書籍・雑誌

2015年5月23日 (土)

新宿鮫Ⅳ 無限人形

81tx8z77glABCDE5段階評価B。 

大沢在昌の新宿鮫シリーズ4作目で直木賞受賞作。 

新宿で新手の覚醒剤密売を追っていくと地方の顔役が浮上。やくざや麻薬取締官をの摩擦を潜り抜けるが恋人が人質になり、鮫島が地方に乗り込む。 

 新宿鮫は鮫島刑事の物語なので謎解きミステリーではなく、この作品も最初から犯人や関係者が詳しい紹介付きで出てきて、倒述物とまではいかないがストーリーの手の内が早いうちからわかっている。 

だから、こうなるだろう、と想像する方向に話が向いていく。
 これは大変なことだと思う。先が読めている物語は退屈だと読者が途中で巻を置いてしまう。

 それでも一気に読ませるのは、要は文章がうまいからとしか言いようがない。クラシック音楽の定番みたいなもの。みんなわかっているから演奏が下手だとすぐに飽きてしまう。  

香川家の動機がちょっと弱いのが難点だけど、そこをしつこく書いてもしょうがないのかもしれない。

2015年5月16日 (土)

ドゥームズデイ・ブック

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ABCDE5段階評価B+。

GWに読んだ長い本。1992年刊行。 

ちょうど日本を離れて仕事が忙しくていろんな情報から離れていたころ出た作品で最近知った。 

昔の字の小さいハードカバーで600ページなので今の文庫本にしたら多分1200ページくらいある。
アメリカの有名SFの賞を総なめしているけれど、SFというよりも少女の冒険物。
 

21世紀中盤のイギリスの女性大学院生がタイムマシンで14世紀に。マシンの設定間違いでペスト流行の真っただ中に降下して知り合った人が皆病死してしまう。かわいい5歳と12歳の少女も。

 時代迷子になった彼女を送り出し元の教授は助けられるか。折しもオックスフィードでも悪性インフルエンザが発生してバタバタと人が死んでゆく。タイムマシン技師も重態。 

 昔からタイムマシンモノに対して、今と違う世界に行ったら細菌やウイルスや空気や水の違いで現代人はイチコロで死んでしまうんではないだろうか?と思っていた。 

 この小説では14世紀に行くに当たり周到な準備をしていて、それでも主人公は思いがけない病気になるし、当時のイギリスは不潔で寒冷期で暖房がなく厳しい。 

 長い長い、連休向けの小説だけど一気に読ませる作者と訳者の力に感服します。決してSFではないんで普通の小説好きの人にもおススメ。 

 ストーリー上関係者に連絡がつかないことが大きな課題となるのだけど、このころまだ携帯もインターネットも初期なのでそういう設定になっている。タイムマシンがあるのに固定電話が唯一の通信手段。SFと技術発展のギャップは難しなと改めて感じる次第。

2012年7月28日 (土)

読書会

Dscn00182_2忘れないように週1回依然中国語の勉強をしてます。場所は大体スタバのオープンテーブル。

 元々通訳案内士試験とHSK用に始めて、試験は終わっても何もしないとよくないんで継続。昨秋は週2回やってました。

  1回1時間半で、1時間中国語の文章を読んで、30分予め自分で日本語を中国語に訳したのを添削してもらう。中国語は春からこの莫言の「酒国」、日本語はこのところ太宰治の「花火」という短編を翻訳。

  中国語の方は読書会みたいな形で、音読してわからないところや新奇な表現を議論する。

 1時間だといいところ15ページで、質問が多いと10ページくらいしか進まない。

 全300ページでやっと250ページまできました。

 莫言は中国で最もノーベル賞に近い作家、と言われてますが、確かに、この小説も20年前書かれたと思えない鋭い視点、描写、セリフで中国社会や中国人に切り込んでいます。

 上海時代に買って読み始めてすぐに放り出し、でも1回読んでおきたくて、一人だとめげるのでこういう形でなんとか。見たこともない漢字が続出でソンさんも毎回首を振ってますが。

