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2009年5月

2009年5月31日 (日)

興城②

今日は日曜だが振り替え出勤日。朝16キロほど走る。まあまあ。

 休みになるとなんとなく旅に出るようになったのは40過ぎてから。マラソンだったり、中国内の探訪だったり。若い頃は旅などしなかったのに。

P10306562  北の方はまだまだ馬やロバが生活に根付いている。

 街道を走る車を気にせず重い荷物を引いていたるところで活躍。

 平遥のロバは汲み取りをしていたが、ここでは石炭を配達していた。この季節だから暖房ではなく煮炊きだろう。

P10306572

頑健な馬だ。後ろの引き車には石炭が満載。

 おじいさんが路地に石炭を届けている間おとなしく待っていたが、じろじろみて写真など撮ったら照れたのか、怪しんだのか足を踏み鳴らして暴れ始めた。

すいませんでしたP10306372

城壁の中に高い建物が無い。平屋の民家ばかり。

 どこの家も煙突が立ち、オンドルがある。

それにしても人が歩いていない物静かな路地だった。

 観光地になりきれない中途半端な風情がいいような、さびしいような独特の街だった。

きっと冬場にくるともっと縮こまった風景なんだろう。

P10305972_2 

文廟の桐の大木。12年前大風が吹いて老木が倒れた。翌年、倒れた木の腹を根にして枝が新しい木として葉をつけ、その後すくすくと育っている。

 死に臨んだ人が子供を抱えてに必死で腕を伸ばしている姿にも見える。

 それに応えるように枝葉がまっすぐ元気に次代を担う。

 まさに生きている。

 東北人を象徴するかのような粘り強い。転んでも諦めない。生命力に感動せざるを得ない。

こういう驚きのために旅をしている。

 とはいいすすぎか。

だが、地方の人たちの黙々と着実に暮らしている様をみると、都会の愚痴っぽい習俗が浅薄に思えてくる。

興城へ

P10305562 29日朝上海から錦州へ。ゼンゼンがらがらのフライト。B737でざっとみて40人いない。キャンセルになるわけだ。

 2時間近く乗って着いた錦州空港は。。。

田舎の駅よりも寂れている。一日3便しかない。よくある軍用空港で建物が迷彩色で塗られている。

 空港周辺は出向かえの人とタクシーだけ。荒野の空港。良い天気だ。

 深呼吸して気持ちを整え。さて。タクシーと値段交渉。興城まで80キロくらい。高速を使うし、まあ150元では無理だろう。

 時間がないから街にいってバス、というわけにはいかない。

 人品よさそうな小柄なおにいさんに声を掛ける。200元と。まあ、いいかな、と思うが雑談風に値切り190元になった。

 で、乗りこんだら別の車のところに。「あっちの弟の車の方が大きくて遠距離向きだから乗り換えてくれ。」弟は兄(?)と違ってごつくて精悍な顔立ち。なんだか騙された気もしたが仕方ない。

 乗って途中話したとろこでは良い感じの青年だった。「日本人?近頃は日本人も中国語話すのか?」。「適当に。」「じゃあサービスしてスピード出すからシートベルトしてくれ。

 前後車のいない高速を120キロでぶっ飛ばしP10305602 て45分で到着。怖っ。

高速を下りてすぐが興城の街だった。小さい街だ。

 ものの本では興城の古城壁は西安、平遥、荊州と並ぶ保存状態だと。

 一見して門が小さい。これだと寿県の方が遥かに立派だ。

 手前左が甕城の一部で、前のところが取り壊されている。

P10305652

城の外側がレンガ、内側が石を積んである。内側の石は新しい。修復した後がいたるところでみられる。

 塀沿いに歩くと、「壁崩壊危険。近づくな」という注意があったり、工事中の場所が4-5箇所あったり。保存に苦労している様子だ。

 壁の高さ6-7mで城壁としては小ぶり。

 このお城は明末の英雄袁崇煥の奮戦で名高い「寧遠大勝利」の舞台。

 この戦いは瀕死の明が満州族に勝った唯一の戦いで、袁崇煥は中国では民族英雄。

 それにしてもこんな小さな城で?首を傾げる。

P10305712 城壁としては小さい。一辺1キロない。

 真ん中に立派な鐘鼓楼が残っている。これは250年前に再建されたもの。

 これは珍しい。鐘鼓楼が城壁と一緒にきちんと残っているのは平遥とここでした見たことが無い。

 骨董品が箱とセットであるようなもの。

 上部は木製。土台の石組みががっしりしている。

P10306162 南門。小さいから歩いてすぐに端に突き当たる。

 門内は意図的に飲食店を設けていないようだ。麺、饅頭の店すらない。なぜか?代わりにみやげ物屋さん風の店が表通りの軒を連ねてる。

門から出ると屋台がところ狭しと並び、なぜかイカの焼いたのを売っている。

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 袁は袁崇煥。金庸が好きな人なら日本人でもああ、と思うか。

 南方の町に比べると人が少ない。観光客は連休でそこそこ来ているが、地方都市にいくと子供がそこらじゅうで遊んでいる。ここはそんな風ではない。

P10306462 北門からみた甕城と郊外。北側は何も無い、ただの畑や空き地が広がるのみ。

 冬は寒いだろうな。

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城壁の上が整備されていて歩ける。1周歩いて回れる。

 本当は25元だが取るのだが、上ったところは人がおらず。下りたところは窓口の人が昼寝をしていた。切符は買っておいたが。

 P10306492 歩いているひとなど誰もおらず。天気もいいし回っていくが工事が多い。

工事中の上の方はこうなっている。休みの日で作業者おらず。誰もさえぎらないが歩きにくい。

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工事中の内側。石と石の間にしっくいみたいにセメントを塗っているようだ。

 内側の石は新しいし、最近修復したものといみえる。

 1周するのに1時間かからない。

   

2009年5月30日 (土)

失敗旅行

 29日ー30日に遼寧省ー北京と旅行した。もともと28日ー30日の連休でいくところが出発前日になって、28日のフライトがキャンセル(乗客が少ないから、らしい)。29日に。3日の予定を無理矢理2日にしたら乗り物に乗っているばかりの旅になってしまった。大失敗。

 遼寧省といえば、瀋陽、大連、あるいは北朝鮮国境の丹東が日本人だと思い浮かぶが、今回は「地球の歩き方」なんかには全く触れられていない遼西回廊。錦州ー葫蘆島ー興城(目的地)。ここから北京まで400キロ!何とかなるだろうと華東を旅行する気分で適当に行ったら、なんとも交通が不便。一泊二日は土台無理な行程だった。

 興城から100キロで河北省に入り、山海関ー秦皇島ー北戴河ー唐山と観光地を過ぎるが全部素通りした。

P10305762  詳しくは別途として、葫蘆島市って日本語に訳すと「ひょうたん島市」だ。

 そういうキャッチフレーズつけて日本人観光客を誘致してはどうだろう。

 葫蘆島の隣、興城でもひょうたんをたくさん売っていた。ひょうたん笛なんかもあり。

 30日夕方上海に戻り家の周りを少し走る。29日一日休んでずいぶん足が軽くなった。良い気持ちで走っていると若いあんちゃんがにわか走りのフォームで抜いていく。こちらも抜き返して競争になり疲れた。

2009年5月28日 (木)

お休み

 端午節のお休み。会社により3連休、4連休もあれば飛び石連休もあり。有給取って4連休にするひとも多く。

 もともと今日から旅行のはずが、一昨日旅行会社から連絡があり、フライトキャンセル。一日ずれた。僻地なのでフライト一日に一本。仕方なく今日はただの休みに。 

 いつも通り5時に起きて走ろうとしたらやる気が出ない。昨日焼肉食べ放題、飲み放題でたらふく食べ、心行くまで飲んだせいか怠け者モード。何も予定がないとこんな風になってしまう。

 2度寝したらもう8時半。10時間くらい寝た。こんなに疲れていたのか?

