303222

岐阜市街を過ぎて道は山の方へ山の方へ。これから150キロほど国道156号線をひたすら北上する。

 街中の家よりも山を見ていた方が気持ちが落ち着く。

 暑さは増すばかり。風も弱い。どこまで気温が上がるか?

P10303242

 40.6キロエイド。4時間10分で到着。木曽川RCの方々のサポート。もう水を被っている人出てきた。

 右のスタッフの手の中にある白いのは濡れタオル。到着するとすぐくれる。これはありがたい。

 暑さと渇き強い方なのでこの辺は気にせず走り続ける。

P10303312 第10エイド。49.6キロ5時間13分。このあたりからエイド滞在が長くなり始める。

 トイレに行って出たら9分後スタートしたYさんに会った。強豪Yさんに50キロで9分遅れならいいか、と思う。

 ここでKatellさんと会う。これが大きな今後の走りにインパクトを与えた。

 

2009年4月20日 (月)

さくら道ネイチャー250キロ:事前&様子

P10302872_2 4月17日の説明会から20日の閉会式まで。走るのも長いし全体で足掛け4日のイベントです。

 説明会は17日15時から名古屋のKKRホテルで。近頃評判のかんぽの宿みたいです。名古屋城そばで愛知県庁とか隣接。

 3月の台北(飛行機9時間遅れ)、4月の開封(渋滞で乗り遅れ)で悪運使い果たしたようで今回は順調に着き、中部空港から一直線で14時30分に到着。もうみなさん勢ぞろい。

P10302912 選手が100人しかない。この100キロ超ウルトラマラソン世界。どれくらいの人口がいるのかわからないけれどどこにいっても似たような顔ぶれ。日本人は知り合い、顔を見たことある人、名前が轟いている人、ばかり。

 大会は岐阜県の郡上市が主催なので市長さん、来賓の挨拶が多い。入学式とかの乗り。

 そのあと選手一人一人の紹介。

 えらいさんが退出して空気が変化。大会注意事項の時間。これがあるから開会式は参加必須。欠席したら失格。

 主催側はすっとやっている人が多く、参加者もリピーターがかなりいるのでざっくばらんな話し方。はっきりとは言わないが、この御時世、お役所の財政厳しくこのイベントの存続も危うい。事故の無いよう成功させましょう。というトーン。

P10302942続いてエイド預ける荷物受け渡し。会議場の机に置いてゆく。この大会は47のエイドの1/3くらいのどこにでも荷物を預けられる。こんな面倒見のいいのは初めて。

自分は夜間、山岳の防寒具&それの返却として107キロ、172キロ、212キロに預けた。結局107キロしか使わず。なんと返却はどこでもできた。

17時前に終了。KKRが取れず近所の東横インに泊まる。足りないものの買い物、食事して。20時に寝たが中国時間だと19時。

寝付き悪い(当たり前)。

P10303512 レースの全体として、名古屋ー岐阜ー関くらいまで街のなか。156号線がメインコース。岐阜に入りしばらくするとこんなゆるいアップダウンの山の中の道を行く。

 大半が歩道があるがところどころないと車道の左端を走る。日本では左を走るよう指導する大会が多い。

 白鳥あたりから上りが増えてひるがの高原以降下り。あとは山の中をねうねしながらいき、富山に入りまた上り。アップダウンを繰り返し金沢へ。

P10303422

見えにくい写真ですが、なんと国道の交通案内にこんなのがところどころ出てます。たった100人しか走らないのに。

 岐阜県中心に、警察も全面協力で愛知県警、岐阜県警、富山県警、石川県警がが支援。先頭とビリの差が10時間以上ある100人のために。

P10303342 

警察だけじゃない。自衛隊もフルサポート。10台のジープがランナーの周りを不測の事態が無いか常にいったりきたり。

 エイドにいた陸上自衛隊第35連隊の人とのショット。気合がはいっていてこちらもパワーが湧く。

P10303252

今回800人というボランテイァスタッフは主にエイドの人(エイドが全部で47箇所)。今大会で16回目ということもあり、手馴れた様子。

 細かいところ、たとえば、昼間のエイドはどこも到着すると真っ先に冷たいお絞り、タオルが出てきて、夜は蒸しタオルが出てくる。

 エイドには日英韓の必要会話コピー。

 マッサージの人が3人いて各エイドを巡回している。エイドにマッサージ台。

P10303302

コース誘導は完璧で、要所要所のこの立看に加えて人が立っている。エイドが5キロごとだし、地図もしっかりしていて、まずコースを間違える心配が無い。ランナーはみんな地図をもっていない。

 岐阜の大会は夜叉が池とこれしか出たことないが、どちらもずば抜けたホスピタリティ。岐阜県が好きになってしまう。

 

2009年4月17日 (金)

さくら道国際ネイチャーラン250キロ:名古屋へ

 今朝のフライトで名古屋へ。初めてネイチャーに参加。ネイチャーの詳細はこちら。名古屋スタート、金沢ゴールの250キロ。18日朝6時スタート。制限時間19日18時までの36時間。

http://shirotori.gujo.to/sakurainr/HP/sakurainr1.htm

 普通の大会と違い、日本人80人、外国人20人と出場枠があり、過去3年間の記録により選考される。超ウルトラの福岡国際マラソンみたいなもんでしょうか。名簿をみるとウルトラ界の精鋭総揃いの感あり。ランナー100人にボランティア700人と、出させてもらうのが悪いような手厚いサポートで、5キロ毎、50ヶ所にエイドがあり、仮眠所も適宜配置されている。

 まさか自分が出られるとは、というのが正直なところ。3年ほど前萩往還のとき、途中一緒になった人に、「がんばればネイチャー出られるんじゃないですか?」といわれ、そのときはとてもとても。考えもせず。

 100キロ9時間そこそこ、萩往還40時間切り、くらいしないと。と思っていた。ところが、去年一昨年と萩で40時間切れ、参加経験のある広島のFさんに、申し込んでみたら、といわれ。だめもとで申請したら選考されてしまった。上海からの参加が珍しいのかも。

 でも、なぜか萩往還は相性がいいけど決して他の超ウルトラの成績がいいわけでなく。全然不安。

 唯一の手がかりは萩のタイム。左が萩の去年のタイム。右がネイチャーの関門。

         萩往還        ネイチャー

107.2km(川尻岬)  13:10     106.9km  14:00

142.3(先崎)     18:20       143    20:00

174.9(宗頭)      23.06      172.6    24.30

215.3(東光寺)    31:20            212:00       30:30

250(ゴール)           39:06            250          36:00

 宗頭までのペースでいけば175キロまではOK。萩は宗頭から眠くて足が痛くて休んでばかり。今回徹夜は一晩だけなので眠気は問題ないだろう。

 なんとか制限時間内に完走したい。

 その前に、朝一の飛行機で名古屋に着き、15時の説明会に参加しないと。飛行機遅れたらどうしよう。

  

2009年4月13日 (月)

英国人

昨日金橋マラソン帰りにバス停で待ってたら若い西洋人にバスの行き先を聞かれた。ちょうど同じバスに乗るので説明、話し始めた。

 杭州から来てリレーに出たそうだ。3位のチームだと。そういえば前の方でこんな人走ってた気がする。去年もリレーに出てチーム一着だったそう。よくよく見るとかなり若い。

 杭州ではアパレルのデザインをしていて、聞くと英国人で、イギリスは今経済がメタメタで仕事がみつからない。こっちならいくらでもある、といっていた。この人うまくはないけど中国語話しなれていて、最初のうちずっと中国語で話した。普段運動はラグビーとサッカーをしてるそうで、杭州にもラグビーチームががあるんだ。

 夜は大学の同級生が2人たまたま出張に来ていて久々にあった。経歴と風体は変わってきたのに話しかたは昔と同じ。3人とも長年中国ビジネスに関わっていて、一人は飲んだ後深夜にフライトで成都にいき金を取り立てた来る、と。大体こういう面子だと中国ビジネスの悪口になる。いろいろ面白い話を聞いた。

 

 

2009年4月12日 (日)

金橋マラソン②:走り

 走るほうは、2キロ、8キロ個人、10キロ(?)リレーの3つの部に分かれている。8時45分2キロ、9時45分8キロ、10キロリレー10時45分スタート。どれも数分開始が遅れた。

