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2009年4月

2009年4月30日 (木)

心配

 高をくくっていたが少し心配になってきた。

 新型インフルエンザのことが。

仕事はもちろん。 

 5月もマラソンで出かける予定があるが、このまま流行がエスカレートすると飛行機に乗るための検査が超厳格化したり、果ては飛行機移動禁止、空港閉鎖になってしまうかもしれない。SARSのときのように。ぶらぶら出かけずにおとなしくしてろ、ってことかも。

 せめて申し込みしてある大阪まではなんとかもって欲しい。

 こういうことが起きる頻度が高くなってきている。昔々1991年の第一次湾岸戦争が最初の例だった。飛行機は危ないから禁止、となり、フロリダに出張していた人が電車でロサンゼルスまで帰ったり。すごく偉い人が海外で足止め食って毎日その人に暇をつぶさせて飯を食わせて駐在員が苦労したり。

 今世紀に入り、SARS、イラク戦争と飛行機移動を控える事態が2度も起きた。昨今の不景気で飛行機出張が減ってるし。こんなに国際的な流動性が高い時代、何がおきても世界中隅々まで波及する。

 中国の一般人は関係なさそうだけれど、先日からカルフールで豚肉の投売りしていてみんな喜んでます。

2009年4月29日 (水)

三国演義

 足指まだ痛し。この分だと途中腫れ上がるの覚悟で萩を走るか。

 今日から週末まで完全休養。それでも走るときと同じ時間に起きるから朝の時間余裕があり。朝は頭が冴えているし、飲んでないから夜中しないようなことができるみたい。

 そんなこんなで、今朝、映画「赤壁」とビデオゲーム「三国志」のせいもあり、ふと「三国演義」に興味が起きた。家に日本語版がないから中国語版を眺める。

P10304242_2 「三国演義」中国語版はたぶん2回読んだことがある。演義の白話文は日本の古典でいえば近松や西鶴くらいの古文だから意味はだいたいわかる

 こちらは2000年に買ったポケット版。14元。日本語版だと10数巻とか膨大な量だが、中国語原文は文庫本2冊、計800ページ程度のボリューム。

 なにしろ簡潔。赤壁のくだりをぱらぱらみると、有名な諸葛亮と劉備の初対面、出櫨シーンはたったの2ページ。

 赤壁最後の見せ場、華容で待ち伏せいていた関羽が落ち延びてきた曹操を見逃すシーン、曹操のせりふが63文字、関羽のせりふが57文字しかない。

 総じて戦闘シーンの記述が極めて簡潔。これに対して、会議の模様や、謀略のやり取りにページが割かれている。途中に詩が挟まっていたり、ただ読むのはなくて音読するのに向いている。

 もともと劇だったのをまとめたものだから、戦闘シーンは体の動きで表現してセリフが少なかったのか。

 内容は今読むと孔明があんまり万能すぎて気持ち悪い。祈ったら風が吹くとか。正義と悪が分かれている劇画みたいだ。昔読んだ本を読み返すと違う感想を持つのはよくあること。

 

2009年4月28日 (火)

練習

 まだ足が腫れていて朝軽く走るだけ。気候がいいしもっと走りたいところ。

 先週末走友のKさん、Gさん、二人とも世紀公園あたりから浦東空港までの練習を実行。初めてだが無事たどり着いたそうだ。大体35キロくらいあり、長距離にはちょうどいい。3時間以上かけてたどり着き、帰りにリニアに乗ると6-7分で戻れるギャップはいつも文明の偉大さを痛感する。

 いままで何度かいったけれど片道だけ。往復しようと計画するが実現してない。どうにも超長距離練習が苦手で、上海で練習のために45キロ以上走ったことないと思う。日本でウルトラやる人にきくと、60キロー70キロなんてのを週末してたりする。

 日本は車が少なくて走りやすい道が多いからできるのかな。と言い訳気味に考えたりもする。

 毎回毎回レースで30キロくらい走ると足が疲れてくる。おやおや。こんなことでどうする。と不安で一杯になりながら走り続けるとなんとなく50キロ越え、苦しみながら100キロ過ぎて。あとは惰性で。。。こんなものだから練習で30キロも走ると疲れるのは当たり前。

 練習のときは耐久力をつけるためにできる限り休憩なし、補給なしでいくから、これもいやになる原因。実際、長丁場を走るとき、30秒でも止まったり歩いたりするとかなり回復する。中国は自販機がないし郊外はコンビニもないから一気に走り抜ける癖がついてしまっている。

 要は楽しみがないから長い時間走れないのかもしれない。

  

2009年4月27日 (月)

体重

 足指の痛みが少し和らいだので早めに出て17キロほど走る。やっぱりあせりすぎ。走り終わってみたらまた腫れている。今週も休養モードにするしかないか。公園でいつも通りTさん、Kさんに会う。軽やかな足取りでうらやましい。

 ネイチャーから1週間経ち、体重が走る前と比べて2キロほど減っている。冬場体重増えるし、ネイチャーに備えて食べてもいたから実質的に1.5キ減。ウルトラは4月から本格的に始まるので、冬場増えた体重が4月から5月まで落ちる。たぶんこれからあと2キロくらい落ちる。そのあと夏場は暑いからキープ。

 250キロでも走った直後は体重が減っていない。からだが浮腫んで水がたまってしまうらしい。自分の場合胃腸が丈夫なので道中食べ続け、飲み続けで補給を途切れさせず、むしろ体重が増えているときすらある。

 これが回復過程で浮腫みが消え、筋肉復元のエネルギーに体脂肪を使い、1週間位すると体重が減っている。その間猛烈に食べる(飲む)が。

 体感的にどこが減ったのか、自分ではわからない。体全体の脂肪が薄く剥ぎ取られているのだろう。だから多少減っても服がゆるくなった、とまではいかない。

2009年4月26日 (日)