 P10305532 部屋の片付けやなんやのんびりすごして外をみると暑そう。昼までうだうだして15時から20キロほど走る。

 祝日とあって公園はにぎやか。花盛りの風情。

 16時半ごろから走る人が出てきた。

 夏場のレース、と立山登山マラニックに参加しようと案内みたらもう申し込みが定員オーバー。一度は参加したい、と思いつつかなわない。9月はいいとして10月の大会どうしようか。思案中。

2009年5月27日 (水)

 朝張江のほうへ行く。出掛けは半袖で肌寒いほどだが、直射日光に当たると皮膚温がどんどんあがる。今日は走っている人少なし。羅山路の高架道路がものすごいスピードでできつつある。 P10305522

明日は端午の節句。街中で粽が出回り、店で売っているし、ぶら下げている人も多い。

 とはいえ月餅みたいに商魂丸出し、というものではなし。

 知り合いから自家製の粽をもらった。お母さんが作ったと。材料、見かけは市販のものと同じ。味は薄味で食べやすかった。

 上海でも50歳くらいから上の人は料理をするようだ。

2009年5月26日 (火)

 朝10キロほど走る。今朝は誰にも会わなかった。ジョグ、散歩の中国人がこのごろにわかに増えている。後ろ向きで歩く人がいたりして走りにくい。

 左足指の上部が腫れている。昨日朝気がついた。ネイチャーで痛めたのと近い部位だが、今回は人差し指が少し痛い。

 靴が合っていない。今年前半のレース用に買ったもので(ミズノ)、600キロくらいは履いているが馴染んでくれない。ネイチャーはこの靴でひどい目にあった。履き心地がいいのでとても不思議なのだが、内側の生地が足の皮膚と相性が悪いみたいだ。

 中国にいるとぴったりする靴を探すのが簡単でない。ウルトラの靴は軽くて底が厚い、とか、コースによってはトレイルに対応して滑らない、走っているうちに足が腫れるから予め大きめのサイズにするとか、普通のロードレースと違う注文がついてしまう。長時間履き続けるから合わないとどんどん靴擦れが激しくなるし。どうしても合っている古い靴をいつまでも履き続けることになる。

 

2009年5月25日 (月)

 朝10キロほど走る。太腿筋肉痛あるが普通のスピードだと走れる。ダッシュしたらきつかった。赤いTシャツのTさんのみ見かける。

 昨日は終わったら走って歩いて10分くらいで帰宅。ゴールからこんなに簡単に帰れるマラソン初めてでうれしかった。風呂に入り体重みたら60キロ切っている。水はがぶがぶ飲んだが途中アンパン一つとバナナ一房しか食べてない。

 部屋で休んでいたら寒くなってきた。エネルギー切れか。服を着込む。

 で、夜食事したら今度は熱くなってきた。体が熱を持ってほてってしょうがない。今度は服を脱ぐ。エネルギー補給された体がダメージ修復のために火を燃やしているのを実感する。

 夏場の長丁場は内臓負担が大きいからしばらくこの火照りが収まらない。初めてウルトラ走った時、体が熱くて夜寝られなかった。

 当分大会なし。20周も走って世紀公園はもう飽きた感じ。どこか山に行って走りたい。

 

2009年5月24日 (日)

第一回上海ウルトラマラソン②

 事件:1号門植え込みの陰に隠しておいた荷物が全部なくなった。ペットボトルの水まで。

 自分は上着、薬系、食べ物、飲み物、シート、など。一番痛かったのがサンプルのポロシャツ2枚。あればUさんにあげられたのに。幸い貴重品は持っていた。

 被害がひどいのが隊長で、バッグにいろいろ入っていた。

 その前の周回、35キロ時点すでになかったように思う。 多分隠すのを見ていた人だろう。補給物がなくなり急に気力が萎えてきた。しばらくみんなで鳩首。

 やめてもいいかな、と思っていたらNシーに「ウルトラランナーは諦めないんですよね」と先手を打たれた。しょうがない。コースに戻る。

 コンビニで水買う。ここでみんなとはぐれしばらく一人旅

 アクシデントはあったが調子は悪くない。10周=50キロ=半分終わる。5時間25分くらいかかっている。途中鳩首もあり、まあこんなもんか。

 喉が渇いたからコンビニでコーラ買ってきて飲む。など休みをいれてあとはずっと隊長と走った。

 11周ー13周は30分以内でカバーした。みなさんも大頑張りで、30キロ、40キロ走り自己記録の人が続出。みんなどうしちゃったんだろう。すごい。暑いのに。

 先に上がった人が水を買ってきてくれるようになった。皆さん励ましてくれてエイド状態になりしばし御歓談。Iさん御夫妻帰りがけに差し入れをいただいた。

 14周70キロ。いつもどおりこのあたりが一番しんどい。筋肉はたいしたことないが、いつもの足裏痛が始まった。気にしなければなんとかなるんだが、そうもいかず。

 隊長は絶好調。いままで42キロ以上走ったことないそうで、この自分の70キロが隊長の42キロ。「未知の距離」と大喜び。こちらの苦境と大違い。

 だんだんスピードが落ちて35分くらいかかるようになった。10時過ぎて猛暑モード。途中水を買いに入ったりするし。ペットボトル1本丸呑みしてしまう。

 隊長にどこまで走るの?と聞いたら、100キロまでつきあってくれると。みなさんサポートしてくれている人もゴール見届ける人がいると。これは。もう止められない。

 80キロ11時30分。さすがにみなさんお腹が空いてきて(30キロくらい走っている)食事にでかけた。道行くおばさんが、何周目なの?と聞くから17周目、と答えたら絶句してた。

 相変わらずスピード上がらず、足裏が痛い。でも同行の隊長がいろいろ話してくれて気がまぎれる。1人だととても持ちそうにない。

 90キロ。あと10キロと思うと少しやる気が。最後1周になったらみんな戻ってきていた。足の調子を探る。ああーあ。まだ力が残っている。いつもながら楽をしようと全力を出さずに走ってきたことがはっきりして猛烈に腹が立ってきた。

 狂ったようにペースを上げる。つるかな?と思うがそこまではいかない。最後1周は25分切って一番良いラップだった。

 フィニッシュ!ちょうど11時間少し切るくらいだ。ああ。疲れた。

P10305492

ビール片手にショット。みなさん暑いのに遅くまでありがとうございます。

 「第一回上海ウルトラマラソン」終了。隊長72キロ、Nシー50キロ、Iさん45キロなど。自己記録の人が多数。

 記念すべき日になりました。

第一回上海ウルトラマラソン①

先週火曜日に、

第一回上海ウルトラマラソン」

5月24日(日) @世紀公園

距離:100キロ(20周)

参加者:(今のところ)1人

というメールを大阪ウルトラ参加者&断念者に打ち。

 大阪に向けてせっかくコンデション整えたんだから、と1人で周るつもりで。返事がないから誰も来ないだろう、と。勝手に思っていた。

P10305412 2時前に起きて食事、荷物確認し歩いて世紀公園へゆく。草木も眠る丑三つ時。コンビニは当然、マッサージ店もちらほらまだ空いている。四つ角の屋台片付け。

 ちょっと寒い。荷物を1号門のところに置いてさて2時45分スタート。

 掃除の人すらいない静かな世紀公園周回。

 足の調子はいいから流して走ってもまあまあだろう、と適当に1周したら32分かかった。あれ?28分くらいで行きたいんだが。

2周目も32分。トイレにも行くしはかどらない。少し気合を入れて30分にした。あとは28分ー30分でずっと走る。

 誰も来ないと思っていたらなんとみなさん大乗りで朝早くから集合してきた。一番は金橋のKさん。3時半に来ていたそうだ。同じ方向でしばらくあわず。

P10305462  静安寺のIさん4時半着。しばらく御一緒。

 5時には大きな太陽が昇る。

 5時過ぎNシーがHさんと現れた。古北から走ってきたと。それも南浦大橋を越えて。エエ?みなさん、真似をしてはいけません。南浦大橋は歩行者通行禁止です。

 隊長登場。続いてIさん御夫妻。サンデーさん(ご出張中)。自転車のTさん。よく見るとみんなランナーズだ。

 ついにチームアジア代表のSKさん登場。猛スパートで追いかけ始めた。

TARC最俊足ランナーKさんに自転車から励まされる。

 朝方涼しくて気持ちがいい。40キロまで隊長と走る。

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 7時に撮った集合写真。普段は8時集合なのにこの時間でこんなに人が来ていた。

 うーむ。実は、暑くなりそうだし、しんどくなったら途中で逃げようか、と内心思っていたのだが、これではそうも行かない。  

 困ったな。

 実は本当に困ったことがこのとき後ろの方で起きていた。

2009年5月23日 (土)

準備

 朝からゴルフ。このところ気候がいいので時々誘われる。来週の端午節3連休は平日扱いのゴルフ場もあり、料金が安いので皆さんでかけるようだ。

 朝から曇りで風がなく、ゴルフにいい日和。日が差さず暑くもない。この天気だと明日も走りやすそうだ。と、天気予報では明日は天気が回復して晴れ、照りつけるそうだ。大阪の方はどうか。意外にも雨模様。

 予定通りならばとっくに大阪について今頃夕食の相談をみなさんとしている時間。仕方がないから代わりの明日のランニングの準備を少しはしてみる。飲み物は水だけでいいでしょう。途中塩を舐めれば。多少は食べるものを用意。甘いものを少し。パンなんかは直前にコンビニで買うか。

 服装は真夏の格好で最初からいけそうだ。あとは何時から始めるか。起きれたら2時くらい。

 足の調子?ゴルフしてたら左足足底筋が痛んできた。こいつは本当に気まぐれだ。長いのを走ってすぐは他の痛みの陰に隠れている。しばらくして体調が普通になるとぶり返したりする。前回の萩では気にならなかったのになぜ今頃になって?