 こういう独特な物語は、中国語に限らないんでしょうけど、日本語に翻訳するとどうしても印象が希薄になる。中国語はいわゆる汚い言葉が日常頻繁に使われるけど、これを訳そうにも日本語(標準語)にはそんな言葉がないんで無理。

 人が死んだり、死体を描写したり、吐いたり、血が吹き出たり、罵倒合戦、嘘の応酬。

 でも、とても秀逸な物語です。

2010年9月 7日 (火)

武侠小説鑑賞大典

久々明け方快晴、雲なし。
 普段走らない世紀大道のほうへ行き公園を逆回りして戻る。
 TRさんに会った。逆回りだと会う人がいつもとずいぶん違う。

 本の話。

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 何回も読んだ、といえば、この「武侠小説鑑賞大典:漓江出版社:主編=温子建」は表紙がとれてしまっている。武侠小説は日本で「カンフー小説」と訳されることが多い。個人的には時代劇、が近いと思うが、古龍みたいに時代設定しない作者もいる。

 金庸は武侠小説のことを、「武」があり、「侠」がなけてばいけない、といっている。金庸の作品となると、時代劇に留まらず、「手塚治+司馬遼太郎+筒井康隆+宮崎駿+・・・・」という日本にはない作風。

 1997年ー2000年ごろ武侠小説に熱中していて、当時買った本が本棚1.5個くらい占めている。その中でも「武侠小説鑑賞大典」は項目が充実して説明が客観的で簡潔。

 一種の辞書で、ただの字画順ではなく、武侠小説の歴史、作家、作品から、武侠の定義、武林述語、門派、主要事件、小説の人物、武功、武籍。ありとあらゆることが書いてある。約1100ページ。
 小説を読んでいてわからないことは大体この本で補えた。

 地方の出版社の本で、購入してからその後本屋で見かけたことがない。

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 最近この手の辞書が増えてきている。

「金庸鑑賞宝典」、「中国武侠小説名著大観」。

 内容豊富だが、評論的な文章が多くて調べるには向かない。

2010年8月26日 (木)

黒後家蜘蛛の会

 気温が下がったのを実感する朝。

 昨日午後の雷雨は雲が厚く、時間が長く、15時ごろで真っ暗状態。
 出張者に、「上海ってこういうのよくあるの、と聞かれた」。10年前はこんなのなかった。ここ数年車が増えて、エアコンが増えて、ヒートアイランドになっているんだと思う。

 過去読んだ本の話です。何回も読んだ、または読み返しそうな本をいくつか。

Imgp02992 アイザック・アシモフ作。ざっと本棚みて最初に目に付いたの。

 全6巻の推理小説です。最初に読んだのは大学生のとき。短編集なんで短いヒマがあるとき今でも読む。
 寝る前にゆっくり1話、とか読むのにちょうどいい。

 もともと大学のころアシモフの「銀河帝国の興亡(ファウンデーション)」を愛読していてその流れで読む。

 銀河帝国を読み返すことはないが、こちらは文科系人間にはやり取りが面白くて。

 今となっては知識のひけらかしが鼻につくが、開き直っているし、遊びの域なので許せる。。

 アシモフはもともと化学者だから理科系の人にもお勧めです。

 ただ、ヘンリーは化け物みたいで好きでない。。おかしな比較だけど、三国志の諸葛亮みたいな現実離れ。諸葛亮も好きになれない。

2008年8月18日 (月)

役立たず

 朝9キロ。それでも相変わらず汗びっしょり。走っている人が多い。昨日の女子マラソン見て刺激を受けたか?  