P10302622

今回8キロに参加。全部で何人くらいだろう。ざっとみて7-800人くらいかな。スタート前さほど混雑感が無い。

 会社Tシャ多し。ベストバイの人は「エイエイオー」みたいな掛け声を唱和していた。毎朝開店前にやってるんじゃなかろうか。

P10302642

基本的に名月路と碧雲路を走る。スタートの和平学校が黄楊路。南へ出てすぐ名月路を右に曲がりまっすぐ。

 白樺路までいき右折。碧雲路でまた右折。ずっとまっすぐ東へ向かう。黄楊路を少し入りゴール手前で折り返す(距離あわせ)。また碧雲路に戻り紅楓路を右折して名月路へ。あとはまた同じ道を2周目で走りゴール。

 距離標識は1キロごと。車の頭に乗っけてある。これは2キロ表示だが、2周目通ったら6キロに入れ替えてあった。

P10302702

全然力が入らず1周目は流れに任せるだけ。2周目少し走るがときすでに遅し。なんとなく疲れてもいて38分くらいでゴール。

 この車は7キロ。あと1キロがすごく短く、距離表示が多分間違っている。GPSで走った人によると8キロなくて7.8キロくらいだったそうで。

後で表彰式見たら1位の人が25分くらいだった。

 リレーの方は大盛り上がり。かなり速い人でチームを組んだので入賞期待ありみんなで応援した。

最初の走者は女性限定。期待通り隊長が2位でフィニッシュ。

1

力走する2走Nシーのアップ。競い合う他チームのうち1位はどうみても体育学校生みたいな軽やかな走り。

 2.5キロくらいだと全力で走らざるをえず、本当につらそう。

2同じくフィニッシュ間際のTノさん。先週の大サッカー大会で足を酷使したそうでみていてもダメージを感じた。

 でも最後の懸命の踏ん張り。

 今回はたすきでなくてバトンでリレーしてました。

3 アンカーの若者Iさん。こうしてみるとひどく厳しい顔つき。この時点でかなり暑くもなっている。

 惜しくも表彰台は逃したがあと一歩。次回に期待。

 レース後 走らなかった人たちも数人合流し20数人でランチ。

 みなさん旺盛な食欲を発揮していた。

金橋マラソン:様子など

 P10302502 金橋で行われたマラソンに参加。

金橋ってどこ?名前は知っているけど、という人も多いででしょう。浦東では老舗の高級住宅街で外人さん多数。英語学校数校。

 マラソン会場はそのうちの一つ和平学校の校庭を借りている。

 今回TARCから20人くらい参加した。集合写真撮ったんだがうっかりして自分のカメラ使わず。

P10302592 6時半からその辺一回りして向かい、8時に着くともうかなりの人。続々とランナーが終結。荷物預け、トイレあり。着替え所なし。

 会社のTシャツ着ている人、旗を持っている人が多い。メインスポンサーが欧米系で、そちらから参加をつのったとみえる。上海マラソンに日本の会社のスポンサーが多いようなもの。

 ああいう旗作ったらいくらするのか?

P10302762 

校庭に大きなギブソンの移動コンサートトラック。

 レース中から大音量でロックコンサートが始まる。隣の演台でで主催者がしゃべっていたりするが気にせず歌い続ける若者。まとまりないな、と思うと同時に好き放題歌えて楽しそう。歌詞は中国語でした。

P10302552

上海は毎日ラジオニュースの冒頭で「今日はX月X日X曜日。上海万博開幕まであとX日」というくらい万博に向けて盛り上げようとしている。会場にもこのキャラクター人形がごろごろ。

 こちらは空気人形。でかいが作りが雑で醜くかわいそう。

P10302802

こっちの着ぐるみも不恰好だけど一生懸命愛想を振りまいていた。11時時点で20度以上あり中の人は相当暑そう。

見ての通り色合いがだいぶ違う。形も目の位置が全然異なる。デザイン規定とか徹底されていない感じ。そういうおおらかなのもいいかな、と思えるのは中国慣れしているからか。

P10302472

ゼッケンあるが個人とつながっておらずあるのをつけた。男女だけは番号で区別できるようになっている。

 このゼッケンシール式で、裏の透明ビニールを剥がしてTシャツに張る。安全ピンいらずで、これは新製品(はじめて見た)、と興味持つ。

走ってみたら汗をかくとはがれてしまった。水ではなくて油に弱いようだ。要改善。

2009年4月 8日 (水)

洛陽

P10301992

 レース後洛陽に移動し打ち上げ。ホテル近所の中洲中路は街の真ん中でこぎれいな地元料理屋さんへ。

 まずビール、というと「うちは冷えたビールを出さない体に悪い」といわれた。ここはそういう文化の地域らしい。

 お勧めの太刀魚のから揚げ甘酢ソース掛け風の料理。見た目よりもあっさりしていて食べやすい。

 P10302002 Iさん念願の地場白酒「杜康」、それも一番高い部隊専用(85元)を頼んで地場料理を肴に食べる。これは白菜のスープ。

 どれも汁気の多い料理で、腹がっているからバクバク食べまくる。

 このほか羊肉のスペアリブ、など。なんのかの1時間半くらいずっと飲み食いして帰る。

 翌朝ホテルの食事は純中国風料理。野菜炒めなどがおいしい。

P10302022 午前中は龍門の石窟へ。市街地から車で30分くらい。バス路線がたくさん出ている。

 着いた先は一大観光地で駐車場大きく、車を降りて15分くらい歩かされる。入場料120元だって。去年発行のガイドブックに60元と出ている。

 幸い朝早いから館顧客少なく のんびりとあるいて石窟へ。

 少し涼しい。

P10302142

 この石窟は15年前に一度来たが全然おぼえてない。西山しか見なかったように思う。

 1キロ弱くらいの河岸に仏像が無数におりつけてある。三尊像が多いか。

 破壊されて穴だけだったり、顔が削り取られている像が多い。宗教的な理由か。

P10302202

崖の上の方まで彫っている。遠くから見ると崖は急峻で向こうから吊って彫るのも難儀そう。

 岸壁沿いに観光ルートがついているので階段の上り下りが超ハードワーキング。マラソン後の身にはちょうどいいリハビリ。

 時々いるおじいさん、おばあさんには気の毒なところもあり。

ガイドさんたちは「上の方は何にもないですから降ります」とお客さんを誘導していた。実際上の方は破壊の程度がひどい。

P10302222

これが一番有名な大仏様。高さ15mくらいある。左右に観音様みたいの。+四天王も彫られている。

 小さな仏像が破壊されているのに大きなのは無傷。不思議。復元したようにも見えない。

 ここから上に上がる道。急な階段からみる南側の風景は自然一杯の田園風景。

 P10302242

こちらは四天王。その辺の新しいお寺に飾ってある新しい四天王とデザインが同じ。ここのを真似している。

 これは完璧に破壊されずに残っている。左側のは壊れている。

P10302282

 東山=東岸からみた石窟の様子。橋が架かっていて東側に渡る。

 橋からみると水がきれいで(中国にしてはですよ)魚がうじゃうじゃおり、ごみが一つも浮かんでいない。

 かつてお坊さんが修行したころはさぞかし豊かで静かなところだったんだろう。

P10302342_2 東山からみた西山の大仏。あらまあ。あんなに観光客が増えて。巻き込まれなくてよかった。あれじゃ写真も撮れない。

 東山は特に何もなし。小さな石窟でそれも破壊されている。

 香山寺。白居易のお墓のある白園へ。ゆったりとしすぎて時間がなくなり。昼をちゃんと食べたい。という多数決に押されて下山。

 昼だ。と洛陽市外中洲東路の「真不同」へ。ここは洛陽水席料理の本場。

水席料理とは文字通りスープやあんかけ主体の料理。P10302392

こちらは揚げた肉団子におこげのあんかけみたいなのをじゅわっと掛けたの。

 これが最初の料理で、すでにコップに存在しているビールにちょうどいい味。

 きびきびしたウェイトレスさんのお勧め。

P10302402

これはこの店最大の名物。冷やし中華みないな料理。真ん中の花は卵みたいで食べられる。この鍋、直径センチくらいある。

 中の麺は米粉的だがそれとも違う。最後まで正体判明せず。

 11時40分に店に入ったらぎりぎり4人席があり。後から来た人は座れずお断り。

 入れず帰ろうとしたアベックの小姐が、写真を撮らせてくれ、といってきた。

P10302412

豚肉&枝豆の炒め物。これもスープたくさんで煮物と炒め物の中間。

 「水席」にはもう一つ、水が流れるようにどんどん料理がでる、という意味もあるとな。

 すばやく料理が出てガンガン食べて。ひと段落したらビールを追加注文。

締めはここでも小籠包。1人50元。今回どこも食事は1人50元程度だった。

P10302462 食事終わったらちょうどいい時間。飛行場へ。市街地から20分ほど。

 いまどき珍しい待合室から歩いて搭乗する古めかしい空港。隣に新しいのを作っている。

 15年前と同じ建屋だ。

 帰って1993年9月27日の日記を見た。このとき、香港ー洛陽の便が無い(今も無い)から深圳にいき洛陽行に乗っている。宿泊は洛陽賓館130元(当時の!)。

 龍門石窟入場料5元。洛陽ー少林寺ー鄭州の旅行に5泊6日で出かけている。不便だったんだ。

2009年4月 7日 (火)