9年ぶり

 足の指の腫れが引かず。今日も軽く走って終わる。例えていうなら棘がささったような痛みで、靴と足が擦れると痛い。足の指は歩くときにも踏ん張るから一歩踏み出すごとに痛くて閉口する。関節とか筋肉とか、根本的な問題でないだけにこういうのが一番気分悪い。普段なら気にせず走るが、来週までに治したいので自重。

 今朝7時過ぎ携帯に電話。見たことない番号で、出ると女性で中国語。休日は電話そのものがあまりかからないし、中国人からほとんどない。間違いかセールスか、はたまた緊急の悪い知らせか?と思い聞く。でもなんとなく聞き覚えのある声。。。

 以前廈門にいたときの会社の女の子だった。いや、もう女の子といえない年齢か。

 転職して別の会社の研修で上海に来た、夕方のフライトで廈門に戻る。時間あったら会えないか?というもの。でもご家族に迷惑?と。いいや。1人だからOKよ。

 このところ週末はずっとマラソン、イベントで不在勝ち。たまたまヒマな日でよかった。

 14年前に廈門で会社を立ち上げたとき2番目に雇った人で、経理担当。最初大学専科(短大みたいなもの)卒業直前で2ヶ月くらい半日勤務、半日学校だった。あのとき19歳だったから今年33か。

 待ち合わせ場所に行くと彼女は前と変わらず。地味というか、一見して地方出身者とわかる身なりで古びたハンドバックとほんの小さなボストンバックが唯一の旅支度。向こうからもあんまり変わらないですね、といわれた。

 最後に会ったのが9年前。8年前に転職して、今は別の日系企業で財務のマネージャだそうだ。転職したころ結婚して女の子おり今6歳。何でまだ結婚しないの?周りに中国人いっぱいいるじゃない、などと相変わらず物怖じしない語り方。

 主に以前会社にいた人の消息や、今の仕事のこと、最近の廈門について聞く。ほとんど向こうがしゃべっていた。そういえばこの子、普段は無口だから一緒に働いているときこんなに纏まって話したことないかもしれない。

 ただ、久しぶりに話して、たぶん、自分の中国語も当時よりよくなり彼女の話がわかるようになったし、彼女も大人になったんだろう、とても論理的な話し方をするのに気づいた。無駄なことをいわない。考えてみればあの時代専科でも大学にいったんだから優秀だったんだろう。漢詩とか、歴史の話をしはじめる。そういえば彼女の机で唐詩の本を見た記憶がある。

 旦那さんは高校の同級生。普段旦那のオートバイ二人乗りで家から5分の会社にいき、定時で会社をあがり、一家揃って食事。週末土曜は家事をして、日曜は近所の父母の家に行く。家はあるが車はない。今欲しいものは特になし。キャリアを上げるために高級会計士の資格を受験中だがなかなか合格しない、受かったらもっといい仕事探して転職する。などなど。中国といわず、どこの国でもできればこういう生活をしたい、って人が大多数でしょう。

 上海の女性は家事しないんだと。というと、へー、そしたら家でなにやってんだろう。さー、テレビでも見てるんじゃないの。そんなの上海だけでしょう、その他の中国の女性はもっと働きます。

 などと日曜の昼下がりらしいのんびりしたやりとりのランチだった。

 せっかくだから東方明珠の前で写真を撮り。来年の廈門マラソンで来たとき昔の同僚集めるから連絡してね、うん、といい別れた。

 

 

2009年4月25日 (土)

今ひとつ

 一日雨から明けて今朝いい天気だった。朝帰国したはずのサンデーSさんが走っている。出張だそうで。他にも常連の方々と少し走る。秋みたいな朝だった。

 疲れはほぼ取れたがまだ太腿の奥のほうに重たい芯がある感じがする。10キロくらい走ると気になる。いままでだとそれもあと3日くらいでなくなるから来週はいい感じで走れそうだ。それにいつも悩まされる足底筋が今回すぐに腫れが引いた。去年後半時分は少し走るだけで痛みがひどかったからずいぶん改善された。

 唯一、左足親指の痛みがまだ取れない。走ったり歩いたりするとき踏ん張るところだから安静にしていられず直りがおそい。完治しなかったら大きめの靴を履くか。

 明日みなさんは大連マラソンと揚州マラソン。両方合わせて30人くらい参加しそうだ。天気予報だと大連も揚州も明日は好天。気温もまずまずで走りやすそうだ。

 

2009年4月24日 (金)

記事

P10304182  昨晩浦東ランナーメンバーと小さい食事会。浦東空港まで走る話題など。浦東に残る農村をこんど走ろうか、という話になり。

↑昨日のデザート(上海湾広場の「La Pizzaretta」です)。

 いままで見た限り、昔の農村街道はほとんどが最近できた車道でブツブツに切れている。特に空港に行くA1の北側から金橋、高橋にかけては工場が多いから古い道は有って無きが如し。A1の南側が狙い目。

 普段自然に5時半くらいに目が醒めるから目覚ましかけず。今朝もそうしておきたらもう6時半過ぎだった。そんなに飲んだかな?しかも外は大雨で。走らず。今晩何もないから帰って走ろう。

P10304192

 全然話し違うが、上海の新聞がどんどん厚くなってきている。これはニュース/経済で48ページ、娯楽/スポーツで16ページ、不動産でなんと56ページある。広告を出す人がいるということだろう。

 新聞ってお金持ちだとよそから記事を買ってくればいくらでも増やせる。

 香港の新聞がそう。香港自体毎日大事件が起きる土地でなく。

 上海と対照的に、日本や香港にいくと新聞が目に見えて薄くなっている。香港など以前土曜の求人欄だけで100ページ近いこともあったのに。

 きくところでは、新聞広告は高い割りに効果がない、というのがマスコミ界の最近の認識だそうだ。

といって、上海の新聞、共産党公式発表や地元ネタが多い。

 ①酔った女性がタクシーに乗り南浦大橋で突如下車、勢いで橋から落ちて死亡(草Xさんみたい)②子犬が溺死した女主人の傍らを2時間離れず泣き続けて助けを求めた。

 なんて記事が今朝大きく出てました。

 