2009年5月22日 (金)

キャンセル

 日差しが強い。6時半くらいから急にかんかん照りになった。この時期ウルトラは暑さとの戦い(戯れ)。エイドごとに頭から水を被りながら先を急ぐ、というパターン。

 インフルエンザの影響で5月24日の「水都大阪100キロ」断念することにした。時期と場所が悪すぎて。第一回だから出たかったんだが。

 上海にいると時々アクシデントでマラソンDNS、DNFになってしまう。3年前奥武蔵の時大台風が来て上海の飛行機が全部飛ばず、諦めた。去年の野辺山は出たものの仕事で急用ができて40キロで止めた。

 怪我で雁坂峠行かなかったこともあったなあ。怪我なら諦めもつくんだが。

 せっかくコンデション作ってきたから大阪と同じ24日に世紀公園周りを1人で多めに走ることにした。目標20周100キロ。朝3時ごろスタートしようと思っていたが、この陽射しでは。もっと早くしようか。

 

2009年5月21日 (木)

ゾンビ

 今朝雨が止んで湿気が高い。また金橋の方へゆく。羅山路の工事場所が毎日変わり渡るのがめんどうくさい。あと3ヶ月くらいかかりそうだ。

 戻って世紀公園周囲を1周。わかいあんちゃんが一杯走ってる。昨日雨だったから今日気合が入っている、という雰囲気があった。知り合いに誰も会わなかった。

 調子はまあまあだ。ここ1ヶ月ネイチャー、萩と足を使ってきて、やっと元に戻り。そろそろまた酷使してくれ、と足が言い始めている。

 インフルエンザからみで毎朝体温を測っている。会社に電子体温計があり、入り口で測る。これがいい加減?毎日毎日35.0-35.3度しかない。

 もともと、これも多分マラソンの影響で体温は低め。熱中症、って体温上昇が暴走して抑えられなくなるもの。真夏になると30何度のウルトラ、というのに出たりするので熱中症対策で自然に基礎体温が低くなってしまった、という具合。

 それにしても低い。

 で、昨日訪問した会社は門で守衛が赤外線遠隔体温計を額にあてて測る。空港で見かける奴。31.4度。と来客登記に併記で書き込んでいる。これでは高熱者もパスだろう。測りなおすか機械をチェックしろよ、と言いたい。31度なんてゾンビみたいだ。

2009年5月20日 (水)

変化

 杭州へ日帰りで出張。朝早く出て走らず。車に乗っていたらちょうどKさんが走っているのに通りがかった。朝は雨。浦東はあの時間結構降っていた。

P10305352 杭州も雨。朝方街のなかがやたらと混んでいた。上海よりもひどい渋滞だ。このままだと早晩身動きが取れなくなりそう。

 目的地の工場周辺。以前は町外れで目立っていたが、久々訪問してみたらこんな風にビルが立ち並んで工場の建屋が見えないほど。いつの間にか高級アパート群がそびえる地域になった。

 中国中どこもかしこもこうなりつつある。

 そうそう。杭州市内だけでなく、上海から杭州に抜ける高速が工事中でどこをどういっても大渋滞。行きは車、帰りは電車。当分杭州は電車で行った方がよさそう。1時間15分で上海南駅に着く。

 

2009年5月19日 (火)

いい感じ

P10305292 4時40分から金橋、張江へ20キロほど走る。絶好調。

 いつも通り走る前後飲まず食わず。禅宗の坊さんみたいだ。

 5時半でこの日の高さ。人のいない道の真ん中でふーん、と見とれていたら曲がってきた電動バイクと衝突しそうになった。

 このあと世紀公園の周回で外を走っていた自転車の白人さんがバイクのおじさんと接触。言葉が通じないからパントマイムの喧嘩をしてた。

はhhhh。

 荷物整理で10年前の手帳を読む。カート・ヴォネガットをこのころ読んでいたんだ。

「ふつう人が誰それをよく知っているとか、あまり知らないとかいうのはそれは、秘密を話してもらっているかどうかということでしょ。」(猫のゆりかご)

 なんかいい。本棚のをぺらぺらみると、翻訳者が優れていたんだ、と改めて気がついた。なんだかんだいって英文学の翻訳者は層が厚い。仕方ないか。 

2009年5月18日 (月)

変化

 昨晩湘菜を食べに行った。日本から来た人と食事だったがまださほど検疫は厳しくなかったらしい。今日から日本便は機内検疫が始まり飛行機から出るのが10分くらい遅くなっているとの連絡。

 辛いものを食べて翌朝走るとおなかが下ってくる。久々だったんでこれを忘れていて走り始めて気がつき。あらあら。どうしようか。苦しくなったり収まったりを繰り返して帰ろうか帰るまいか。だめそうだから家の近くに行って、大丈夫そうだとまた走る。なんやかんだで12キロくらい。

 昨日久々に街の中に出た。どこもきれいになって歩いていると楽しい。人は多いが。

 お昼にヤオハンのあたりへ。地下の食料品売り場、あんな日本のお惣菜買う人いるんだろうか。

 夜は食事前に衡山路駅そばのレストラン、バーがあるあたりをぶらぶら散歩。やっぱりこの辺を歩いているお姉さん、お兄さんは浦東と違う。

 浦東のうちのあたりは郊外ベットタウンみたいなもんだから。ファミリースタイルの人ばかり。

 街の中はにいくと違う。そりゃ昔から格好つけている若い子は一杯いたけど、服に着られて似合っていなかった。近頃の子達は着こなしがいいというか、自然に身につけている。顔がツルンとしてにきびもなくてすべすべ。

 こういうの、半年単位くらいで劇的に変わってきている。女の子の化粧もうまくなってきたし。あと3年くらいすると日本や香港なんかと変わらなくなりそうだ。日中の距離感がどんどん近くなっている。

 そういえば、ヤオハンの地下、青森のりんごとか買っているひとがいた。もう値段じゃない、という中国人がたくさんいる。

  

2009年5月17日 (日)

送別会

P10305263_2  昨晩走る仲間の送別会。3月たくさん帰国したと思ったら今月末も3人帰る。Uさんみたいに急遽帰る人もおり。不景気の影響あり、今後も帰る人が例年より多そう。そういう自分はどうなんだろう。

 海外暮らし、それも中国だと永住する日本人は少ないからいずれは別れる時がくる。

 幸い、新加入の人が5人おり、全体では減っていない。

 今回40人近く参加した。日中米韓の旗の通り4カ国の多国籍グループになっている。これだけいるとあまり話したことがない人も何人かおり。自分は昔から顔を憶える苦手で、すぐに名前を忘れてしまう。大人数だとなかなか憶えきれない。

 今朝いつも通り世紀公園練習会があり久々に参加。昨晩の飲み会、2次会は1時ごろまでいたそうでその影響があり参加者8人のみだった。練習会前とあわせ20キロ強走る。みなさん、それくらい走る。女性方がめきめき力をつけており、秋のレースでは好結果が出そうだ。

2009年5月16日 (土)

 昨晩おいしい焼酎が出てかなり飲み。帰って11時半に寝た時今朝は5時くらいから走ろう、と。予定通り4時半に目が醒めて、でも今日は午前中何にもないし、ともう一度寝たら8時半だった。

 もう太陽が高い。週末マラソンやゴルフやらで何もないのは久々で、こんなに寝坊できるのは気持ちいいものだ。疲れていたのかもしれない。

 とりあえず着替えて走りに出る。最初は足が重くておやっ、と気になり、5キロくらいで暖まったら調子が出てきた。世紀公園東側のグラウンドで無数の子供が集まってサッカー教室みたいのをやっている。幼稚園くらいの子達だ。おかげで路上駐車の車が多くて走りにくい。

 結局公園3周+α18キロほど走る。30度近くありそこそこ汗をかいた。

 ネイチャーで痛めた(靴ズレ)左足親指、先週ゴルフ場の風呂に入ったらいきなり指上部の皮が爪も含めてぼろっと剥がれてしまった。ゴムの膜でもかぶせていあったみたいにすぽっと。痛くはないのだが、気持ち悪いし、突然のことでびっくりし、とりあえずかぶせ直し、風呂から出て絆創膏を貼って剥がれないようにした。