鄭開マラソン③:ゴール&その後

P10301742 ハーフゴールのすぐ後ろに50人くらい両側に並んだ花道があり、フルの人とタッチして送り出す。これにとても勇気付けられた。

 相変わらずナンの変哲もない道をひたすらマイペースで駆けてゆく。

P10301752

 22キロ過ぎで鄭州市から出て開封市に入った。まだ20キロある。

 開封市ももちろん鄭州と同じな眺め。農村、遠くにヤギ、畑。古めかしい綿入れを着込んだ子供達の応援。

 このあたりでもう歩く人が多く道に人がいない。

P10301762

遠くの白黒の粒が放牧のヤギさんたち。ときどきこういうのがいると気分がまぎれる。農耕用の牛もいた。

 11時近くなり気温は20度前後。西から東に向かってまっすぐ走るので午前中は太陽に向かう。弱い向かい風で、暑い、とまではいかないし気持ちよい。

 マラソンで20キロー30キロは一番気楽。すでにのめりこんでいるし、まだ疲れがきてない。

P10301782 25キロ。この5キロ24分。もう少しあげないと。

 ここらあたりから人が少なくなってきたので給水の人がボトルでくれる。なんとなくつかんで半分飲んで半分からだに掛ける。

 使い終わったのを道に投げるとおばさんや男の子が飛んできて持っていく。貴重なバイトになっている。

P10301822

前を見ると。すでにランナーがまばら。10車線の道を目一杯使って真ん中を走ってみたり、暇つぶしを試みる。

 だんだん沿道に立つボランティアの学生さんが増えてきた。励ますだけでなく、食べ物や医療品を持っていて、調子の悪いランナーを助けたり、ひどいときはエイドの車を呼んだりする。

P10301832

とにかくみんな明るい。ランナーも若者ばかり。中国のマラソンはいつもこうだ。ボランティアも元気で本気で励ましてくれるから楽しくなる。

 いらなくてもなんとなく水を取ったりして交流する。

P10301862 30キロ。この5キロ26分かかった。今日はもうだめだ。あきらめて楽しみながら走ることにした。

 で、走りながら撮る実験を始め、シャッタースピードを変えたりする。これがまずくて、いじりすぎて途中から撮ったのが全部だめになってしまった。

P10301872

こうやってみると背後は砂漠のようだけど農地です。

 最後まで続く農民の方の応援。元気な子供がいると手を振る。向こうは控えめに返してくる。

P10301892 33キロあたり。もう前後に人が少なくなった。ちゃんと走る人が減ったので応援も叱咤激励風になってきた。

 「堅持=勝利」継続は勝利なり。というプラカードを抱えた人が50mおきに立っている。しかたない。がんばるか。

 33キロ過ぎに往復4キロの折り返し路に入る。この手前で操作間違えてゴールまでの写真全部パー。

 折り返しでIさんと擦れ違い。ばててきたところで会えて奮起できた。

 えっちらおっちらで35キロ。5キロ25分。最後だからがんばらにゃ、と応援の学生さんの声援に応えつつ行く。ところが、38キロの標識がなかなかこない。この1キロ6分かかる。そんなにペースダウンか、と愕然として走っていたら3分もしたら39キロがあった。距離表示が間違っていたようだ。

 Anyway終わりだ。最後は市街地に入り、農村と違いぱりっとした服装の人たちに応援されてゴール。3時間34分。グロスだからネットは3時間32分くらい。

 今年4回目のフルで、平均グロスで3時間32分だから今の実力ぴったり。ともいえるが、なんで42キロ走って数分しか毎回違わないのか?何度走っても不思議な現象。

P10301932 まっ。終わり。

 面倒見のいい大会で、ゴールするとボランティアの女の子がランナー一人一人についてレース後の手続きを案内してくれる。招待選手みたいでちょっと照れくさいぐらい。

 女の子に先導されて笑顔のおじさん。自分もこんな感じだったのか?

P10301952景品のうちに高粱麺のカップめん(生めん)があり。

 これはテントにいくと袋を開けて、調味料やら具やら入れてお湯を入れて、そこまで作ってくれる。自分でやろうとしたら、疲れているから休んでいてください、といわれた。

 左腕の緑のリボンがボランティアのしるし。

P10301972

やっと終わり。ボランティア学生さんの記念写真。青春だなーという風情の笑顔でした。

 素朴な感じのするひとばかり。自分が学生のころよりもずっと純真なイメージ。

P10301942

レース後もらった記念品。完走メダル、タオル、工具とナイフのセット(帰り飛行機で預けざるえず)、カップめん、パン2個(いい生地でうまい)、Minutes mate、,水。帰りの荷物がまた増えました。

 Iさん、Iさんご夫妻、みなさん完走。特にIさん旦那さんは初フル完走でお祝い。

 一休みもふた休みもして車で直接洛陽まで。道中レース回想、ビール堪能、景色鑑賞。18時過ぎ洛陽のホテルに入り。

 

 

 

鄭開マラソン:②ハーフまで

P10301402 明けて4月5日朝。6時前に起きて食事。安いホリデーインのわりに食事は豪華。7時出てスタートへ。

 これが遠い。市街地から鄭開大道を10キロほどいった先のサービスエリア。途中で私用車通行止めになり大会バスで延々と行く。

 何もない畑の真ん中がスタート。荷物預けが案外スムーズで安心。でもトイレにいったIさんによると、中国慣れしたIさんあきれるほどの汚さだったそうだ。

P10301392 少林寺の近くとあり、太極拳のグループが白装束でパフォーマンスをしている。うまいのか下手なのかわからない。太極拳は音楽も声も無いから黙々とやっていて不気味。新興宗教団体のよう。

荷物預けていたらみんなとはぐれて1人でスタート。

名簿が一応あり、みると日本人われわれ含めて全部で6人。残り2人はIさんのお知り合いの広州の人たち。外国人らしい名前も3人ほど。そのくせケニアの招待選手が10人以上。特にフルはほとんど地元の青年達。P10301462

8時半スタートの予定がえらいさんの話が延々続きみんなだんだん怒り出した。早くしろ、と口々にわめきだす。

 ようやく8時41分ごろ?スタートしたらしい。自分がスタートゲートをくぐったのは8時43分。

若いのが多くてふらふらしながら走るからぶつかったりつまずいたりしないよう注意しながら最初いく。

P10301492片側5車線。合計10車線の道を全部使って走る豪華マラソンコース。ながら、定規をひいたようなまっすぐで川や道を渡る橋以外凹凸のないひたすら平面な道中。

 一体なにを楽しみにいけばいいんだ。と戸惑いつつ進む。

 今回特に目標もなし。痛いところがないから平均くらいで走れるだろう、という目算。

P10301502 楽しみはなければ編み出すもの。走っているとランナーや沿道に興味を引かれるようになった。

 最初のころ追い抜かれた迷彩服を着て正方形の退陣を作って走る軍団。

 リーダーが掛け声を掛けると全員で「おー。おー。」と叫ず。これを1分おきくらいに繰り返しながら走る。3キロくらいで抜かされた時はすごいスピードだった。みなさんゼッケンはフル。

P10301542 沿道の人たち。コース沿いの農家から応援に動員されているようで家が見当たらないような場所でも自転車やなんかで来てくれている。

 大人はただ見ているだけだが子供が応援してくれる。この警官3人組みはのどかに写真を撮ってます。

P10301562突如うしろからバンビみたいな小さいのが。小学校高学年にしか見えない子供2人がフルのゼッケンをつけて疾走している。あんな年で走っていいのか?