2009年4月23日 (木)

回復

 月、火、水と3日休んで今朝から走り始めた。宮古島アイアンマン帰りのTさんに会う。いつものGさん、Kさんも。今週ずっと天気がいい。

 3日休んだから筋肉痛の治りは予想以上に早い。フルマラソンの2日後くらいの回復状況。この分だと萩に十分に間に合う。その代わり腫れた左足親指が痛い。一昨日、昨日と出張にでて、きつめの革靴を履いていったのが悪かった。水疱がまだ残る。腫れは適当に収まろうが、回復途中で皮膚が薄いうちに走ることになるからテーピングとか対策が要りそう。

 名古屋から帰って翌日また浦東空港から深圳へ。ここは行く度によくなる。最近タクシーの運ちゃんがまろやかになってきた。昔は乗った瞬間から値段を巡りバトルモードに入り、市街地に来ると回り道しようとするのでまた口論になり。今は昔。だ。食べるものも香港の影響で食材がよくて薄味。

 会う人毎に何でそんなに黒いんだ、といわれた。

 

2009年4月22日 (水)

さくら道ネイチャー250キロ:レース後&感想

 このマラソンは最後まで面倒見がよく。終わったら荷物と一緒に自衛隊の車で休憩所のホテルまで送ってくれる。ホテルはすぐそば。 

 ホテルの大浴場で着替えて広間で一休み。走り終わった人たち同士ああだこうだ、ビール飲んだり一眠りしたり。大広間に女性も一緒にいます。着替えは風呂でできるし。 

 一休みしたら大会の車で主催者の白鳥町まで運んでくれ、そこで一泊(宿泊料大会費に込み)。あくる日みんなで閉会式&完走証授与(順位表彰なし)。桜の記念植樹。パーティー(飲み会)更に名古屋駅まで送ってくれる。

 われわれは最後の組で30人くらい。なにしろトップは自分より10時間も早くゴールしている。大阪の会社員の方でほぼ同じ年。どうすればそんなに早く走れる。

19時20分ごろバスで出発。みんな文字通り死んだように寝ている。東海北陸道経由で2時間。走ったら22時間かかったんだけど。P10304122

宿は二手に分かれ、我々が白鳥町北部の「奥美濃苑」。B級グルメとしてカレーを売り出しているそうな。

ついたらもう21時半過ぎ。ここから食事。あれ。意外にも11人ほどいて酒飲む人が3人しかいない。

 皆さん飲まないの?自分は1人だけ大瓶2本飲んで、つまみがなくなったのでご飯もつまみに3杯食べた。相変わらず胃腸の実力はあるようだ。もうちょっと飲みたかったが眠いし。

 3人部屋で一緒にゴールした東京のSさん、ちょっと前に入ったHさんとレース回顧。12時前寝る。

でも不思議なもの。いつも起きる5時半にが醒めた。徹夜明けなのに寝れない。

朝食をいただき、一人荷物をまとめて帰る。

P10304152閉会式とパーティーに出たかったな。楽しそう。一応完走できたし。

 宿から歩いて5分ほどのところが長良川鉄道始発の「北濃駅」。

 7時13分に乗る(この次の9時02分だとフライトぎりぎり)。

 ちょうど通学時間で、中学生、高校生、小学生が次々に乗っては降りる。中学生が一番かわいい。

沿線は走ってきた156号線沿いで見覚えある景色が流れてゆく。さほど眠くなく車窓を見ながら美濃太田まで。約2時間。JR高山本線乗り換えて鵜沼。名鉄新鵜沼から名古屋ー神宮前ー中部国際空港。ちゃんと飛んで16時に上海着。今回交通は順調だった。

(感想)

・とにかくこんなに面倒見の良い大会は初めて。サポートが良すぎて申し訳なくなる。途中で止めなくてよかった。岐阜県に対するイメージがぐんとよくなった。

・タイム

関門      目標タイム     結果

106.9キロ   12時間30分   12時間33分

143キロ    18時間30分   18時間35分

172.6キロ   23時間      23時間17分

212キロ    29時間      29時間13分

ゴール     34時間±30分 34時間40分

四苦八苦したがタイムはほぼ想定どおりだった。

・Katellさんと一緒にならなかったら前半143キロまで1時間は早かっただろう。しかし、その分後半もっとばてたかもしれない。真相はどうか?

・ダメージは筋肉痛がほとんどで、関節、じん帯はなんともなかった。左足の親指がすれて大きな水泡ができた。これが痛い。心配した股関節の痛みが出ず。足底筋はいつもながらでどうしようもない。我慢するのみ。

・参加ランナーのレベルが高いからへたばった風な人が大復活したり、地道に追いついてきたり、粘りが肝要とわかった。

・コース的には萩よりもやさしい。アップダウンが少ない。全部ロード。道を間違えることもまずない。難点は交通量の多い国道を走ることで、歩道がないと注意してスピードが落ちるし車を気にしてストレスが発生する。

・この大会に出て閉会式まで参加するとそうとう仲良くなりそうだ。返す返すも途中帰宅が残念。

・参加者の平均年齢40代後半くらい。超ウルトラは中高年が多いからそんなものか、と思っていた。帰りがけに新聞見ていたら同じときに宮古島のアイアンマンレースをやっていた。若い人はこっちに出たりしているのかも。       

 

 