 今日皮を全部取り除いた。痛めてから4週間経ちもう下に新しい皮膚が完全にできている。爪も新しいのができつつあり。レース後ばたばたして病院に行かず、萩と走ったりして放っておいたがなんとか治った。

2009年5月15日 (金)

萩成績

 4時半出て久々に金橋ー張江を回り22キロくらい走る。5時までは出歩く人が全然おらず、こんなに明るいのに、不思議。5時過ぎたら急に人が増えてきた。この時間から仕事を始めるのか。

 最後は世紀公園を回って帰る。いつもの皆さんが走っていた。今日も少し強めに走って、いつもより長かったから疲れた。

 帰って体重をみたら61キロ。この分だと真夏は平常で60キロを切れそうだ。60キロ切ったら食べたいだけ食べるぞ!とは前からの期待。といっても今も牛飲馬食なんでそれを凌ぐとすると鯨飲象食か。

 HPに萩往還の結果速報が出ている。案の定今年はみんな速かった。とにかく気温が安定して、夜も昼も18度ー20度。こんなコンデション大会始まって以来では?超ウルトラは天候でタイムがずいぶん変わる。完踏率の高さも屈指で250キロで60%を越え、これも史上初ではないか。

 それに引き換え自分といえば。完踏217人中109位とちょうど真ん中。去年は24位で、一昨年は21位だったからもっと期待したんだが。上位者の顔ぶれはトップのドクター始めいつもながら。2位だった方同郷の人らしく、最近めきめき力をつけている。

 

 

 

 

2009年5月14日 (木)

上海人

 今朝も涼しいので長袖着て走る。4分45秒/キロくらいで5キロほど走ったら、まだこたえた。こんなもんか。

 今週はおとなしくしようとしたが誘われたりして相変わらず飲み会に顔を出している。出れば飲むし、飲めば食べるし、腹いっぱいになるまで止めず、帰ってすぐ寝る。こういうの良くない、というが。昔からこんなのを繰り返して、それを止めたくないから腹を空かせるために走っている。

 夕べ話のなりゆきで上海人は残業しない、という話題になり。男性は家事をするため、女性は子供の世話をするため、定時で帰る。そのほかにも上海人の話多く。上海人は打たれ弱い。上海人は上海人を雇わない。上海人は本心を言わない。等等。

 もちろんこの場に上海人は居らず。

 落ち着いた生活をしていたら早く家に帰りたい、というのは人情で、廈門の人なんかも残業しなかった。本心を言わないのは北京もそう。中国の大都会の人はかつての、口は災いの元、の経験が染み込んでいるから表裏あるような印象を与える。

 まあ、そうなんだけど。一般論はともあれ、個人差あり、いろんな人がいるから決め付けるのはどうかと。ただ、これは大陸全体としてそうだけど、画一性が強くて、変わったファッションや趣味や好みを個性として前面に出さない人が多い。これだけの大都会にしては趣味に関する店舗がすごく少ない、と感じる。これから変わるのかな。

 

 

 

2009年5月13日 (水)

申込み

 足がかなり戻り、今日はスピードを上げて走った。長めのを走ってばかりなので多少疲労があってもたくさん走るのは我慢でこなせる。けれども、速く走ろうとすると筋肉が言うことを聞いてくれない。

 筋肉痛って結局筋肉の毛細血管がブチブチ切れたり細胞が潰れたりして炎症を起こすもの。それが回復すると少し強く蘇る。

 どうも自分のブチブチは速く走ることに支障が出るようだ。

 萩が終わり、夏場の大会どうしようか調べていたら、なんとすでに奥武蔵の申し込みが始まり、あっという間に定員になり締め切っている。にちなんおろちなんかとっくの昔。夜叉が池ももうすぐ締め切り。6月1日ハセツネ開始。

 なんでこんなに申し込みが早いんだろう。そんな先のスケジュール決められない。

 さて。ウルトラの季節真っ最中。

 来週野辺山、24日大阪。6月にはいると阿蘇、あきるのジャパンカップ、岩手銀河、大阪湾、隠岐ウル、にちなん、サロマ。本州縦断青森ー下関も来週スタート。トランスヨーロッパはほぼ1ヶ月経過。

 みんなようやるよ。

 

2009年5月12日 (火)

5月12日

P10305192 5時半でもうこんなに日が高い。

 寒いの、暗いのが嫌いで、夏、昼、暑さが好きだから1年で最高の日が夏至。最悪の日が冬至。

 実際は夏至に向かうこの時期、4月ー6月、毎日日の出が早くなっていく時期が一番うれしい。

 朝起きるのが楽しく、夜気持ちよく寝られる。結果的に走り出しが早くなり、5時前スタートになってくる。

 願わくばもう少し暑く、朝から30度くらいあるともっと汗をかくのだが。そのくらいの気温で1時間以上走ると1リットルくらい汗をかいて体の細胞が入れ替わるようなリフレッシュ感があり。

 昨日今日とKさんに教えてもらった錦繍東路南側の運河沿いを走る。車がいなくて走りやすい。3本橋があるが、トムソンゴルフ場にさえぎられて向こう側に行けない。

 萩から1週間経ち、全体的に好調。体が絞れたし、どこも痛いところがない。こんなに何にもないの久々だ。

 

2009年5月10日 (日)

40キロ&59.7キロ

 有志で浦東空港まで走った。いつもの北ルートではなく、農村中心の南ルート。未開拓なので地図を見ながらゆく。

 浦東のメンバーとこの企画をし、行きそうな人の声を掛け、最大参加者6人になった。まあ、止める人がでて4人くらいか、と思っていたら全員ちゃんと来た。男性4人、女性2人。

 集合場所は羅山路X錦繍路、時間朝4時45分。もう明るく、西の空には大きな月5月9日は十五夜だ。

予定ルートは、羅山路ー景明路ー三河路ー殷家浜路ー軍民路ー沔(Mian)北路ー沔(Mian)江路ー孫環路ー川周公路ー川六公路ー川南奉公路ー航城路ー倉儲路ー机場大道ー啓航路。地図でプランを作ったとき、計算では北ルートよりも曲がりくねっているから40キロ近くある。

 P10305132 朝の涼しい空気の中張江へ。いきなり工事中。張江でトイレに寄り少し回り道。あとは予定通りひたすら南下する。リニアの線路をくぐり、東に曲がりまっすぐ。

農村真っ只中で、両側は大麦畑。収穫期で、二毛作でしょう、刈り取ったら田植えで。

 早朝で人が少なく走りやすい。沿道の人や、通りがかりの車が怪訝そうに見送り。

P10305122

意外にも沿道に公衆トイレが多い。最近できたもののようだ。同じデザインのが何箇所にあるからこのあたりの役所が建てててるものとみえる。入らなかったが、中は普通の中国式だそうだ。

P10305142 地図をみると沔(Mian)江路をまっすぐ行くとA20を越えるのでそのまま左折。??レンガ工場に入る。

 泥でレンガを作って、人力で女性が運んでいたりする。地面は砂だらけで働いてい人の髪が埃に染まっている。

 こんな身近にこんな前近代的な作業場があったとは。

 結局行き止まりでもどる。工場内に人がいるのに誰も注意してくれなかった。

 戻って長美路から孫環路に入りA20を首尾よく越えてまた一路東へ。この直線が長い。ちょうど川沙鎮の南を通っている。歩道も少しあり走りやすし。

 すでに暑くなってきた。

 この辺にもトイレがあり、店も多い。曲がり角の店でみなさんジュースなど買う。

 GPS持っている人によると30キロ越えた。

P10305162 ずっと南六公路を南下し、航城路に入ると滑走路脇に出た。

頭上を飛行機が降りてゆく。

 人っ子一人いない大通りの真ん中で飛行機を撮影。

 なかなかの景色だ。

 約40キロに5時間かけて到着。農道が多くいいコースだった。暑くてみんなつらそう。女性2人はお元気。

 空港で一休み。先週の萩の影響まだ少しあるみたいだ。足が重い。

 いつも通りリニアで帰りあっけなく7分、駅からKさんと走って帰った。Kさん今日全部で約50キロだそうだ。

 帰って体重計に乗ったら59.7キロ。一時的な減少とはいえ60キロを切ったのは8-9年ぶりだ。ネイチャー、萩と続きかなり脂肪が落ちている。先週はあんなに飲み続けだったのに。

 

 

2009年5月 9日 (土)