 速いけどフォームは走りなれている様子でもない。どこまで持つか?

 この2人終盤で追い抜いたから完走しているはず。

P10301622 そうこうしているうちに10キロ。あら。52分かかった。幅広コースでスタートしてすぐバラけて走りやすいのに、このタイムでは。あせってスピードを出す。

 とにかく何の目印も変化もないコースなんで道中記すべきことも少ない。

P10301672

ということで次は15キロの標識。この5キロも26分かかった。これはひどい。スピードは全然あがらない。調子的に悪くないし、ちょうど体が暖まって走りに集中できる時期なのに。

P10301702 遠くで音がする。ハーフのゴール地点か?と思ったがそれにしては近い。

 いってみると四つ角の応援の人たちに混じって太鼓おばさんがひたすら単調にドンドコ太鼓を叩いていた。

 太鼓って、応援風だけどきいている方はリズムが狂って気持ち悪い。むしろ管楽器の演奏の方が走りやすい。

終わったか、と過ぎたらその先にまたもう1隊太鼓バンドがいた。

P10301712 いつもながら、大丈夫かな、いけそうかな、とぶれながらなんとなく20キロ到達。

この5キロ25分。まだまだだ。

 見ての通りエイドはどこもこんな感じで小さな机で水を出すだけ。

車で通ったとき道端でスイカとイチゴを50mおきに売っていたから期待したが、そんな甘くはなかった。

 午前中最高気温20度くらい。この程度なら水を飲まなくても走れるからさほど気にせず補給少なめで通り過ぎる。

P10301732

361℃の看板の間がハーフのゴール地点です。若いのが1-2キロ手前から猛ダッシュして危ないんで気をつけつつフルの右側によける。

1時間48分経過。これはまずい。

  

 

 

 

 

2009年4月 4日 (土)

鄭州へ

 上海は雨だ。霧模様でフライト大丈夫か?

 5日の河南省マラソンに向けてこれから鄭州へ。奇縁で鄭州にいくのはここ1年で3回目。全部私用だが、過去2回は城壁見物だった。

 今回上海から4人で参加。ついでに各地見物する予定。鄭州の天気予報は晴れで20度くらいとなっていて好コンデションを期待。

2009年4月 3日 (金)

靴試し

 昨日休んだので今朝5時前から張江方面一回り、20キロほど走る。足の調子はまずまず。週末の河南省マラソンは普通に走れそうだ。

朝走るとき春のレース用に買った靴を慣らしで履いている。靴は200-300キロ走った後が一番走りよい、とはあるウルトラランナーのコメント。100キロくらい走り足になじんできた。

 普段靴を気に掛けない方で、練習用は4-5年前に買った底の厚いのを履いて走ることが多い。当然相当磨り減っていて傾いている。自分はがに股気味で靴の内側が減る。古い靴だともう5ミリくらい底の厚さが違っていて足首に負担がかかることを実感する。

 さすがに新しい靴はクッションの反発性が良いし、減っていないから疲れない。そもそもここ5年くらいで靴が進化していて種類が多く。選ぶのに苦労するほど。

 幸か不幸か日本にいないのでマラソングッズを買うことも少ない。

 

 

 

 

2009年4月 2日 (木)

走行距離

 3月の走行距離は430キロだった。そのうち24時間走が150キロだから引くと280キロで大体1日10キロくらい。昨日聞いたらKさんは3月500キロ超えたそうで、単純に割ると一日17キロくらいとなる。とても勝てない。

 例年4月ー6月は200キロ以上の大会に参加するから合計すると500キロ超えることもあるが、大会の前後2日くらいは休んだりしてそれほどにはならない。距離を出すにはコンスタントが必要。Kさんといい、隊長といい、女性の方が気合が入っている。

 今月は鄭開マラソンとネイチャーがあり、2つ完走すればすでに290キロだからかなりいく予定。完走すれば。 

 

2009年3月19日 (木)

今後の予定

 ここ2日どんより曇って暖かい。体感15度以上あって。着る量が少なく走りやすい。朝走る人がめきめき増加中。

みなさん週末の東京マラソンの準備万端というところ。上海からも大勢遠征する。抽選に外れたから週末はゆっくりと練習する予定。

 今後のスケジュール。

4月5日 鄭開マラソン(フル)

4月18日 さくら道ネイチャー

5月2日 萩往還

5月24日 大阪100キロ

ここまで決まっている。あと6月時間がとれれば去年ぼろぼろだった大阪湾かどこかの100キロを走りたい。7月夜叉が池、8月奥武蔵、9月雁坂峠、といきたいが。仕事次第かな。

2009年3月11日 (水)

24時間走@お台場:その後&感想

 昨日夜帰って10キロほど走った。24時間走2日後で足の疲れ方はフルの2日後くらい。よほどセーブして走っていた。今朝も12キロ。普段と変わらない。

 レース後。都内のホテルに荷物を下ろし、風呂に入って一休み。こまごま用事があり出かける。ほぼ徹夜なのにこの時間帯はいつもどおりさほど眠くない。春の大会用に靴を買いに神保町のVictoriaへいったら東京マラソン直前セールで大々的に売り出し。ビジネス効果絶大。

 街はどこもかしこも不景気って何?といわんばかりの賑わい。

 帰ってビール飲んだら眠くなり21時に寝る。

 翌日10時30分のフライト。飛行機がまた空いていた。水球の全日本チームと同じフライトだった。大きな体をエコノミーに沈めて窮屈そうだが、空いているから適当に座っていた。

 定時に上海着。一度帰り着替えて午後から会社へ。良く寝たけど眠い。頭の芯が疲れている感じ。

(感想)

・主催スタッフ15人ほどで主にエイドの対応。参加者が多く、食べ物があっという間になくなり大変だった。周りに店がないし、食料を自分でも少し持参した方がよさそう。

・開催場所が良くて各種目あわせ個人走400人、団体100人くらいと盛況。超ウルトラで有名なランナーも何人か。この世界第一人者も駆け出しも一緒に走り対等に話せるのが楽しい。

・広くて温かい休憩所があるから疲れてくるとついつい休んでしまう。15分以上休憩すると体が動かなくなる。休みたい、というのは体の自然の要求で、これに応えて存分休息しながら走ったからダメージがほとんどなかった。普段の超ウルトラだと休みたくても休めない。無理して走る。だから終わったらくたくた。

・時間走は精神的なものや訓練が鍵となるが、結局は実力がないと。脚質の向き不向きもありそうだ。平らな道を同じペースで走る強さとアップダウンの多いコースを走るのが得意な人と。自分は後者のようだ。

・無理せず最初から歩き主体の人もいる。止まらず歩き続けるから走っては休み、の人よりもトータル距離が長くなったりする。

・有名ランナーがたくさんいて抜かれるたびに後ろからフォームを見る。形は様々だがみんな共通して上半身がぶれない。自分が走っているところを見てみたい。

・今回、胃腸の不調が最後まで続き、体力的、内臓的疲労が大きかった。普段あんなに眠くならないのに。途中からつらかった。右ひざの痛みは昨日、今日走ったら、あれはなんだったの?なんともない。ただひねって筋を違えただけで、走ったダメージではない。途中両親指のつめがはがれた。これもよくあることだが、全体に不調なので気になって仕方ない。

・3月初旬の東京は寒い。休んで走り始めぶるぶる。ずっとジャンバーやウインドブレーカを着込んで走り続ける人がほとんど。 

2009年3月10日 (火)

24時間走@お台場:経過②12-24時

 前半を書いていて言い訳みたいなのばかりで。失敗するとこうなる。今後のために記録を残すしかない。

 終わって2日立、キリキリした膝の痛みが消えている。やはり走りと直接関係無い部位だった。

Cimg56542  1時間以上休憩して足が回復。疲れすぎて熟睡できないが眠くなる時間帯でもない。(午前3時前)。気持ちを取り直して11時間40分過ぎラン再開。

 真夜中で寒い。10度以下。休んで外に出るとぶるぶる震えて走り始めは着込んでそろそろと。

 すぐ12時間、半分経過。58周(87キロ)。どうかな。160キロくらいいけるだろうか。

 未明で一番人が少ない時間。21時スタートの12時間走の人でも寝ている人が出てきている。エイドがスカスカ。

 とりあえず元気になったから休んでいた分を取り戻す勢いで走り始める。

 相変わらず飲み食いすると腹が下る。普通これくらい走ると養分、水分の対外流出を抑えて何も排出しなくなる。

 知っている人がいない真っ暗なコースをぐるぐる回っていると何周したかわからなくなる。周回測定はICチップでやるので本部のPC係の人に尋ねれば教えてくれる。それも面倒になる。