さくら道ネイチャー250キロ:終点=金沢兼六園

P10303922 五箇山へ。199キロ地点から4キロで300m上る。もちろん歩くしかない。遠くに雪山が。今年は雪が少ない、とは常連さんのコメント。

 ずっと前後してフィンランドから来たMさんがいる。Mさんは日本人でフィンランドに37年住んでいるそうだ。開会式のとき選手代表挨拶をされ、冒頭「普段日本語しゃべらないから忘れました」と。

 途中友人の方が応援にみえていて、常滑出身の人のようだ。レース日の新聞に紹介されていたと。Mさんは「新聞に出た以上完走しないと」とがんばってられた。

 他にも自分と同じ豊橋出身のNさん。宮古島のゴール前で会った方。途中で少し話したら先日地元の新聞に大きく取り上げられたそうだ。

 4キロの坂が長い。ずっと歩きで、眠くて途中気絶してしまう。こんなに眠いのは何故?先月のお台場だってここまで眠くなかった。

P10303932 長い急坂を歩いて上りやっと第40エイド着。ここまでゴアテックスを着てきた。10時となり暑い。42エイドに荷物を預けてあるからそこで手放そう、と思っていたら、このエイドのスタッフが、「不要なものは金沢までもって行きますよ」という。渡したらビニール袋にゼッケン番号を書いて保管してくれた。本当に親切な大会だ。

 身軽になり少しやる気が出る。が、トンネル内の地下水ぬかるみでうまく走れず。早々話は簡単ではない。

P10303952 五箇山トンネルは3キロあり、いけどもいけども進まない。加えてここは歩道がしょっちゅうぬかるんでいて滑る。トンネル内は狭いから車が来ると危なく、慎重歩きが多くなってしまう。

 ようやく着いたトンネル向こうの第41エイド。黒い服のランナーがフィンランドのMさん。

 今日も好天だ。ここいらは山の中だからいいが、下に降りたら暑そう。金沢は暑かった。

相変わらず足裏痛く、眠く、力が入らず。でも先が見えてきた第41エイドからゴールまで42キロ。フルマラソンの距離まで来た。

 ふと振り返るとここまでずっと写真を撮ってきた。本当に体が溶解するほど疲労して、頭が沸騰しているときは写真を写すことさえ億劫になる。そう思うとまだ余裕があるのかもしれない、などと考えたりもした。

エイドから一気に下る。ふとももパンパンやめておけ、と思いながら一気に駆け下りた。

P10303962 止めておけばよかった。このダメージがずっと残る。

 下りきると第42エイド=最後の第4チェックポイント212キロ。関門が30時間30分で、ここに29時間15分でついた。あと38キロ約7時間ある。もう大丈夫だろう。

 ちょうどお昼で食事が充実したエイド。あるもの食べまくる。たこやき、フルーツ、フランクフルト、奥のほうから飛騨牛の焼肉。

ふとみるとエイドの真ん中にビールの缶が。それもキリン、サッポロ、アサヒ、サントリーと全部ある。自分はレース中は飲まないので見るだけだが、他の人は飲みたそう。焼肉食べないんですか?と聞くと、食べたら飲みたくなるから、という人もいた。

P10303992

長居して出発。疲労がひどくなり速度が鈍くなるばかりだが、幸いしばらく平らな道が続く。平地がいい。足に負担がない。

 単調な道をエイドだけを楽しみに進む。途中何箇所か曲がるが誘導がいいから迷うことはない。

 P10304022

平坦な市街地は特に記憶に残るもののなし。お祭りをやっていてはっぴ着ている人が目に付く。

 南栃市の福光を過ぎてまた山に入る。100mくらいの上りがもうしんどい。

 ようやくついた第45エイド。228.6キロ。地元の若い人たちが元気に迎えてくれる。食べ物、'飲み物、たくさんメニューに書いてある。

 あと20キロ。休憩を少なくして走り抜けることとする。

途中から到着順位をみると大体60位前後。93人出て10数人リタイヤしているから最後の方だ。長い間ご苦労様。

P10304042 石川県にはいる。残り18キロ地点。このあたりで道路工事していて走りにくい。

  日差しは強いが冷たい風があるので気温の割りに暑さを感じなかった。

P10304062 また小さな山を越えて後はずっと下る。下りでももう走れず歩きが多くなってきた。

工事地点にもこんな看板がある。が、「桜の道」ではなくて「さくら道」なんだが。

 富山、石川は岐阜と違いレースが知られてないようで応援する人もいない。

P10304082 スピードが鈍っていけどもいけどもエイドが出ず。全コースで初めて自販機でジュースを買って飲んだ。歩きながら飲んでいたら第47エイドに。

 あと10キロ。お年寄りが多く、挨拶してさっと飲んですぐ出る。

P10304092 最後のエイド。あと7.2キロだ。

 一気に駆け抜けよう、と走り始める。なんだか走れる。歩いているランナーを1人抜かしたりして痛さをこらえ走る。

 ところがなかなか着かない。もうとっくに7キロ走ったはずなのに全然気配がない。終わったあと他のランナーも、最後7キロ以上あるよなー、といっていた。

 ゴール兼六園手前でSさんと一緒になる。

P10304102 最後、信号を渡り、細い観光道路を登る。皆さん拍手で迎えてくれるがほっとして歩き出す。なんとも感動を呼ばないランナーだ。

 最後だけ歩いてゴールイン。

 ゴールしたら感動で泣きたくなるか、とレース前は思ったがいろいろあって淡々と入った。

P10304112

 兼六園の佐藤桜にタッチしたらゴール。こちらです。34時間40分。

サポートのみなさんお疲れ様でした。

Katellさんはどうしてるだろう。

 

 

2009年4月21日 (火)