宴会

 浦東の外れに住んでいるし、早起きするために早く寝るし。通常は宴会なんかのお付き合いがよくない奴として定評があり。

 長いレースが終わり回復モードで栄養補給も兼ねて(?)、水、木、金と続けて宴会に参加した。どれもヘビーな飲み会だった。自分から進んで飲んでいるのだが。 P10305012_2

水曜日ランナーの飲み会。いつもの場所で開催。偶然自分の誕生日だったので会費ただにしてもらった。

 相変わらずのビール飲み大会となって大騒ぎ。蘇州から遠征のKさん、終電間に合ったんでしょうか。

 とはいえ珍しく12時お開きになった。

P10305092

木曜日、白酒を飲む会、です。河南省マラソンで一緒だったIさんがこの会の会長で、河南での自分の白酒の飲み方をみてスカウトされた。初参加。

 今まで南方中国勤務が多くて白酒文化圏に親しまず、正直白酒のことはよくわからず。この日4種類飲んでちゃんと違うことがわかった。

 場所は初の試みでタイ料理。辛いのにスピリッツが合う。

 最高度数65度で、みなさん途中から酒に負けてしまう。自分も店では良かったが、帰ったら倒れるように寝てしまった。

 金曜日有志の大学の同窓会(みたいなもの)。写真撮るの忘れた。古北の居酒屋で。料理がおいしかった。

 結束力、愛校心のないことで有名な大学なのでいつも集まりが良くないが、昨日は11人参加した。狭い上海のこと、ランナー仲間のSさんが大学の先輩でもあり2日ぶり再会。隣の席だった女性は白酒のメンバーだった。

 この集まりにしては遅くまで一次会で飲んで、次回の企画で盛り上がる、という珍しい成り行きとなった。

 おかげで今朝朝走るの辛かった。

 来週以降はまたおとなしい生活にしよう。

 

2009年5月 8日 (金)

萩往還:食事

 まだしつこくこの話題。

 ウルトラの話をすると、大体、いつ寝るの?食べるの?食べてすぐ走って大丈夫?と聞かれる。

 2昼夜も走るとたくさん食べる。食い物の写真だけまとめた。食べるのが楽しみの一つだし。ウルトラ向きかどうかはレース中食べられるかどうか、も大きな要素。

P10304482  まず、20キロ過ぎ、湯の口エイドのおにぎり。毎年地元の方が出している私設エイド。20時30分ごろ通過し、ちょうど腹が減ってきて4つ食べた。小さいのです。

 この辺からちゃんと食べておかないと。

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 58キロ豊田湖のうどんとおにぎり。夜1時過ぎで夜食。

 味が薄くて食べにくい。他の人もおいしくないといっていて残している人もいた。

 普通はこの薄味スープでいいんだろうが、汗をかいて消耗しているからもっと極端に塩気が強い方が食べやすい。

P10304572

80キロ、大坊の味噌汁。3時半ごろ通過。馬鹿でかい鍋で作っており、聞いたら200人分一度にできるそうだ。お祭りなんかで使うらしい。走っていたら民家の軒先にこの鍋が置いてあった。

 これは味が強くておいしかった。

P10304592 86キロ海湧食堂のお粥。明け方たどり着く人が多い。お粥とご飯があり、みんなお粥を頼んでいる。ビール飲んでいる人も数人。

 こちらも味噌汁、おかずの味が薄い。塩をかけて食べている人もいる。

 来年参加したらふりかけ持ってゆこうか。

P10304662 カレー第一弾。107キロ川尻岬沖田食堂。2日目午前中到着。

 カレーくらいくどい味の方が食べやすい。皆さんもおにぎりやうどんよりもカレーのほう受け付けるという。ここではカレーとうどんが選べるが、みんなカレー。

 またまた中生とか飲んでいる人いる。

このあと124キロ千畳敷でソフトクリーム。130キロの旧西坂本でカップラーメン。昼ごはん。

P10304792 カレー2発目。静ヶ浦キャンプ場148キロ。2日目午後到着。腹減った。ここもうどんとカレーが頼めるが、食べている間訪れた5-6人のうち1人だけうどんだった。

 空腹なので数口で食べてしまったら、向かいの人に驚かれたり、うらやましがられたりした。

 とにかく胃腸が強くていつでも食欲があり。今回も出るものは拒まず。全部食べた。

この後174キロ、宗頭でおにぎりと味噌汁が出る。写真撮るの忘れた。宗頭ともなるとかなりの人がビール飲んでいる(そして寝る)。

P10304862 時は移り、3日目未明4時。207キロ、虎ヶ崎の最後のカレー。

 このカレーが一番辛くてうまい。毎年そうだ。喫茶店なんかでよく出すルーを使っている。

 宗頭から7時間くらい食べてなかったのでひどく腹が減っていた。

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226キロ、明木市エイドのおにぎりとまんじゅうの山♪♪。

 食べ放題で、もうこの時点では歩き通しだからゆっくりしてこう、と座り込んでおにぎり3つ、まんじゅう3つ食べる。

 140キロ、70キロ、35キロのランナーがいてにぎわっていてどんどん消費していた。

P10304982 最後は235キロ、佐々並の豆腐。毎度ながらおいしい豆腐だ。お代わりも可。

 3日目の真昼間で暑く、塩が欲しかったから醤油をもらって飲んだ。

 これで出てきたものは完食。うどんなんかは塩分補給に汁も全部の飲み。

 今年はさほど暑くなかったので水分補給が少なく胃が荒れなかった。

 とりあえずゴールした夜は普通に食べるが、2日過ぎくらいから猛烈に食欲が湧いてくる。

2009年5月 7日 (木)

萩往還250キロ:レース後&感想

 上海暑い。今日はもう30度だ。

終わってすぐSさんと会いレース回顧。荷物取り着替えていたら本降りになってきた。着替え所に人がほとんどいない。今年はよほどみんな早かったんだ。

県庁前からバスで新山口駅へ。なんとか普通に歩ける。ホテルに転がり込み荷物片付けて風呂に。案外眠くないし疲労感も思ったよりも小さい。やっぱり歩いてばかりだったからだろう。普通にビール飲んで7時のニュースとか見られた。本当に疲れているとテレビなど頭に入らない。写真整理などして21時前に寝る。

 2晩徹夜しているのに翌朝ちゃんと5時に目が醒める。7時10分の新幹線で博多。10時のMUで上海へ。がらがらだ。飛行機でも寝ず。新聞など読む。なんで眠くないんだろう。日本人はみんなマスクしていた。定時に着いて12時前に帰宅。

(感想)

・年々盛んになり、ランナーが増えている。今年から運営体制が変わり地図がきれいになったりスマートになってきた。長時間のエイドはいつもながら感謝のみ。毎年参加していて、故障などの理由でスタッフに回っているひとも何人かいらっしゃった。ただ、後半のエイドの食べ物が去年よりも少なかった。まあ、必要ならコンビニで買いましょう、ということなのだろう。

・ネイチャーの疲労だったのか?それとも他の理由か。頭から全然走れず。走ろうとすると足の筋肉痛がひどくて足が上がらなくなってしまった。当初は去年、一昨年と同様宗頭はじめ休憩を少なくして一気に走りきる作戦だった。早くゴールできると眠気も弱い。ところが、とてもそんなことできず、休み休みになってしまった。完走した250キロでのワーストタイムだ。

・全体としてみなさん去年よりもとても速かった。序盤で会ったネイチャーと連投の人たち、みんな元気で自信喪失。それもあり、走っている時はもう二度とやらない、と決め付けていたが、終わるともっと経験をつまないといけない、と考えが変わり。時間が許せば来年もやるだろう。

・萩にように制限時間が長いと諦めなければ歩いてもなんとかなることを実感した。平凡なランナーには絶対にリタイヤしない、という気持ちの強さが一番必要。

・収穫だったのが足裏痛がひどくならなかったこと。大きめの靴を履いたせいか。それとも歩いてばかりだったせいか。いつも終盤足筋肉痛よりも悩まされる足裏痛を抑えるヒントがわかった。

 

2009年5月 6日 (水)

萩往還250キロ:ゴール

 痛みは我慢できるが、足が動かないのはどうしようもない。といっても、足指は一番痛くない走り方で何とかしのぐが、だんだん足全体に筋肉痛が広がり、吐き気を催すほどの全身を覆う不快感に覆われてしまう。

 宗頭文化センターは第2荷物預け所であり、休憩、仮眠所でもあり。トップクラスのランナー以外は2晩徹夜するからここで寝たりする。寝るかどうか、が大きな作戦の分かれ目。