 膝の痛みは一進一退。

 とにかく100キロまで走って休もう、と考えて回り続ける。13時間30分くらいで100キロ通過。一休み。荷物置き場へ。

Cimg56602 自販機でコーラ買い、パンをもらって一休み。が結局また横になり。靴を脱いで、寝てしまった。

 4時前。16時間弱経過から5時半まで1時間半休んだ。1時間ほどうつらうつら。

 周りの床は寝ている人で足の踏み場もない。

 起きて走りに出ると夜が明けた。ひー。寒い。

Cimg56622 朝6時。18時間経過。もう完全に明るい。朝ごはんにパンやカステラをもらって再開。まだ9時間あるから60キロくらいは走らないと。

 多少寝たとはいえ合計1.5時間くらいだから眠い。

 筋肉はかなり回復したが膝の痛みは取れない。

 3-4周走って10ー15分休み。という走りが続く。休むんでなく歩けばいいものだが、歩く気力もなく。

昨晩まで元気だった人も歩いたり、座ったりしている。

Cimg56642 こんな大きな木が埋立地にあるんだ。気散じに時々立ち止まりコース沿いみたりしながら進む。

 控え室に3時間ごとの各選手の走行距離が張り出される。

 知り合いの成績を見るとみんな芳しくない。自分だけじゃないか。この季節時間走にはちょっと寒すぎるかも。

Cimg56662

9時過ぎ食事がどんどん出ます。真ん中下がおでん。その他は各ランナーのマイカップ。周回だからみんな自分の紙コップに番号を書いて置いている。24時間1つのカップで済んだ。

 他に甘酒、お汁粉なども途中出てきた。

 この時点で18時間過ぎ。120キロ。あと6時間。とりあえず100周、150キロは最低走ろう、と思い始める。

Cimg56702

目標が決まると少しやる気になり歩きを混ぜて距離を稼ぐこととする。夜が明けて走る人が増えた。

 10時ごろ食べ物が並んだエイド。このオレンジと右側の黒砂糖パンがおいしくて誰もオレンジを食べないから籠の半分くらい一人で食べてしまった。したら、またトイレへ。まだ腹が治らず。

Cimg56712 つらい、苦しい、いやだ、止めたい。と思いつつも歩いて、走っていると少しずつ距離がのびる。いつものウルトラのパターン。

 正午12時。21時間経過。あと3時間。140キロ。150キロはみえた。

 休み休みとぼとぼ進んで22時間40分で100周、150キロ。ぼけているから確認のために記録の人に聞いたら101周、151.5キロだそうだ。1周勘定間違えた。

 これで目的達成した気になり控えに戻る。休んだらもう戻れないだろうな。と思いつつおいしいファンタを飲んで横になったら案の定完全に戦意喪失。

 結局ここで終了。22時間45分、101周、151.5キロ。

 少しぼんやりして寒くなってきたから着替え。24時間でみんながゴールしてくるのを見届けて会場を後にした。

 

24時間走@お台場:経過①0-12時間

 最初のうちはなんにもない。みんな元気一杯の快調ペースで走る。キロ5-6分の人が大半。まだエイドも飲み物をだすだけで特筆すべき供応物なし。

 最初から腹の調子が悪かった。数日前に下痢になり、どうも細菌性のようで長引き。治ったと思っていたが、来る途中で補給にラーメンを食べてジュースを飲んだら腹が下ってきた。

 2週目でもうトイレへ。結局全部で10回くらいトイレでしゃがむことになった。不思議なことに行くたびに少しずつ何がしか出る。食べた分の養分が体に吸収されていない気がした。終盤今までに無いほど体がしんどかった、眠かったのはこのせいもあるのかもしれない。

Cimg562323月7日15時スタート。淡々と同じコースを走ると記憶に残らない。ネイチャーに出走するFさん、Yさんと時々会うと話したり。

 2時間すぎく退屈しのぎにMP3で音楽を聴き始める。 全部中国語の歌で、こっちの流行り歌はメロディー系のラブソングばかりだから走る励みにならない。

 適当にメモリーした中に李玟の歌があった。「自己」、「想你的365天」を聞く。この子はいい声だ。改めで感心した。

 でもこんなのも一時しのぎで、あとはぼんやり周りをみたり、思いにふけりながらひたすら走るだけ。

 走り始めは日中の陽気を引いて暖かいが、日が落ちると途端に寒くなる。

 本部テントでずっと音楽が流れている。途中急にラジオに変わった。それも野球中継をやっている。こんな時期に野球?聞いたらWBCの日本ー韓国戦だと。日本が大勝ちした試合。

 腹の調子が悪くて冷え込むので楽しみのはずのエイド補給が楽しくない。最初ゆっくり入り力を温存するつもりだった。それが予想以上に遅くて時間の割りに距離がはかどらず。焦り始める。

Cimg56362 5時間で37キロくらいしか走れていない。トイレやなんやでロスしているにしてもちょっと遅すぎ。

 挽回しようと力を入れるが30分もすると根気が続かず。

 5時間経過20時。このあたりまでまだ本格的食事は出てこない。

Cimg56392

みなさん1枚、2枚と着込みはじめる。向かい風のエリアに入ると寒い。エイドで少し休憩するだけで体が冷える。

 相変わらず腹の調子悪い。この時間帯のことはほとんど記憶に無い。

 なんとなく走っていて、6時間過ぎ、急に右足膝内側がズキンときた。筋違えた感じ。平坦なところなのにおかしいな?

 しばらく走っても違和感が抜けないから屈伸してみる。どうも痛めたらしい?いままで全く痛めたことのない場所。そもそも、今まで故障したのは9割方左足で、右は丈夫なものと考えているから意外。走れないほどのきりきりする痛みではないが、着地の度にずきっとする。

 これでますますスピードが鈍る。

 21時12時間走の緑ゼッケンの人たちが走り始める。猛スピードの人が何人か。みると、48時間走のIさんや24時間走のTさんら日本代表クラスの人が混じっている。

Cimg56422 21時過ぎ。6時間経過し食事が出され始める。最初はおでんと一口おにぎり。

お腹が空いてきた時分で瞬く間にランナーの行列。終了間際におでんをもらえた。

 おいしい。

 Cimg56452

おでんあっという間に売り切れ。ゆで卵登場。こちらも大人気。

 この人数にしては食べ物が少ないかも。

 一過性のものと思った右ひざの痛みが治まらない。薄れたかと思うとまたぶりかえす。特に下り坂で足を大きく踏み出すと痛い。

Cimg56472 8時間経過。やっと1/3過ぎ。まだ65キロ程度。腹の不調が原因か力が入らず。食べられるのだが食べたものが体に染み込まないような。

 休みがちになり、5周走って5分休み。状態。どうなることやら。

 夜が更けて走る人がめっきり減ってきた。着替え場所にゆくとごろごろ寝ている。

 うらやましくなる。

Cimg56482 食べ物は2時間おきくらいにいろいろ出る。こんにゃく玉の醤油煮。人が減って競争がなくなりゆっくり食べる。

 もともと目標設定しにくい時間走。10時間近くなりどうしようか?