さくら道ネイチャー250キロ:一人旅

  P10303762 Katellさんと別れてここからは一人。夜中1時を過ぎ、寒く、暗く、ランナーもおらず。このとき何を考えていたのか?思い出せない。

 とにかく、走れば走るほどリタイヤしたくなってきた、つらいし、眠いし、先は長く。それどころか、こういう長いマラソンはこれが最後、2度としない、と念じはじめる。

 エイドにつくとぼんやりたたずむ時間が長くなりはかどらない。

P10303782 下りなのに時速8キロくらいしか出ない。歩くし、エイドで休むし。

 左足親指が猛烈に痛くなってきた。つめがはがれたと思っていたが、屈した脱いだら指全体が腫れている。

 とにかく持病の足裏痛がどうしようもない。荘川桜で仕方なく鎮痛剤を飲んで少し収まったがぶりかえし。31エイドでマッサージの方がいたので、足の裏をやってもらった。いい感じ。少し元気に。

徹夜レースは1時ー5時あたりが一番つらい。真っ暗闇で目標を失いがち。そんなとき回収車が来るとふらっと乗ってリタイヤしたくなる。眠いからよろよろしていると、通りがかりの大会の車が心配して寄ってきてくれる。

P10303792 もうやめだやめだ、こんなのやってられるか。という声と、ここまできて、100キロ切り、我慢すれば必ずゴールできるぞ。という声と。頭の中でいったりきたり。

 そうこうしながら第3チェックポイント白川郷着。合掌造の街です。夜が明けた。172.6キロ。関門1時間15分前。

 荘川桜からここまでの30キロ4時間以上かかっている。

 時間的に厳しいが思い切って休むことにした。トイレ、食事、マッサージ。30分滞在した。

P10303802_2 復活した、元気になったといいたいところだが、そこまでいかず。緊急の痛みがなくなり仕方なく走り出す。

 あと78キロ。遠いな。12時間以内。なんとかなるか。。。

 ここは岐阜、富山県境で遠くに雪山が見える地帯。夜が明けてもさむい。

 夜半からウインドブレーカ2枚着て走ってきた。

P10303822 岐阜を抜けて富山県にはいる。相変わらずしんどくて休み休み。リタイヤしたい、と念じつつ進む。

 明るくなりランナーがちらほら見える。このあたりで会った人たちとゴールまで抜きつ抜かれつだった。

P10303832_2 太陽が出た。徹夜ランは強い方で、普通日が出ると体が目覚めて眠くなくなる。徹夜明けでもそうだ。

だが、今回全然眠気が去らず。もうろうとしてきた。

 第36エイド183.7キロ。エイドでコーヒーでも飲もうか、と思うが、ここまで冷たいものの飲み続けで胃が弱ってきてるからそれもせず。このあたりひたすらお湯を飲んでいた。

P10303862 岐阜だけでなく富山にも合掌造りの家多いんだ。知らなかった。山間にあること、広く分布していること。福建の土楼とよく似た文化だ。

 日曜朝で観光客が少しいる。まだ8時だが。

 これはいい眺め。

P10303872_2 相変わらず先を考え始めるとリタイヤしたくなる。足の痛みが増すばかり。

 ただ、朝になりまた食欲が出てきた。この第38エイドでカレーがあった。今回カレー初めてみた。においに釣られて注文。おいしい。ウルトラにはカレーが合う。

 他のランナーさん食べられない人も多く、これだけ食べられるからやっぱり大丈夫かな。と、すこし自信。

P10303902 終盤の難関。五箇山手前の第39エイド。198.1キロ。こちらにはそばがあった。もちろんお願いする。甘めの山菜そば。

 あと50キロ。9時間。なんとかなりそうだ。でもこの後が思いのほか難コース。 

さくら道ネイチャー250キロ:荘川桜まで

P10303352 第12エイド60キロ。6時間半経過。道の駅で地元野菜即売中。

 Katellさんはフランス人の女性。50キロ過ぎになんとなく併走し始め、少し英語で話したら「一緒に走ってくれ」という。ちょうどマンネリ化してきたころで、ペースが同じくらいでもあり、いいか、と。結局このあと143キロ地点まで約13時間一緒に走った。彼女は通訳、メッセンジャー、話し相手が欲しかったようだ。

 P10303382

第13エイドで。もう山の中。エイドでこちらを向いているのがKatellさん。背が高くてがっしりした骨格。この人だけ名簿に年齢が表示されていなかった。拒否したんでしょう。フランス人らしい。

 去年のスパルタスロン完走して今大会に参加。モンブラン168キロ、とかアフリカ縦断アドベンチャーゲームとか、そういうのに参加してきた、という話。バイクも、カヌーも、ラフティング、クライミングも何でもやり、仕事もそういうインストラクターみたい。

P10303392

第13エイド。果物に笑顔。ところで調子は?というと、3月の24時間ランに比べれば悪くない。あのとき内臓がくたびれていた。今回走る前3日完全休養で走らず。食事も酒のまず胃腸を休めた。

 数日前からのどが痛くて風邪か?にしては場所が変で?と心配したがここまで痛みがぶり返す様子はない。

 P10303402 とはいえ、毎度のこと30キロも走るとすでに足が疲れてきた。こんなんであと200キロ走れるのだろうか?といつも不安で仕方が無い。こればかりはいつも不思議。100キロ超は足が疲れたり回復したり(気のせいだろうが)、一進一退しながら歩を進めてゆく。

 道は遠く果てしない。岐阜を北上するに従い山また山。コースは長良川と長良川鉄道に沿いながら続く156号線。帰りに長良川鉄道で戻りながら眠い眼をこすって沿線をみると走ってきた光景が眼前に。

 自然一杯のいいところだ。

P10303412

第14エイド。72.1キロ。今回全部のエイドの写真を撮った(つもり)。このあたり、どうしてもKatellさんが写っている。彼女は暑い暑いと水を飲んで被っている。自分は暑いのすきなのでこれくらいちょうどよし(24度くらい)。胃がやられるから飲むほうをセーブし始める。