 もともとの予定では、去年同様ここに明るいうちについて寝ずに先へ行く作戦。それが、全く崩れて、眠さもどうしようもない。着く前から寝よう、と決めていた。

 風呂に入り、おにぎりをいただく。向かいの店で買ったコーラを飲む。前でKさんたちがビールを飲んでいる。その先でネイチャーにもいたKさんが地酒をあおっている。みんな余裕の元気さだ。

 2階の休憩所に行くと意外と空いている。今年みんな調子がよさそうなのでさっさとでているみたいだ。20時半に横になる。いつもながら体が興奮して寝付けない。1時間ほどうとうと。休んだら体が固まって動けず。しばらくじっとして着替え、出たくないがいやいや22時前に出発。

それまで大きいウエストポーチをつけて走ってきたが、邪魔だし寒くないからゴアテックスのみ着て必要なものはゴアのポケットに入れて走ることとした。暑くなってきたらゴアを腰に結ぶ。軽量で走りやすかった。ポーチは宗頭の預ける荷物に押し込み。

P10304822  一人旅。道はわかるから問題ないが、やっぱり眠い。

 幸い、走り始めたら少し回復を感じてCP6藤井商店まですぐたどり着いた。22時20分。ランナーが4人。ここからの上り、先行したがすぐ抜かれた。やはり足は動かない。

 去年はまだ薄明るく、景色を楽しみながら上ったものだが。

 細い道を登りきると国道191号に戻る。

 鎖峠からの長い下り。自販機が増えた。前はずっと先に一つだったのが3つある。ジュース飲んで一休み。

P10304832  分岐から下りてCP8三見駅187.6キロ着。

 と書くと順当なようだが、休めた足がまた元に戻って下りをぼちぼち走るだけ鎖峠から三見駅までの下り6キロに1時間20分かかった。すでに0時過ぎ。

 人気なく、ランナーがチェックして通るだけ。

 走れないから休まず歩いて先へ先へ。初参加のランナーが迷っていたから抜かして先行する。この辺少し平らだし、真っ暗山中で気持ち悪いから無理やり走る。

P10304842 踏み切り越えて、また越えて、海沿いに出て。また踏み切り。

 玉江の町が見えたころまた眠くなってきた。

 玉江駅のエイド194.3キロ。三見からここまで1時間半かかった。ひどいもんだ。

 着いたら簡単な飲み物と夏みかんがあるくらい。外でジュース買う。

 隅に毛布が敷いてある。眠くてたまらないから横に。が、コンクリートの直敷きなんで寒い。とても寝られず断念。でも一度横たわった体が動きたくない、と言い出ししばらく座り込む。30分いた。

 ここからゴールまでの55キロを14時間かけて歩いた。とにかく休んでばかり。萩城脇を通り、雁島橋途中のトイレで座ったり。萩市内も全部歩く。

笠山に入り手前で左折するところ直進してゆくランナーがいる。「おおい。違うよ」と声をかける。福岡のSさんという人でこのあと度々一緒してもらった。初参加と。この世界ではまだ若い30台前半の方。

P10304852

明神池から歩いてのぼり。第9CP虎ヶ崎207.1キロが遠い。

着いたらもう4時だ。3回目のカレーを食べて奥で横になった。寝ないともうあるくこともままならない。

 5時過ぎまで、今度は熟睡。一緒に横たわったSさんはまだ寝ている。

 1人スタート。山道で足が痛い。舗装路に入ったところに立派なトイレが。食欲だけは失せないから食べ続けで腹が張ってきた。ベストタイミングで入り、ああ、すっきり。

 トイレからでたらFさんが来て同行。したかったが、こちらは走れないので先に行ってもらった。

 ぶらぶら歩き。擦れ違ったOさんに、「なんやらしくないばてようやなー」といわれた。ほんと、自分でも情けない。

P10304872 虎ヶ崎から明るい。みんな東光寺を目指して走っている。こちらは足が全く動かず。ひたすらすり足歩き。

 最終CP東光寺214.6キロに6時52分着。あと35キロで11時間ある。ああ。なんとか完踏はできそうだ。でも、あと何時間も歩きたくない。

 みんなまたまた軽快に出発するのを見ながらよたよた。

 Sさんとまた一緒になる。夜が明けて、歩く一方だから町の様子など見物がてら。

P10304882

どんなに遅くても歩いていると進むもんだ。なんとなく山にまた入り涙松。料金所エイドにたどりついた。

 飲み物と梅干、オレンジくらいの簡単なエイド。腹が減ってきた。次の明木のおにぎりを楽しみにして進むことにした。

 やっぱり道連れがいるときがまぎれていい。Sさんもしんどそうでペースが同じくらい。

 ここで気休めでも、と思い鎮痛剤と眠気止めのカフェインを飲んだ。したら、なんとすごい効き目。10分もしたら痛みが去って走れる。薬は怖い。

P10304922 往還道です。220キロ以上走って最後に山の中を通過させる本当に憎らしいコース設定。ここいらはよほど元気な人でも走らない。

 走っているのは140キロ、70キロなどの選手だ。

 擦れ違いざまに声を掛けながらゆく。おはよう、お疲れ様、がんばって、などなど。声を出すと眠気が醒める。

 一山越えて明木市エイド226キロでおにぎり。ここでは毎年お祭りをやっている。今年は9時半過ぎだったから140キロ、70キロ、35キロのランナーが多数。100マイルのKさんにも会った。

 と、前から320キロ挑戦中のIさんが走ってきた。

P10304962 延々3キロ続く一升谷の長い上り。杖をつきながら上るSさん。こういうのではなく、ハイキングで一度来てみたいところだ。

 今年は最後まで涼しかった。25度もいってない。

一升谷越えて100マイルの長老Oさんと出会う。Oさん意外にも初参加。前後人がいないから不安だった、といって同行。

 最後の佐々並エイド235.7キロ。名物豆腐。11時40分。あと15キロで6時間半。ゆっくりいこう。ゆっくりしかいけない。去年は猛烈にここから飛ばしたが。

 また山に入り、国道に。道があっているか?眠くて頭がぼけているから何人かで相談してゆく。

 佐々並からゴールまで店はおろか自販機もない。昼になり猛烈にのどが渇くが水をもっておらず。なんとなく1人になり、ふと振り返ると、後ろのみんなは民家のヨモギ餅サービスを受けている。いいなーと思うが後戻りするのも億劫で先に。

 それに。鎮痛剤が切れてきた。。飲むか?水ないし。あと少し?飲めばよかった。

 板道峠から一気に6キロ下ってゴール。みんな最後の力で走るが、こちらは指が痛くて恐る恐る歩を進める。それにしても最後の石畳はほんと意地悪だ。

 終いだけ少し走る。ダムを下りたらポツポツ雨が降り出した。

P10304992  感動よりも、とにかく終わった、ほっとしてゴール。44時間51分。萩ワーストタイムだ。

 先にゴールしていたSさんと健闘を讃えあう。

萩往還250キロ:宗頭まで

 今朝少し走る。??普通に走れた。萩は歩いてばかりだったから足を使ってなかったようだ。これだったらもっと走れたんじゃあない。がっかり。

 ネイチャーから2週間で大丈夫?と萩に行く前何人かに言われたけれど、参加してみたら連投の人がざっとみて20人くらいいた。例年2つ出る人も何人かいる。それどころか、250キロ+70キロ=320キロを申し込んでいる人も。

 どういうことかというと、2日18時に250キロがスタートして、4日朝6時に70キロがスタート。計算では250キロを36時間以内で走れば70キロのスタートに間に合う。毎年これにチャレンジする人がいるが、今年も10人くらい。ネイチャー組がほとんど。そのうち1人は、5月4日ここが終わったら長崎へ行き、5月5日橘湾岸の50キロ走るそうだ。 

 他に聞いた話では、福岡から来た女性が終わったら走って博多まで帰ると。200キロくらい?知り合いが車で伴走するとか(車があるなら普通乗って帰るでしょ)。

 やらない人から見ると奇人変人大会(古いか)、カルト集団に映ろう。

さて。海湧食堂からの続き。ここの裏の中学校が一つ目の荷物預け所。まだ早いし、今年も天気がよさそうだから預けず。

 食堂でお粥を食べる。Oさんとしんどい、と愚痴をこぼしあう。10分ほどで出発

P10304612 出てすぐまたお決まりの上り坂。もう走る気がしない。歩く。寒い、とまで冷え込まず。朝の冷たい空気が気持ちいい。

これなんでしょう?92キロ地点の「楊貴妃の墓」です。地元の伝説で、楊貴妃は馬塊坡で死なず、日本に落ち延びてここで亡くなったと。このあたりは対馬の対岸で朝鮮半島に近い。