 全体に体が重いし、膝が痛いし、足底筋はいつも通り腫れてきたし。

 10時間経過。55周=82.5キロ。これでは180キロなんて到底無理だ。

 Cimg56492

うどんが出て食事休憩の時荷物のところで横になる。靴を脱いで上着を着て。寝てしまった。

 10時間15分ー11時間30分食事&仮眠で休憩。

 中にマッサージコーナーがありずっと人が訪れている。

 結局12時間で85キロしか走れず。途方にくれる。

 

 

 

 

2009年3月 9日 (月)

24時間走@お台場:コース

 上海へ戻り。どうも時間走はだめ。180キロは走りたかったが150キロで止めてしまった。なんであんなに気持ちが弱かったのか。不思議。

Cimg55862  

コースの紹介。場所はゆりかもめの「船の科学館」駅。新橋から15分。駅を降りるとそれらしい人が歩いてゆくのですぐわかる。

このあたり人が少なく、お台場でも寂れた地帯。

 降りて数分の科学館玄関脇に本部テントがある。

Cimg55902 (走った距離X5円)が寄付される海宝さんのチャリティレース。

 ウェルネスの夢の島24時間走、があり、似たような場所、趣向だが、こっちの方が手作り感がある。

 科学館の講堂みたいなところが荷物置き場兼休憩所。すでに足の踏み場もなく廊下に荷物を置く。

 名簿をみるとこの世界の有名人が大勢エントリー。知り合いもおり挨拶。自分が一番弱そう。

Cimg55942 一周1.5キロの周回を延々と回る時間走。

いやになりそうだが、トラックだったり、一周1キロ未満の大会もあり、ここは少し起伏があるからまだいいほう。

コースは、まずスタートを出るとすぐに右折。

 写真は右折する前。2mくらい下っている。

Cimg55962 右折するとまっすぐな道が200mくらい。平坦で両脇が木に囲まれている。

 本部でもらった飲み物、食べ物を抱えてここで歩きながら摂っている人もいる。

Cimg55982 突き当りを右折。左側に公園のトイレがある。きれいなトイレ。

 トイレは本部とここと。更に300mくらいいった右側の駐車場横と3ヶ所ある。

 スタッフがトイレットペーパーを補充してくれていたようで紙切れはなし。

 腹の調子が悪くて何回もお世話になった。

Cimg55992

トイレのところを曲がると300mくらいのまっすぐな道。

 右側の街路樹の中に大木に近いのも何本かあり。船の科学館はお台場で最初二できた建物の一つらしい。

 Cimg56012

 この先少し上っている。5mくらい。たかが5mだが、100周すれば500m上ることになる。コース全体で8mくらいのアップダウンだから100周で800m。

 写真を右から横切る線はゆりかもめのレール。すぐ右が船の科学館駅。

 大通りにでて左折。潮風公園に入る。

Cimg56052_2 潮風公園。さっきのトイレのところに向かう折り返しでゆるい下り坂。左右が芝生になっていて、足の負荷を減らすために芝生を走る人がかなりいる。向こう側と同じく約300m。

 途中の噴水右側が駐車場トイレ。

  Cimg56062_3

まっすぐいくとだんだん視界が開けてきて海へ。向こう側が太井埠頭。コンテナヤードが林立している。

 夜になると右の方に品川の夜景がみえる。

 左側がさきほどのといれ。こちらからも入れる。

Cimg56102

海岸沿いを200mほど走る。

 突き当たりに見えるのが訓練用帆船海王丸。昨日航海から帰ったばかりとのこと。こうやってみると大きい。マストの高さ40mはありそうだ。

 縦横に綱が張り巡らされて点検が大変だろう。

 海王丸のところを左折。

Cimg56142  

狭い歩道を行く。右側に南極観測船1号の宗谷や青函連絡船羊蹄丸が繋留してある。ゲートがしまっていて人気が無い。

先に見える線はゆりかもめ。

 その手前を左折。

Cimg56162 科学館を右手に見ながら正面玄関に向かう。左のお土産やさん。人がまばらで暇そうだ。きっとここが流行るのは夏なんだろう。まだまだ寒すぎる。

Cimg56182

 本部前。時計が何時間経過したか示している。

 リレーの人たちで若いチームはこのあたりに陣取って敷物を引いて盛大に応援している。大学生チームも何組かいる。

2009年3月 6日 (金)

24時間走@お台場:準備’

 今朝も休養で走らず。天気が良くて気持ちよさそう。

 亡くなった人の話について。ベルギー人で金橋にある化学材料工場の責任者だったとのこと。業績不振で費用を減らすため以前住んでいた戸建からこのアパートに引っ越した。経営が厳しくてリストラをしたり心労が嵩んだいて、このところ酒を飲むが多かったと。あの日も酒を飲んでおり、深酒して帰ったところ倒れたようだ。

 どこの国の人もおなじなんだ。単身だと酒を飲むくらいしかないのか。

 明日朝のフライトで日本へ行きお台場で24時間走。天気予報によると天気は持ちそうだが寒そう。寒いのはやだ。周回コースだと特に気が滅入る。ウェアをもっていかないと。

 今回靴やなにか新調したかったが間に合わず。古い靴で走る。準備といってもボルダースポーツを日本から取り寄せたくらいであとはジョギングの延長線上。

 とにかく時間走が苦手で。萩なんかだとあれだけ上ったり下ったりでも24時間で180キロくらい走っているのに、平坦な24時間走を150キロ走れなかったりする。ひたすら精神的問題。どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

2009年2月28日 (土)

駅伝大会2009

Cimg55482 駅伝大会開催。

 日中米のランナーが参加して8時半スタート。

 9チームで純中国チームが2チーム。残りは国籍混交編成。といってもほとんど日本人。

ここんとこ毎日雨であああ。。と心配してたがなんとか持ち。小雨がぱらついた程度。

 レースは自分が所属した平均年齢52歳チームが中盤リードしたものの最後に若手パワー爆発した。本格的にやった人たちにはかなわない。と思っていたら中国チームはもっと年配で、「弟達がんばったな」といわれてしまった。

Cimg55712 世紀公園一周5kmX5 =25kmを走った後近くのイタリアンで懇親会。

 このメンバーは鍛えているだけあって食欲、酒量旺盛でビールの缶が机にごろごろ並び。

スピーチやら成績発表やら、実はみんな盛り上がって聞いてなかったり。盛況のうちに終了。 

2009年2月16日 (月)

締切り

夕べの雨は明け方には止んでいた。それでも道が濡れていて、夜明け前窓から外を見ると陰鬱な朝。13キロ走る。走っている人少なし。

 走り始め、冷蔵庫で冷やしたような空気の粒を顔に感じる。冬が戻ったか?とテンション下がる。すぐに汗をかき始める。湿気が高いのだ。天気予報だと今週ずっと灰色。気が重い。

 萩往還のAコースがそろそろ定員350人になるそうだ。まだ3ヶ月先だが年々人気が高まっている。近年どの大会も参加者が多くウルトラやトレイルは大体締切り前に定員になってしまう。マニアが密かにやっているイメージだったのが急速にメジャーになりつつある。

 自分もそうだったが、長い距離やトレイルは危険で普通の人が参加できない、というのが一般認識だった。実際みんな走るようになると、そうでもない、とわかって人が増えている。そういう面があるように感じる。ただ、24時間以上は体によくないとは参加者みんな言っている。

2009年2月13日 (金)

血糖値

 隊長と話していたら、マラソンやる人で血糖値が高くなったり、コレステロールが増えたりする人がいる、と。

 どういうことかというと、長く走ると消耗モードが持続して一時的飢餓状態に陥る。この状態が続くと血糖値の低下やいわゆるガス欠が起こって活動がにぶったり、めまいがしたりする。それを防ぐために通常血糖値やコレストロールを高めに保つ体質になる。ということだと。

 そういえば、自分もここ数年血糖値が高い。毎年健康診断の上限値100を越えて110前後ある。医者は過去履歴をみて変わらないことと、体重がむしろ減っていることから問題視しないが、何故かな?と以前から思っていた。コレステロールも、総値が基準オーバーで、善玉の方は大きく越えている。

 昔から、朝走る前に食べない。長丁場のウルトラ、マラニックを始めてから食べない(時間がない、消耗に補給が追いつかない)で走ることが恒常化している。だから、普段一日くらい食事しなくてもなんともない。フルくらいなら走る前簡単な朝食をとるだけで十分。途中の補給はゼロ。先月の宮古島は100キロ中食事の補給は途中の団子汁一杯だけで腹が減らなかった。

 都合のよい体になったように思うが、これで走るのを止めたらどうなるのだろうか?