 8時間経過。まだまだ。このブログも長くなりそう。回顧するだけで疲れる長さだ。まあ夜になると写真も書くこともなくなる。

 P10303452 話したことがあるフランス人女性はフランス語の先生がほとんどで、Katellさんもなんだか先生みたいな厳しい人。というか、ペースを自分で決めてこちらに指示してくる。幸い遅めで、GPSを見ながら何キロ走ったから2分歩こう、というぐあい。飛ばし始めると「Slowly!」としかられる。

 これは何?と聞かれ(お地蔵さん)、一種の仏陀です。と説明したり。

P10303472 川に飛来する鳥のことについて聞かれたり。ほとんど話すのは彼女の方。

 3年前に乳がんで手術して去年から復帰した、というような話もしていた。子供の話とか。

P10303512

山間の道。微妙に傾斜があり、上り坂だと走るか早足で歩くか迷う。こんな風にちゃんと歩道があるところはいいが、無いところが多くてそういうところはむやみに飛ばせず。

疲れた、というよりこれから先が長いから消耗せず体力を温存したい気分(消極的)。

P10303542 第19エイド。高校生(たぶん)が詰めていた。外人さんがきた、あんた英語得意でしょう、はなしなよ。とかやってた。

 写真のようにエイドがあるとつい座ってしまう。この時間的ロスはかなり大きい。といってこれだけの歓待、そっけなく過ぎるのももったいなし。

P10303442

こうみるとどこも同じようね。エイドの様子は。大会のエイドはS,M,Lに分かれていて、Sが飲み物だけ、Mが+果物、ゼリー、ヨーグルトなど。Lは食事提供、となっている。

 こちら第16エイドは郡上八幡の体育指導委員会の方々。Sエイドだけどちゃんと食べるもの並んでます。

P10303572前半の一区切り第21エイド(106.9キロ)=第1チェックポイント。関門14時間。われわれ、Katellさんと2人は12時間半で到着。予定通り。

 ここは主催の白鳥町の美濃白鳥駅前。白鳥踊りの像があり。

 夜6時半となり、ここに防寒用のゴアテックスと手袋を預けてある。取り出して着ると、ゼッケンを必ずみえるところに貼るように、とスタッフの注意。不恰好に縦に貼る。

 P10303612 Katellさんの御家族、友人の応援団が4人詰めていてやいのやいの。彼女は着替えやらなんやらで20分くらいかかり。出発したらもう真っ暗。待っている間に隊長に短信を打つ。

 沿道はさくら道なのでところどころさくらがある。ここいらまでくると山の中とてまだ咲いている。

 P10303632

第23エイド。今回はエイドが多くてスタッフが撮ってくれるから自分の写真が多い。もう標高が高く外は寒い。止まって走り出すと震える。

 日が高いうちはまずまずだったKatellさんのペースが鈍ってきた。口でははっきり言わないが、股関節が痛そう。おなかの調子もすぐれない。走っては止まり、になり始めた。

自分の方は、100キロを過ぎてようやくペースがつかめてきた。こんな距離のレース年何回も走らないから自分にベストの走り方を忘れている。去年の萩の時も100キロ過ぎに調子が出てきた。

 この距離での自分にとってのペースは、8-9キロ/時間で疲れない走り方。それだと苦しくなってもなんとか進む。頭でどうするのか理解していないが、体がそう適応してゆく。

P10303652 と、走りはそうなのだが、疲労感は時間を追うごとに蓄積してゆく。寒いから足が冷えるのが救い。コース最高所の950m付近にさしかかり気温5度。天然のエアーサロンパス。

 自衛隊の車の脇で。まあ、こんなことしてられるくらいだからまだいいか。

P10303672最高地点少し手前ひるがの高原エイド第25番エイドで、距離もちょうど中間点。Katellさん座り込み、また隊長に短信を送る。すぐに返事。

 半分きたところで特に大きな故障がないから安心。

 エイドのおじさん、できあがっているみたいでKatellさんに絡む。「Tortureみたいだ」とのコメント。

 相変わらずおにぎり、味噌汁とバクバク食べる。今回食欲は失せなかった。

P10303692 ピークを越えると下り。時間を稼ぎたかったがKatellさん進めず。夜だし(22時過ぎた)ここで置いてゆくわけにも行かず。

第26エイドでネイチャー参加を勧めてくれたFさんが。リタイヤすると。何も言えず。

 とりあえず次の関門、143キロの荘川桜を目指す。そこでどうするか考えようか。そうKatellさんにいいたかったがずばり言えず。

正直、このペースだと完走難しい。悩む。

P10303702歩き通してやっと到着荘川桜。樹齢400年とかでとても桜の木に見えない。ダムに水没する寺にあったのを峠に移植して見事根付いた、奇跡の桜で、さくら道のシンボル。

 ライトアップされてきれい。ちょうど満開時期。

 ここに第2関門あり。20時間以内。われわれは18時間35分くらいで到着。このタイムならまだいける。が、Katellさんいけるか?