 毎年通り過ぎて、何があるんだろう、とみんな話してきた。今年はもうタイムなどどうでもよくなったので坂を登って見物。コースから50mくらい。すぐです。

ずっといって農協の分岐。大浦漁港に下りてゆく。前からどんどん人が来る。皆さん好調そうだ。今回天気が良く、寒くも暑くもないので好記録が続出しそうだ(自分以外)。

 漁港を回って俵島のCPに。分岐で迷ったが、半時計回りコースにフラッと入る。正規だと直進だが、こっちの方がアップダウンが激しいものの近い。ずっと歩いてゆく。

P10304622 第2CP俵島98.8キロ着。12時間40分経過。去年は12時間5分くらい。

 写真の奥の海に浮かぶ小さな島が俵島。遠くからだとわからないが、六角形、四角形の柱状の石が積み重なるようにして島ができているらしい。岩の形が俵みたい、と。

 今回よく自分の写真を撮ってもらった。それだけゆっくりしていた、ということ。

 土地のおばさんが軽トラ荷台のタンクから水をくれる。写真係の女性と2人だけのCP。

 ところで、走る前に心配だった左足指の腫れ&傷。ガーゼの上にぐるぐるテープを巻いて、大きめの靴を履いて対策。左足を下ろすたびびりびりするが、舗装路だとなんとかごまかして走る。下りはつま先に体重がかかり痛いから、なるべくかかとで着地する感じで。でも、こういう不自然な走りはよくないはず。

P10304652  また上り下り、農協へ。左折して川尻岬へ向かう。平らなところがほとんどなくて歩くばかり。

 突如右足かかと、アキレス腱あたりが痛くなった。鈍い痛み。どうした?収まるかと思ったらじわじわ広がってゆく。いままでない場所と痛さ。

 CP3川尻岬107.2km着。14時間5分。ここでカレーが出る。道中3回のカレーの最初。

腹減った。一気に食べる。去年は暑くてアイスクリームを食べたが、今年はそれほどでもない。

 のぼりは歩くのもいやになってきた。川尻岬を出て川尻漁港へと向かう下り坂、つま先が痛いから恐る恐る下りていると何人にも抜かれた。 

P10304672

毎度おなじみの棚田。去年はこの時期もう田植えしていたようだが?今年はまだ除草もされていない。天候の関係だろうか。

 上海のランナーズのSMSを送る。なんてことしながらどんどん時間が経つ。

 スピードを落としているからいままで気がつかなったものが見えた。

 旧休憩地のシーブリーズを過ぎてすぐに展望台みたいなのがあり、立派なトイレが目に付いた。食べ続けでそろそろ出しておこう、とトイレに。大きくてきれい。すっきりした。

 P10304692 左へ折れて立石観音方面へ。         

行き先に見える立石観音の岩。更に先にはこれから上る千畳敷がみえる。

 CP4立石観音117.1キロ着。15時間50分経過。

 エイドはないが店があり、軒先に氷を入れたバケツを置いて水やジュースを冷やしてある。おじいさんがガムをくれた。

 足が痛いから靴を脱いで座っているとOさんが来た。Kさんもきた。Oさん、CPがわからず観音岩まで登ってしまったと。

 後から来た人が先に行ってしまう。仕方なく出てここから7キロ、ひたすら上る。すぐに毎年この辺にいるカメラマンに会った。

                                                             P10304732 いつまでも続く急勾配。眠くなってきた。全く意欲減退。

 ふと、リタイヤすることを考えてみる。いままでひどい怪我以外でリタイヤしたことがない。気力が失せて止める人の気持ちがわかった。

 まだリタイヤする勇気はない。それにこの大会は山の中ばかりだからリタイヤも容易ではない。

 CP5千畳敷124.7キロ着。17時間25分。ちょうど半分だ。最後の坂がきつい。

Oさん、Kさんもきてアイスクリームを食べる。ここは展望地で、好天の5月3日。弁当を持ってきて座っている人が多い。

P10304742  右足のズキズキは本格的な痛みになり、左足指は少し触るだけで痛い。

 急な下りをかかと着地で下りる。去年までは折りきった西坂本がエイドだったが、今年は1.5キロ先。遠い。

 エイドの中学生にとってもらった一枚。余裕を見せているが内心はもう風前の灯火状態。

 カップめんをもらい食べる。奥の座敷に上がりこんで足の修理。右足かかとはみたら靴擦れだった。大きめの靴を履いているからだ。腫れているところにテープを巻く。左足指はガーゼを取替え、テープを更に厚く重ねる。

 20分も長居して出る。休みすぎて足が重い。それでもこの先平らだから一生懸命走る。長門市内を通り抜け仙崎へ。買物をしたかったらコース上長門が唯一だが、何もいらないので素通り。

P10304752 仙崎公園(往路)142.6キロ着。20時間25分経過。去年より2時間遅れ。ならそう悪くもないが、とにかくもう走れない。それでもあと残り107キロで時間は27時間半残っている。時速4キロでちょうどいいから諦めなければ時間内完踏は間違いない。諦めなければ、だが。。

 青海島に突入、いきなり意地悪な坂に立ちはだかれ、一気に意欲が萎えた。

 ぼちぼちいくと帰ってくる人に次々あう。ネイチャー連投の人もおり、みなさん強い。

P10304782 途中の静ヶ浦キャンプ場でカレー②を食べる。向かいの人が食べながらいきなり、「最悪」とつぶやく「どうしたんですか?」「カレーまで食べられんくなった」。

 疲労がたまると胃腸がやられて食べられない人が多い。

 自分はまだ大丈夫。一気に食べて水をがぶ飲み。歩いて出発。

P10304802 2山越えて鯨墓へ向かう。車がびゅんびゅん。危なくて、勾配もきついしコースで一番嫌いな場所だ。

 この町はかつて地元漁法で鯨猟をしていたのでこんな名前がある。

 CP6鯨墓153.1キロ。22時間10分経過。Uターンして戻り。静ヶ浦の前あたりが平らな以外全部坂道。誰もかれもしんどそう。

P10304812

 仙崎公園(復路)。青海島に行った人たちのリュックがずらりと並んでいる。50人くらいか。

 順位を聞いたらまだ100番くらい。走れないのだから長居は無用、と出発。

 眠い。道が単調。体のあちこちが痛い。希望は宗頭で休憩することだけ。

 三隅駅を通り、市役所支所を過ぎ、町を出てからが長い。湯免温泉を抜けると田園地帯。もうすぐか、そろそろか、走り出すが着かずにまた歩き。

 へとへとで宗頭文化センター175.2キロ着。25時間40分経過。もうここで止めたい。

2009年5月 5日 (火)

萩往還250キロ:海湧まで

 ウルトラ始めて人生変わった、とまではいかないが、やらなかったら休みのすごし方はずいぶん違ったろう。

 GWのコア時間を費やして250キロ参加者エントリー366人。140キロ445人。70キロ321 人。35キロ全部で857人。

 この世界狭いから、スタート待ちする中は見たことある顔ばかり。ウルトラのサークルが最近増えていてあちこち集まって記念撮影。顔見知り数人と近況を話す。

P10304432 5月2日18時10分ごろの組でスタート。好天でまだ明るい。ここ数年雨にたたられていない。

 はじめ山口市内を行く。こじんまりしたJR駅で、山口市は日本の県庁所在都市で人口が一番少ないそうだ。

 すぐに街を抜けて樽野川沿いの自転車道を走る。

 スタートして1キロで、不調に気がついた。休養して29日から走っておらず、久々走ったら足の筋肉が突っ張る。

 疲労?ネイチャー走ったとはいえ2週間経っているから回復しているはず。長く休むと最初足が重たく、数キロすると調子が出てくる。どうもそんな感じでもなさそう。まあ、あまり考えてもしょうがないからしばらく様子見として走る。

P10304472_2 足が重いがペースはいつも通り。他のランナーも250キロと思えないスピードで飛ばす。

 暗くなって最初のエイド上郷駅13.2キロ着。1時間22経過。去年一昨年とほぼ同じ。

 この時点で今日の足はだめだ、と自覚する。

 今年からエコこのために携帯用マグカップを配ってくれてエイドでそれを使う。が、自分のは止めているビスが緩くてバッグにつけて1分で取れてしまった。

P10304492上郷駅から山に中の自転車道に入り上り下りを繰り返す。まっくらだからひたすら前を見て先を行くのみ。

このあたりエイドが多くて、19.8キロの二本木峠、 21.8キロの湯の口(上の写真)、と私設エイドが毎年ある。湯の口におにぎりがあり20時過ぎでちょうど腹が減ってきて3つ食べる。