 

 

2009年2月10日 (火)

香港マラソン:レース後&感想

 ダメージ無く昨日朝から走る。まあまあ。

Memo00432 ゴールしたら水、バナナ、梨、カロリーバーなどをくれた。物を豊富にくれる大会だ。

 その先に荷物引渡し所。先々週の勝田マラソンと似た風景。若い子たちのボランティアが荷物を運んでくれる。

 荷物のタグは分かりやすく、受け渡しがスムーズ。

Memo00442 荷物受け取りの前の広場。ここで皆さん着替えたり、仲間と健闘を讃えたり、回想にふけったり。

 かなり広い空間だが4時間過ぎてだんだん人でうまってゆく。

 ゴール地点でアナウンサーがトークで盛り上げている。

隊長を探したが見つからず。後で聞いたらアクシデント人の面倒をみていたとのこと。

Memo00452 12時過ぎて暑い。着替えて30分ほど水など飲みながらぼんやりすごし帰途に着く。チップの返却は公園出口で、こんな風に座っている。疲れて歩いていると見落としそう。実際、つけたまま駅まで歩いている人を見かけた。

 MTR天后駅から金鐘ー旺角で観塘線に乗り換え九龍塘へ。一度降りる。13:00過ぎ。

 深圳発18:20のフライトなのでまだ時間あり。食事することに。

 以前の九龍塘といえばただ駅舎があるだけだったが、降りてびっくり、又一村に大ショッピングモールができている。中で中華丼みたいなのを食べてモールをぶらぶら。

P10203952  KCRで落馬洲。初めて降りる駅だ。きれいな駅ビルで分かりやすい。出境審査も人が少なく早いが香港ー深圳のボーダーの川を渡る橋が長い。

 中国側の審査も簡単。でも手荷物をあけさせられた。ここの検査は昔からうるさい。

P10203962 深圳側駅前はいきなり高層アパート。香港側は侵入に備えて池だったり禿山だったりするが、こちらはぎりぎりまで建物が建っている。

 空港行きバス?見つからないからタクシーで空港。高速料込みで120元。3人いれば高くもないか。

 待合でやはり走った会社のTさんにあう。順調に飛んで20時20分上海着。こちらも温かい。

(感想)

・香港にしては涼しく走りやすかった。終盤だんだん暑くなり、西トンネルの中がきつい。タイム的には廈門よりも悪く、勝田よりもよかった。一番平坦なのが勝田だが。

・人が多い。最初の3キロはジョギング状態。最初の5キロのロスが大きく、20キロ過ぎから挽回のために飛ばした。この10キロ4分半/キロで走っている。おかげで最後へばった。今日大会HPにタイムが出た。グロス3時間35分28秒、ネットで3時間32分54秒。スタートロスが2分半あった。

0-10キロ 57:33、10-20キロ 50:39、20-30キロ 45:35、30-40キロ 49:41、40キロ-ゴール 12:08。

・コース的には優れているといい難い。鋭角に曲がるし、沿道の観衆と触れ合う場が最後の2キロしかないし。アップダウンがきついのはいいとして高架道路で壁に囲まれたり、長いトンネルを3回くぐったり。改善の余地たくさん。

・とはいえ手軽で香港は行きやすいから来年も参加するだろう。

2009年2月 9日 (月)

香港マラソン③

Memo00362  トンネルの中は蒸し蒸し。毎年ここで大勢のランナーが気分が悪くなるコース最大の難所。

 トンネルの中で35キロ。30-35キロ23分50秒。

 ここは街の真ん中で、車の通行を止めているとはいえよどんだ空気が充満している。

 トンネル終盤から長い上りで、高架道路まで50mくらい上る。やっと上るとすぐに下り。これを繰り返して消耗してゆく。

Memo00372 上環を通り抜けて新しいスターフェリーの船着場を左に見てひたすら車道をゆく。始終アップダウンで、中環のこのトンネルを過ぎるころには疲れでペースダウン。

 上りでちゃんと走れなくなってきた。

 加えてこのあたりは片側を車が通っていて排気ガス充満。

Memo00392_2

やっとこさ40キロ。3時間23分。35-40キロ26分かかった。急ブレーキかかり、もうここまできたからいいか、とあとはゆっくり走ろうとする。

 が、後ろからどんどん抜かれて面白くないから気を取り直して走り始める。

Memo00412

  最後の1キロ強、このコース唯一の応援があるロードに出る。銅羅湾のショッピング街を声援に包まれながら走るものだからみんな思い切り走り始める。

 3時間半過ぎてしまい、もういいかな。と人と街を眺めているうちにゴールの維多利亜公園へ。

Memo00422

途中から日が照ってきて気持ちよい日和のゴール。3時間35分。ネットで3時間33分。目標に届かなかったが許容範囲。

 走り終わったら猛烈にのどが渇いて水をがぶ飲みした。

 

香港マラソン②

Memo00242 第一折返し。中国語でも「折返点」という。みんな意気込んで反転する。

 このタイムだからまだたくさんの人がいる。

 橋を逆戻りして、降りたところを鋭角に曲がり次の橋&折返しに向かう。下ってまただらだら上る。

Memo00262 コース図で見る以上にアップダウンがあり。人が邪魔にならず走れるようになり、20キロ過ぎからスピードを上げる。とりあえずハーフまでゆっくり、と考えていた。

 しかし、20キロ通過が1時間46分、ネットで1時間44分。これでは目標の3時間半に大幅に遅れてしまう。

Memo00272

あせってスピードを上げたらすぐ先がまた第二折返しで鋭角に曲がらざるを得ず、出鼻をくじかれる。

 折り返して中間点から切り替えてスピードを上げる。坂の連続でみんな疲れてきたから抜かし始める。

Memo00282 折り返して橋を下る坂に入りますますスピードアップ。その勢いでえいや、とトンネルに入る。

 まだ曇りで涼しいとはいえ20度を越えて、トンネルの中はむしむしする。このあたりからのどの渇きを感じ始めた。

Memo00302_2 トンネルの中で25キロ過ぎ。この5キロ24分ちょうどくらい。走りに没頭し、さっき来た道の帰りでもあり、てしばらく写真を撮らなくなる。

 この大会は1キロ毎に距離標識がある。来るときに比べて標識が早く通り過ぎるのでうれしい。

向かい風だが弱いので体を冷やしていい感じ。

Memo00322

途中のエイド。日本語で「がんばって」とある。エイドには水とスポーツドリンク。スポンジ。食べるものはなかった?気がつかなかっただけかも。大会パンフには終盤チョコレートとかバナナとか書いてあった。どっちにしてもフルなら食べずに走り通すからなくても構わない。

30キロ通過。2時間33分。もうひとふん張りすれば3時間半で入れるかもしれない。

相変わらず断続的に坂があるもスピードを緩めずに走る。

Memo00342

九龍に帰ってきて、右折。機場快線の横を通り西トンネルに突入。トンネルは34キロー36キロ。

 しばらく前からずっと若い西洋人のお兄さんと抜きつ抜かれつのバトルになっている。意地もあるし、競り合って引っ張り合うのも悪くないし。香港島まで一緒。ここで無理しすぎたようだ。

 

 

香港マラソン①

P10203832 フルの部は8時に九龍公園前をスタート。はいいのだが。ハーフは6時50分と7時10分の2回。

 10キロにいたっては一番早いのが5時15分スタート。だから朝3時過ぎから地下鉄が動いたり、行政が完全主導。

 フルは7時からDFS近くで荷物預け。番号毎のトラック持ってゆく。預けるビニール袋が巨大で何でも入る。タグも最初から準備されている。

P10203842 この大会はスタート前のトイレが多い。香港中の移動式トイレを集めてきたかのよう。おかげで待たずに済む。

 トイレに行き7時45分に並ぶともう真ん中くらい。

 前のほうで誰かしゃべって盛り上がっているのがかすかに聞こえる。

P10203862 5分前に号砲?早い人たちが先に出たみたいだ。

 8時ちょうどにスタート。壇上をみたら今年も行政長官がいた。

 そうそう。香港にしては涼しい。曇りで天気予報最高23度。香港としてはベストコンデションだ。

Memo00082 しばらく街の中。遅れて並んだものだから身動きとれず3キロくらいまでゆっくりいく。

 10キロ過ぎるまで普段のマラソンペースに乗れず。おかげでたくさん写真を撮れた。

 ほとんど歩いてます。

Memo0009  工事中で道が狭まって渋滞。立ち止まりたたずむ人々。

 ふとみると目の前が高層アパート群。60階はあろうか。

 マラソンの人とのコントラストが異様。バットマンの未来都市みたい。

Memo00102

香港マラソン名物。サメの着ぐるみ。今年は全部で5人いた。サメを保護しよう。ふかひれを食べるのを止めよう。という活動のPR。前の小さな人以外後ろの4人は西洋人。

 沿道から「鯊魚ア~。鯊魚~!」と人気者。

Memo00132

4キロくらいから1時間前に出たハーフの人が折り返してくるのとすれ違い始める。しばらくこれが続く。

 結構みんなつらそうだ。

 知り合いはいないか、と見るが、まだまだ人が多くてよそ見してと去年みたいに転んでしまう。

P10203882 やっと5キロ。32分かかった。スタートロス2分弱を引いても30分。

 このあたりから右側の路側帯が空いているのでそちらを走る。

 この先で高架道路に上る。九龍から空港に行く海岸沿いの高架。

P10203922

6キロ過ぎ、最初のエイド。水とスポーツドリンク。ここまでずっと曇りで汗かかず。補給せずに過ぎる。

 気温20度くらいだろう。

去年このあたりで転倒。流血で病院送りとなる。見ると、普通のアスファルトよりもざらざらで、下し金みたい。ここで転んで皮がべりっとはがれたと思うと今更ながらぞっとする。