 そういえば先週は奥武蔵だったんだ。出張と重なったから参加できたなー。今年は涼しかったそうだ。

 このところ出張が多くて休みの日に出かけるのが億劫。昨日、一昨日と本を読んで暮らした。今日も流れで昔読んだ本を読み直し。「原始仏教」(中村元著)と同じ訳者の「ブッダのことば(スッタニパータ)」。両方ともずいぶん前に読んだ。「ブッダのことば」の方を先に読んだはずだが、なんだか当たり前のことを仰々しく言っているような。腑に落ちない読後感だった。「原始仏教」は素人向けの解説だからなるほどと読んだ気がする。これも10年ぶりくらい。年をとると、仏教とか、老荘とかに関心が向く、というのがようやくわかるようになってきたかも。この年になっても当たり前のことができない自分に気がついて。

 「センセイの鞄」(川上弘美著)。最近の作家の本はいつも後回しになって読まない。なんとなく立ち読みしたこの人は読みやすそうだから買って読んだのが始まり。魔術的言葉使いかもしれない。それが自然に出てくるような。こういう人が天才肌なんだろう。

 「東海道を歩く」。山と渓谷社の「歩くシリーズ」。この本を持って東海道を日本橋から京都の三条大橋まで歩いたのが2002年ー2003年。2003年の1月1日に三条大橋にたどり着いた。最終日大津を出発して山科を越えて10時前に着いた。幸い暖かい日で気持ちよかったのを憶えている。そのまま平安神宮に初詣。地図をみると当時を思い出す。またやりたい。

 どうも、こういう役に立たない本が好きなようだ。読んだら得になるとか、ためになる、とか、自慢できる、とか。そういう本は昔からよまない。そういう本は仕事としてなら読む。でも休みの日に役に立たない本に読みふけるとだんだん気持ちが落ち着いてくる。 

 

2008年7月19日 (土)

倚天屠龍記2008(2)

 今朝早めに25キロ走る。張江から申江路のいつものルート。18キロくらいまではトコトコ淡々と走れたが、その後急に疲れが出てきた。頭の方はもうちょっと走ろう、と言ってるのだが、体がどうしてもいやっと言って止めにした。

 台風が近づいているから南西の風が強く、向かい風になると涼しい。その後雲が出てきて天気が崩れ気味。

 お休みしていた「倚天屠龍記」の感想。

 この本は5つの挿話がつながって構成されている。

0郭襄、覚遠、張君宝が少林寺で巻き起こす騒動。

1それから数十年後武当派の隆盛と白鷹教の出現、倚天剣をめぐる争いから張翠山と殷素素が自決するまで。

2孤児になった張無忌が苦難の道を歩みながらも成長して武術と医学を会得し、六大門派から明教を救い教主になるまで。

3趙敏が登場し、豪傑たちを次々と打ち破り、万安寺の戦いの後張無忌に引かれる。その後張無忌と女性達が霊蛇島に集まり、最後小昭が去る。

4趙敏失踪、屠龍刀消失、殷離殺害、の謎が発生。話は大きく展開し少林寺の戦いから元末反乱になり結末。

 だんだんとつまらなくなってゆく。0は別として、1が話として一番良くできているしまとまりがある。その次が2。3からスケールがでかく、登場人物が多くなり、正邪の別がいろんな観点からされ複雑になる。でも引き込まれるものがない。

 登場人物に問題がある。人が多すぎて個性がなくなってしまう。張無忌はわざと没個性な人物造形にしてあるのでしょうがないとして、その他も善が善らしくないし、悪はどうしようもなく悪ではない。皆成り行きで悪にも善にも転んでいる。

 実在の人間はそうとはいえ、武侠小説ではもっと単純な人物でないと存在感がなさ過ぎる。1が面白いのは張翠山と殷素素が太く短く生きるから。殷素素は裏表あり、張翠山はまともすぎるから長く登場すると普通の人たちになってしまいそう。早々舞台から姿を消すことで強い印象を与える。

 同じようにいくつかのエピソードが積み重なる「天龍八部」はやはり人物が沢山登場するが個性がはっきりしている。

 この小説は全体として、明教を正とし、六大門派などが邪に堕する姿を描くことで正邪は相対的なものであると語っている。となると人物も絶対的でなく相対的になるのは必然か。

 それにしてもどうにも不完全燃焼間がある。悪の化身、成昆でさえ、ただの失恋の恨みから一生過大な妄想を抱いた哀れなじいさんにしか読めなかった。

2008年7月15日 (火)

ファンタジー

 からっきしファンタジー系の本を読まなくなった。なんだかこう。尽きたような。

 自分で思うファンタジー系は。

1.アシモフのファンデーションシリーズとロボットシリーズ

2.シモンズのハイペリオン物。これだけ読んでれば他の本読まなくてもいいのでは?