彼女はエイドで荷物を受け取り着替え、自分は座ると足が固まって動けないからその辺を歩き回る。

着替えが終わり、さて出ようか、と声を掛けたら。「I can't start]という。

P10303732 そうですか。とやはり話すことなく。内心少しほっとしながら。

 ではここで、と記念撮影。体格といい、厳しい顔つきといい、エイリアンで有名なシガニ・ーウィーバーみたい。始終真剣な顔つきでこんな風に笑ったのはこのときが初めてだった。

 

さくら道ネイチャー250キロ:スタート

ちょっと眠い。5時前ホテルでて途中の吉野家で牛丼食べる。

P10303002 名古屋城を午前6時スタート。城は開門前なのでランナーと関係者だけが入場する。

 ゴールに搬送する荷物預け、点呼、写真撮影。

 3分おきの時差スタート。自分は2組で6時3分。約15人一緒。

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お城脇を通り、門の前に自衛隊の車がずらり。拍手で送ってくれる。

城から出ると見送りの人が。ここはちょうどKKRホテルの向かい。

 気温12-13度。半袖Tシャツで走るのにちょうどいい。

エイドが充実しているから携行品はウエストポーチのみ。中にはカメラ、お金、薬/絆創膏、ヘッドライト、薄いウインドブレーカ。P10303102大体みんな同じようなものでリュックを背負う人は少ない。

 しばらく名古屋ー一宮の市街地をいく。信号待ちで休憩すると朝の空気が冷たくて気持ちいい。

聞いていた通りみんな最初から飛ばす飛ばす。こんなので250キロ持つか?と思うが、なにせこの大会は実力者ばかり。

 大体同じくらいのペースの人をみつけて話しながら走る。

ネイチャーかスパルタを完走した人が多くいろいろ参考になった。

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 最初のエイド。11.3キロ地点。1時間7分。6分/キロ以上で走っている。100キロマラソンペースだ。

 でも涼しいからペースダウンせずみんなに合わせて黙々と進む。

途中去年スパルタを完走したYさんとしばらく一緒に走る。

走歴3年でスパルタ完走したそうだ。

P10303152 景色は街の中で格別珍しいことはなし。20キロくらいしてとりあえず調子は普通だからマイペースで進む。

 25.9キロ第5エイド。桜色の大会ジャンパーを着た人がどこもたくさんいる。このあたりは日本造園建設業協会さんがサポートしてくれている。

P10303162_2  この先で岐阜県にはいる。愛知、岐阜県境の木曽川。中国標準でみると小川に見える(水量が少ない)。雨が少ないのか。

 9時になり暑くなってきた。20度近い感じだ。

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沿道の女性が一人一人に飴をくばってくれている。袋の中に折鶴が。お守りみたいなのでずっと持って走った。

 主催地ということで岐阜はどこでも沿道で盛んに応援してくれた。特に子供の応援が多くて力になる。

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 郷土芸能をやっていくれている人たち。だと思うが取りすぎたとき休止中だったみたいだ。

 ただし、エイドが充実していること、有利不利があってはいけないこと、という理由で私設サポートは原則認められていない。だから飲み物や食べ物を出してくれる人はいない。P10303222

岐阜市街を過ぎて道は山の方へ山の方へ。これから150キロほど国道156号線をひたすら北上する。

 街中の家よりも山を見ていた方が気持ちが落ち着く。

 暑さは増すばかり。風も弱い。どこまで気温が上がるか?

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 40.6キロエイド。4時間10分で到着。木曽川RCの方々のサポート。もう水を被っている人出てきた。

 右のスタッフの手の中にある白いのは濡れタオル。到着するとすぐくれる。これはありがたい。

 暑さと渇き強い方なのでこの辺は気にせず走り続ける。

P10303312 第10エイド。49.6キロ5時間13分。このあたりからエイド滞在が長くなり始める。

 トイレに行って出たら9分後スタートしたYさんに会った。強豪Yさんに50キロで9分遅れならいいか、と思う。

 ここでKatellさんと会う。これが大きな今後の走りにインパクトを与えた。

 

2009年4月20日 (月)

さくら道ネイチャー250キロ:事前&様子

P10302872_2 4月17日の説明会から20日の閉会式まで。走るのも長いし全体で足掛け4日のイベントです。

 説明会は17日15時から名古屋のKKRホテルで。近頃評判のかんぽの宿みたいです。名古屋城そばで愛知県庁とか隣接。

 3月の台北(飛行機9時間遅れ)、4月の開封(渋滞で乗り遅れ)で悪運使い果たしたようで今回は順調に着き、中部空港から一直線で14時30分に到着。もうみなさん勢ぞろい。

P10302912 選手が100人しかない。この100キロ超ウルトラマラソン世界。どれくらいの人口がいるのかわからないけれどどこにいっても似たような顔ぶれ。日本人は知り合い、顔を見たことある人、名前が轟いている人、ばかり。

 大会は岐阜県の郡上市が主催なので市長さん、来賓の挨拶が多い。入学式とかの乗り。

 そのあと選手一人一人の紹介。

 えらいさんが退出して空気が変化。大会注意事項の時間。これがあるから開会式は参加必須。欠席したら失格。

 主催側はすっとやっている人が多く、参加者もリピーターがかなりいるのでざっくばらんな話し方。はっきりとは言わないが、この御時世、お役所の財政厳しくこのイベントの存続も危うい。事故の無いよう成功させましょう。というトーン。

P10302942続いてエイド預ける荷物受け渡し。会議場の机に置いてゆく。この大会は47のエイドの1/3くらいのどこにでも荷物を預けられる。こんな面倒見のいいのは初めて。

自分は夜間、山岳の防寒具&それの返却として107キロ、172キロ、212キロに預けた。結局107キロしか使わず。なんと返却はどこでもできた。

17時前に終了。KKRが取れず近所の東横インに泊まる。足りないものの買い物、食事して。20時に寝たが中国時間だと19時。

寝付き悪い(当たり前)。

P10303512 レースの全体として、名古屋ー岐阜ー関くらいまで街のなか。156号線がメインコース。岐阜に入りしばらくするとこんなゆるいアップダウンの山の中の道を行く。

 大半が歩道があるがところどころないと車道の左端を走る。日本では左を走るよう指導する大会が多い。

 白鳥あたりから上りが増えてひるがの高原以降下り。あとは山の中をねうねしながらいき、富山に入りまた上り。アップダウンを繰り返し金沢へ。

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見えにくい写真ですが、なんと国道の交通案内にこんなのがところどころ出てます。たった100人しか走らないのに。