 またサイクリングロード。今度は田んぼの中に入り27.8キロ下郷駐輪場エイド(上の写真)3時間8分。

 もう疲れてきた。いつもこれくらいで足が重くなってきて、先が長いのに大丈夫か?と不安になる。通常はこれからそれほど疲れが蓄積しないのが、今日はどうも様子が違う。じりじり足の筋肉が固まっていくのを感じる。

P10304512

この辺は平坦で、周囲はコース名物蛙の大合唱に囲まれる。下郷の後すぐに高架下のエイドがあり、農村地帯を過ぎ、人気がない山中の自動車道を走る。

 走る前は去年の記録を意識したが、この時点でもう諦めた。

 西村エイド44キロ。ガソリンスタンドを利用していて、隣がコンビニ。しばらく山登りでエイドがないからみんなコンビニへ。

5時間8分経過。去年よりむしろ速い。あせってスピードを出してしまっている。

西村から細い山道に入りひたすら上る。舗装路だがとても走れない勾配を延々と行き、下りもきつい。

P10304522 なんとか山を越えて里に降り、大通りを過ぎて豊田湖へ。58.7キロ最初のチェックポイント着。7時間8分。去年より20分遅れ。

 ぐるっと見るが知っている顔がない。

 ここでうどんとおにぎりがでる。腹が減ってぱくっと食べる。普通のうどんだが、ランナー向きにもう少し塩を効かせた方が食べやすい。

 しばらく前から気がついていたが、今年は例年以上にみんなのペースが早い。この時点で100番くらい。

 エイドを出るとまたのぼり。普段は上り坂が得意で、長丁場でもばてないのが、今回すぐにへばった。これが不調と判断した理由の一つ。

 人気ない山を黙々とヘッドランプの集団が走る。途中擦れ違う車は人がいることなど考えていないから慌てて避けたりする。警察からの注文で全員に点滅灯を配っていて後ろから見ると工事現場みたいな赤いチカチカがのろのろ移動しているのだけが見える。

 夜の山の中。特筆すべきことはない。俵山温泉エイドをさっと過ぎて、砂利ヶ峠から一気に下る。下りが太腿にこたえてゆっくりと。何人にも抜かれた。

P10304562 長い長い下りでみなさんぼろぼろになって新大坊エイド着、79.9キロ。これも今年初めて設置された場所。運動場みたいなところにテントある。もう10時間経った。

 こんな夜中の4時にボランティアの方々大変だ。豚汁などを食べる。

 そういえば、足はだめだが今年はまだ眠くない。エイドで座って腹に物を入れても眠気を催さない。

 100マイルのOさんにここであった。約1年ぶり。最近100マイルに参加していない。

 しばらくOさんと走り、関西のウルトラの最近の話などを聞く。聞けば聞くほどとんでもない人がいるものだと思う。自分はとてもそこまでは。

 夜が明けてきた。油谷に入る。この辺もなんだかんだと上り下り。本当に平らなところのないコースだ。初参加のOさんが、「村岡の250キロ版ですな」とこぼしていた。

P10304582 Oさんと海湧食堂86.7キロ着11時間5分。。ネイチャー説明会で隣だった100マイルの強豪Yさんがいる。あれっ、と思ったがこの後ガンガン引き離された。

 振り返るとこの時点で去年よりも20分遅れくらいだからタイムをみるとそれほどひどいもんでもない。

 しかし、去年はこの辺からむしろ調子が出た。ペースがつかめてきた。今年はどんどんしんどくなってきて落ち込むばかり。

1/3経過した。

 

  

 

  

萩往還250キロ:スタート

 ひどい目にあった。

 一夜明けても、「もうこんなの二度としない」と心の中で反芻している(明日になると変わるかもしれないが)。いままで走った全ての大会の中で一番つらいレースになってしまった。

 ゴールが去年の萩より6時間近く遅い。2週間前のネイチャーとコース難易度が全然違うが同じ距離で10時間以上余分にかかった。

 よくレース後の感想で、「終盤歩き通しでしたよ」という常套句があるが、今回玉江から以降、最後の55キロに13時間かかっている。ずっとあるいたスピードだ。

 原因はもちろん走れなかったこと、ネイチャーのダメージが残っていたことだが、それでゲームプランが全く崩れてしまい、立て直せなかったことが一番。萩6回目の参加だが、終盤は初参加のような手探り道中になってしまった。

 とりあえず振り返ると。

 前日は新山口駅前に泊まる。23時半に寝て8時半に起きた。2晩徹夜だから寝ておかないと。駅前からバスで県庁前へ。こっちの方がJRよりも歩く距離が全然短い。

P10304322  

会場。受付、説明会、スタート、ゴールは山口県庁近くで。受付、スタート/ゴールは瑠璃光寺。去年と受付場所が変わった。といって100mくらいずれただけ。

 萩のソックスを買おうと思ったが今年もSしかなかった。去年もそうだった。

P10304342 山口は西の小京都を名乗っている。室町ー戦国時代京都が戦乱で荒廃していたころ大内氏が文化人などを庇護し、ここに文化が開いた、というような話だったと思う。

 広さは違うが京都と同じくここも山に囲まれている。

 周りの山々。こんなにこんもりと温帯林が木が生い茂る風景を中国で見たことがない。

P10304352

 国宝五重塔。日本で三本の指に入る五重塔の傑作だそうだ。

 この塔は優美なデザインと評されている。何回見ても感心するものだ。でも無料で参観できる。中国だと50元は取りそうだ。

 連休で見物の人が多い。ランナーが境内にたくさん。

 荷物置き場が1箇所増えた。民家が開放されている。そちらへ。12時でまだ人おらず。

 食事して15時の説明会。今年から主催者が変わり、印刷物(特に地図)がきれいになった。

 コースとしては、豊田湖がCPになったこと、大坊ダムエイドが新大坊に変更になったこと、笠山CPがなくなったこと、が新たな情報。

 ベテランが多くて質問も少なし。会場でまた少し寝た。

P10304402 使用前の写真。

 18時スタートだが17時ごろからみなさん並び始め、地面に座っている。

 のんびりしていたらウェーブスタートの最後になってしまった。

 知っている人に何人か会う。

 

2009年5月 2日 (土)

新型インフル

 山口にきました。こちらの抜けるような青空。空気が乾いて走るのに絶好のコンデション。でも足指痛がまたぶりかえしテンション下がりっぱなし。歩いてもズキズキ。

 今晩スタートでもうよくならないだろう。どうしようもなければリタイヤすればいいや、と開き直り状態。

 新型インフルの影響で昨日福岡空港についたら入管の前に問診があり。急ごしらえの問診表の第一問「次の国に3ヶ月以内(だったか)にいったことありますか?①アメリカ②メキシコ」。ここにイエス、と丸つけると手間取りそう。

 上海便の人はみんなノー、ノーと通っていったし、福岡空港国際線は人がいないので簡単。成田とか、アメリカ便のあるところはしばらく問診で混むかも。

 もう一つのチェック項目は日本での連絡先電話番号。ここかいてないと指摘されてました。

 

2009年5月 1日 (金)

萩往還250キロ:準備

 今年も萩に。午後のフライトで福岡に行きます。これで6年続けての参加。過去5回は3勝2敗。最初の2回リタイヤして3回目から完踏。

 萩往還についてはこちら。↓

http://www.hagi-o-kan.com/

 今年で21回目。100キロ以上の大会では歴史、有名度、コースの難しさ(そのかわり制限時間が長い)、屈指の大会です。

 どちらかというとエイドが少なくて自分で荷物を持って走る大会。普通の人は二晩徹夜するから眠気対策が重要なポイント。参加した人みんな、健康によくないよな、といいながら楽しそうにやってる。

 P10304312 なんだか相性がいいみたいで前後がだめでも毎年この大会はまあまあ走れる。景色とか、雰囲気とかそれはもういろんな大会の中でもトップクラス。それに、上り坂が好きなのでこういうコースは大歓迎。

高低図のように平らなところがほとんどなくて上り下りばかり。で、最後の25キロほどが往還道、山道となる。

 山口ー秋吉台ー下関方面ー日本海ー長門ー萩ー山口、というコース。

 スタートが5月2日18時、制限時間5月4日18時までの48時間。

 装備品は、ゴアテックス、ウインドブレーカ、長袖TシャツX2、半袖TシャツX2、靴、靴下X2、ロングタイツ、帽子、手袋、ランプX2、電池、反射たすき、点滅灯、タオル、リュック、ウエストポーチ、携帯、カメラ、お金、地図、絆創膏、テープ、鎮痛剤、胃薬、ワセリン、カフェイン。

 夜寒く、昼猛暑の5月の山口。足がまだ痛いがことしはどうなることか。

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