3.あえて後に置く金庸全集

4.ドストエフスキーの全小説:ドストエフスキー読んで不登校になる人などいるものか。

5.コナン・ドイルのホームズ物。子供が大好きな話。

6.やっぱりラブクラフトでしょう。それしかない。

 1,2,3,4,6は全部宗教の代わり。ラブクラフトは無宗教の王様だから5は大人の童話かな。こういう夢いっぱい、どこまでも尽きないお話があるのに。なんでみんなお助け宗教にはまるのか?

 ドストエフスキーでも、ハイペリオンでも、困ったとき、迷ったとき、考え込んだとき。開いて読むと晴れ晴れとする。こういう物語に親しんだおかげでもったいぶった宗教家の話を聞くとあんまりにも話が浅くておやおやとおもう。この話に出てこないことをいえる人なんているはずがない。そこそこの年で。

 このシリーズのうち5つは不思議と全部外国の物語だ。古い本ばかりだし。日本の本で付け加えるとする水木しげるとと宮本常一かな。

2008年6月24日 (火)

倚天屠龍記2008(1)

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2月から断続的に読んでいた「倚天屠龍記」がやっと終わった。中断もあったが3ヶ月以上かかっている。今回で2回目。前回も2ヶ月近くかけている。前回は1998年だと思う。10年前か。

 この物語、一般的には取り上げられることが少ないようだ。手元ある金庸の解説本をみても「天龍八部」、「笑傲江湖」、「神鵰侠侶」、「射鵰英雄伝」、「鹿鼎記」について書いてある本は多いが、金庸概説本以外の随筆系の解説本にはほとんど出てこない。もちろんテレビドラマ化されているし、射鵰三部作の最終部として欠かせないもの。

 一回目読んだとき正直筋書きがよくわかっていなかった。ひどいのは「九陰神経」と「九陽神経」をごっちゃにしていたこと。かなり読んでからやっと気がついた。今回読見直してやっとコメントできる気がする。

Cimg49662 読んだのは前回と同じ三聯書店版。4冊で76元。今回活字が薄いところや曲がっているところが多い所に気がついた。これも海賊版かもしれない。多分上海の淮海西路の三聯書店で買ったのだと思うが。

 挿絵は射鵰、神鵰と同じ人。いかにも武侠小説の挿絵、といったところ。金庸の文章は単語は難しいがじっくり読めばちゃんとわかるようになっている。紛らわしい表現や極度に内面的な心理状態を記述したりしないのでストーリー展開に向いている。

  

2008年3月 2日 (日)

「2007年の笑傲江湖」(4)

 昨日16キロ。今朝24キロ走った。膝下の違和感は相変わらず。右胸の張りはほぼよくなった。走るスピードや走ることへの怪我の影響はもうない。1週間前散歩を始めたことを思うとよくなったものだ。

 しかし、傷口の中の皮膚の下が全体に腫れている。どうも患部の傷口はふさがったものの、皮膚、肉の痛んだ部分が老廃物として残り、これを除去しようとしているようだ。長く走ったせいで炎症が激しくなったらしい。膝をつくとぐにゃっとなるほど腫れている。痛くはないので自然に治るだろうが熱を持っているので冷やしてみる。ラン再開が早すぎたか。なかなか完治は簡単ではない。

 さて、「笑傲江湖」。長い物語も4巻で終わり。それにしても。東方不敗はなんだったのか。ここまでにいろいろなプロットが考えられるだろうし、もっともっと話を続けられるだろうに。こんな風に片付けてしまうとは。全体にいえることだが、唐突なストーリーが多い。途中で気が変わった。みたいな急転直下がしばしばでてくる。舌足らずだったりつじつまが合わなかったり。任我行のことを東方不敗は隠し通したのか。どうしたのか。盈盈と東方不敗もどうも不自然。盈盈は父の失踪をどう理解していたのか。戦闘力でいったら金庸小説登場人物でも一二を争う強豪であろう東方不敗をほとんど戦闘させずに話を終わらせてしまう。この中途半端さが逆に後々批評の余地を残していて伝説を生むことになるのだろうが。