P10203932 左にコンテナヤード、右に山と斜面のアパート群を見ながらひたすら西に向かって進む。

 弱い追い風で走りやすい。

 すこしばらけてきてスピードが出始める。10キロ56分30秒。

 コンテナヤードを左に折れて青衣島方面へ。

Memo00172  長青トンネルに突入。トンネル手前からトンネルの終わりまでずっと緩やかに上っている。

 調子が出てきたし、周りに人が減ってきたからタッタッと気にせず走るも途中で少し疲れてきた。この時点で疲れるとは。ちょっと心配。

Memo00222 トンネルを抜けると大橋へ。ディズニーランド、空港へ続く橋。曇っているので景色が今ひとつ。

 高架から橋へと徐々に上り、橋の最高点は海抜100mくらいある。疲れるわけだ。

Memo00232 橋の第一折返し手前が15キロ。1時間21分。この5キロ25分半。上りが続いてスピードが落ちてきた。

 この先で隊長とすれ違う。あちらは快調なペースで飛ばしていた。

 

2009年2月 7日 (土)

香港へ

P10203742 2月8日の香港マラソンのため前日香港入り。節約して深圳から入る。直接香港にいく半分の航空費、往復約1400元。

 9時半上海発11時半深圳着で定時着き、さてどうやって香港へいこうか?。以前は羅湖からKCRしかなかったが今は福田KCRもあり。聞いたら湾仔行きバスがすぐ出ると。1時間半で100元。これに乗る。写真の豪華バス。

深圳湾で入境し、香港西部の橋を通る、元朗あたりを走って九龍へ。

 直通バス、と書いてあったが実際は深圳湾で降りて乗り換え。更に九龍機場快線駅でミニバスに乗り換えて湾仔へ。接続はよいがその都度荷物を持って降りる。

 別に急がないから成り行き任せ。1時間45分で湾仔についた。ここから地下鉄で天后。Victoria ParkでマラソンのチップやTシャツを受け取り。

P10203772 主催者から大会通知を提示するが、通知には2月6日午後受け取ること。と書いてあり。金曜にいけない。と大会本部にメールしたら、土曜でも可能だが、何時間も待っても責任とらないよ。などという不愉快な返事が来た。

 行って見るとこの通りがらがら。

 天気が良く公園は散歩の人、運動の人で賑わい。

この分だと明日も暑くなりそうだ。

 ホテルはスタート近くの中港城。バス亭を通りかかりみたらちょうど来たので乗り込み15時半ホテルへ。

 夜は数年ぶりに香港在住の人と会った。なんだか変わってなくてお互いに安心。

 

2009年2月 5日 (木)

夜間練習

 昨日立春。春節明け、今週は温かくなって走っている人が増えている。一昨日夜走ったら1号門と7号門に違うグループが集まって走っていた。7号門のほうは20人くらい。着替えを柵にぶら下げて走っている。

 若いからどうしても競ってきて、こちらを追い抜かそうとする。適当に譲るが次々にきてうるさい。2周くらいで止めていた。

 1号門は10人前後で、車2台で来て荷物を積んでいた。両方とも若い人たちで、1号門の人たちは香港人。速い人が3人ほどいる。女性で思い切り飛ばしている人も。香港人グループはウェアがちゃんとしている。

 ひ弱に見える香港人だが、ハイキングが好きなのでランナーも案外いる。残念ながら土地柄ジムで走ったりしている。今週末香港マラソン。

2009年2月 3日 (火)

回顧

 机を片付けていたら昔の上海マラソンの成績書が3枚出てきた。

P10203682  96年か97年のと99年のと04年の。最初のは単色で質素(手書き!)、99年のデザインは今見るとよくできている。スタート地点が皆違う。最初は人民広場。99年は上海体育場(万体)。04年は和平飯店の前。

 以前は気温が成績表に記載してある。96年13度、99年16.5度。04年はない。開催日はずっと11月だが、11月の中旬と下旬ではかなり気温が違う。ひどく寒くて震えながらスタートを待った年もあった。

 どれもタイムが悪い。96年4時間26分、99年4時間23分、04年4時間2分。こうみるとだんだん早くなってきている。01年ころから走る量が増えていて、やはりマラソンは練習量に比例する。

 最初のころは順位が出て、96年のは4時間26分で87位、99年は4時間23分で84位。とにかくフルの参加者が少なくて終盤前後誰もいなかった。10年で増えたものだ。

 

2009年2月 1日 (日)

調整ラン

 今朝起きたら曇りというより霞んでいて、思いのほか冷え込むようで。昨晩は早くから走ろう、と思って寝たが、どうにも気が乗らず。1時間くらいごろごろして7時45分出る。

 今日は日曜だが中国の役所はじめ公的には出勤日。ちょうど朝の通勤時で車や自転車が多い。張江あたりで何台も通勤バスが行き来していた。中には今朝帰省から帰った風で荷物をごろごろ運んでいる若い人も。その合間にいたるところで花火。昼間から打ち上げ花火をやる。無駄なことを。

 いやいや走り始めて数キロ。まあなんとか暖まってきて長く走る気になり。張江ー金橋ー世紀公園のコースにした。今日は一日なにもなし。

 足が少し重い。疲れとも違う感覚。それでも10キロ過ぎあたりから調子が出てきて、自然と足が前に出るようになった。先週、先々週と大会だったので足が週末になると長く走る、と記憶しているかのうよう。

 結局30キロ走る。走れるが足が重い。精神的な問題かもしれない。ともあれ来週の香港マラソンに向けて良い調整になった。

2009年1月29日 (木)

勝田マラソン③:ゴール後

月、火と仕事して帰りが遅く。日本に来ると飲み会が多くていつもこうなる。不景気といいながら帰りがけに一杯やる人でまだ店は満員。

1262_2  勝田の続き。ゴールしたら完走Tシャツをくれる。美津濃さんの長袖シャツ。

 ふと見ると目の前にニッシーが。彼も苦戦だったそうだ。

 水など飲んですぐに隣の完走証発行所へ。全体で1500位くらいと。日本の市民マラソンはレベルが高い。

 朝よりも気温が上がり、寒くない。ぼんやりゴールしてくる人をしばらく眺めて着替えに。

1272 荷物預けは体育館で、入るとプール際にずらりと並んでいて中学生(?)が運んでくれる。

 預かり代100円也。大きなゴミ袋なんで相当な量が入る。冬のマラソンはどうしても荷物が多くなるからありがたい。

 荷物もらったら帰りがけに牛乳を一本くれた。

 着替えてまたしばらくボーッとし、勝田駅へ歩く。15時46分始発上野行きに乗る。ランナーで一杯だ。

(感想)

・このレースは11時スタートで首都圏なら朝ゆうゆうと行けるから参加しやすい。反面、人が多くてレース前ごった返すからあまり遅いと荷物預けなどに手間取る。

・3回目の参加だが、記憶していたよりも坂が多い。工場が多い地域なので景色は期待できず。中盤から食べ物、飲み物を持っている人が大勢いて補給は十分。街をあげてのイベント。

・足全体の疲労、宮古島の影響が抜けず。走ろうとしてもスピードが出ない。最近いつも終盤ペースをあげるレースが多かったからギャップがつらかった。

2009年1月27日 (火)

勝田マラソン②

1182ハーフ通過1時間52分。スタートロスが3分だからネットで1時間49分。そろそろスピードを上げないと、とパワーを入れようとしたが全然空回り。

 このコースは基本的に平坦といっていいが、多少のアップダウンはある。上りでスローになる人が増えてきた。

1202

25キロの橋を上る。しっかし良い天気だ。こんな青空は上海にない。

 気温が低いまま。10度以下。ここまで全く飲まず。少しのどが渇いてきた。

 風が無くて本当によいコンデションだ。