 次は嵩山での武術大会。これは大体予想される顔ぶれ、成り行き。ここらあたりで大体の謎や秘密がわかってくる。相変わらず左冷禅が一番人望があるのか次々に仲間が現れる。他の人たちはいい悪いにかかわらず一人が多い。君子のはずの岳不群に仲間や助太刀がいないことは最初から変だと思った。華山を逃げ出す時も特に行くあてがない。彼の紹介からするとおかしくないか。

 林平之と岳霊珊の話に決着がつく。林平之もまたユニークというか。本性はどうあれ最初と最後でこんなに変わる人も少ない。岳霊珊はどこが気に入ったのか。労徳諾が出てきてここも話のつじつまを合わせる。その後出てくる寧中則といい、親子そろって怪物に嫁いだもので、その正体に気づいていた節もあるのだがどうしようもない、という風になってしまっている。この寧中則の最後の場面、全く忘れていた。1回目読んだ時インパクトがなかったのだろう。

 話はどんどん進んで儀琳の母が出てきて、これはこれでつじつまあわせのつもりなのだろうが、別にこの人がいなくても話は進む。キャラクターも面白くなく、何であんなに強いのか来歴がわからず。

 最後に全員のエピソードに結末をつけて話が終わる。

 何度もいうが、この物語は、他長編の射鵰三部作や「天龍八部」に比べて物語の構成が簡単で、時として雑で、登場人物が少なくて出てくる人の必然性が薄い人も多い。よく考えずに書いたように思える。ではつまらないか、評価しないか、というとそうではない。個人的には金庸の小説の中でこれが一番面白いと思う。舌足らずがかえって批評を呼び、巷の本書に対する評価はかなり高いし、金庸ベスト投票をしたらベスト3に入るだろう。

温瑞安は本書をNo.1に挙げている。その理由として、①金庸後期の作品でこなれている②登場人物が少なくストーリーがノビノビしている③戦闘シーンが大小多くバラエティに富んでいる④主人公の性格設定が画期的⑤最後に、初めて読んだときから夢中になった。

温瑞安の「笑傲江湖」論は160ページ以上にも及ぶ労作で、必読といえる。

 理由のひとつは主人公が人間らしいところ。郭靖は昔ながらのステレオタイプの正義感で頭の中は単純。楊過は複雑でもあり非人間的でもあり。第一笑わない。張無忌はかなり人間に近づいているがやることが幼稚で、あれだけの経験があれば普通もっと考えるだろう。段誉はいい。でも恋愛以外の性格があまり出てこない。令弧沖は内面までよく書かれている。武侠小説、で「小説」のほうに力点を入れている。だから笑わせてくれるシーンが多い。構成がゆったりしているだけに会話を楽しむゆとりがあり、言葉遊びがふんだんにでてくる。それまでの長編はストーリー展開に忙しすぎるきらいがある。この次が「鹿鼎記」であることを思うと、金庸は「笑傲江湖」で遊びの実験を試みて、それを「鹿鼎記」につなげている。主人公を神的無敵にしなかったのも韋小宝へのつなぎかもしれない。

 時代背景無い長編は唯一。執筆された時勢から共産党を念頭に書かれた、とはよく言われるところ。劉正風一家が殺される場面。東方不敗と任我行への手下の卑屈な様子。裏の裏がある人間関係。文革当時の様子がそのまま描写されている。

 個人的に本の良し悪しの基準のひとつに再読に耐えるか、を据えている。この物語は全体構成ではなく、個々のエピソードのそのまた細部のやり取りが面白くて仕方がない。短編小説をつないだような。だからつじつまが合わないところがあるのかもしれない。通読しても拾い読みしても、再読に耐えるという点ではちょっと真似のできない芸だと思う。

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