 岐阜県中心に、警察も全面協力で愛知県警、岐阜県警、富山県警、石川県警がが支援。先頭とビリの差が10時間以上ある100人のために。

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警察だけじゃない。自衛隊もフルサポート。10台のジープがランナーの周りを不測の事態が無いか常にいったりきたり。

 エイドにいた陸上自衛隊第35連隊の人とのショット。気合がはいっていてこちらもパワーが湧く。

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今回800人というボランテイァスタッフは主にエイドの人(エイドが全部で47箇所)。今大会で16回目ということもあり、手馴れた様子。

 細かいところ、たとえば、昼間のエイドはどこも到着すると真っ先に冷たいお絞り、タオルが出てきて、夜は蒸しタオルが出てくる。

 エイドには日英韓の必要会話コピー。

 マッサージの人が3人いて各エイドを巡回している。エイドにマッサージ台。

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コース誘導は完璧で、要所要所のこの立看に加えて人が立っている。エイドが5キロごとだし、地図もしっかりしていて、まずコースを間違える心配が無い。ランナーはみんな地図をもっていない。

 岐阜の大会は夜叉が池とこれしか出たことないが、どちらもずば抜けたホスピタリティ。岐阜県が好きになってしまう。

 

2009年4月17日 (金)

さくら道国際ネイチャーラン250キロ:名古屋へ

 今朝のフライトで名古屋へ。初めてネイチャーに参加。ネイチャーの詳細はこちら。名古屋スタート、金沢ゴールの250キロ。18日朝6時スタート。制限時間19日18時までの36時間。

http://shirotori.gujo.to/sakurainr/HP/sakurainr1.htm

 普通の大会と違い、日本人80人、外国人20人と出場枠があり、過去3年間の記録により選考される。超ウルトラの福岡国際マラソンみたいなもんでしょうか。名簿をみるとウルトラ界の精鋭総揃いの感あり。ランナー100人にボランティア700人と、出させてもらうのが悪いような手厚いサポートで、5キロ毎、50ヶ所にエイドがあり、仮眠所も適宜配置されている。

 まさか自分が出られるとは、というのが正直なところ。3年ほど前萩往還のとき、途中一緒になった人に、「がんばればネイチャー出られるんじゃないですか?」といわれ、そのときはとてもとても。考えもせず。

 100キロ9時間そこそこ、萩往還40時間切り、くらいしないと。と思っていた。ところが、去年一昨年と萩で40時間切れ、参加経験のある広島のFさんに、申し込んでみたら、といわれ。だめもとで申請したら選考されてしまった。上海からの参加が珍しいのかも。

 でも、なぜか萩往還は相性がいいけど決して他の超ウルトラの成績がいいわけでなく。全然不安。

 唯一の手がかりは萩のタイム。左が萩の去年のタイム。右がネイチャーの関門。

         萩往還        ネイチャー

107.2km(川尻岬)  13:10     106.9km  14:00

142.3(先崎)     18:20       143    20:00

174.9(宗頭)      23.06      172.6    24.30

215.3(東光寺)    31:20            212:00       30:30

250(ゴール)           39:06            250          36:00

 宗頭までのペースでいけば175キロまではOK。萩は宗頭から眠くて足が痛くて休んでばかり。今回徹夜は一晩だけなので眠気は問題ないだろう。

 なんとか制限時間内に完走したい。

 その前に、朝一の飛行機で名古屋に着き、15時の説明会に参加しないと。飛行機遅れたらどうしよう。

  

2009年4月16日 (木)

新茶

 週末に備えて昨日から走らず休憩。ひたすらよく寝るように努めるが普段朝練習に起きる時間に目が醒めてしまう。ああ。今日はいいんだ、ともう一度寝て、この季節だから2度寝が気持ちいい。

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知り合いに新茶をもらった。すいませんね。ともらっただけだが、調べてみたら「紫筍茶」という大変有名なお茶らしい。何でも中国で最初に皇帝に献上されたお茶だとか、お茶の神様陸羽が「茶経」を書くとき飲んだお茶だとか。由緒がある。

 葉は大きさがそろっている。食べてみると苦くないどころかけっこうおいしい。

 味は上品な日本の緑茶とそっくり。きれいな碧色をしている。

2009年4月14日 (火)

甘味

 朝ぼんやり10キロほど走る。調整でゆっくりと走っていたら後ろからGさん、Kさんがやってきた。10日前近所に越してきたGさんに初めて朝会った。2人とも軽やかな足取り。

 甘いものがますます好きになってきた。もともと酒飲みなので辛党だったのが、30過ぎに香港でデザートを食べる習慣がついて甘いのが好きになり。これで太ったのが走り始めた原因の一つ。

 以来酒を飲むとケーキとかチョコレートとかアイスクリームを食べたくなる嗜好になってしまった。羊羹をつまみにウイスキーを飲む、など考えると気持ち悪いがやり始めると幸せな気分になってしまう。

 中国だと外で飲む時甘いのメニューが手薄だから帰ってから板チョコをかじったりしてます。その翌日はカロリー消費でハードに走らないと。

 ウイスキー&羊羹のほかにも、干し葡萄とビール(最高!)、黒砂糖にジン、など。みなさんどうなんだろうか。

2009年4月13日 (月)

英国人

昨日金橋マラソン帰りにバス停で待ってたら若い西洋人にバスの行き先を聞かれた。ちょうど同じバスに乗るので説明、話し始めた。

 杭州から来てリレーに出たそうだ。3位のチームだと。そういえば前の方でこんな人走ってた気がする。去年もリレーに出てチーム一着だったそう。よくよく見るとかなり若い。

 杭州ではアパレルのデザインをしていて、聞くと英国人で、イギリスは今経済がメタメタで仕事がみつからない。こっちならいくらでもある、といっていた。この人うまくはないけど中国語話しなれていて、最初のうちずっと中国語で話した。普段運動はラグビーとサッカーをしてるそうで、杭州にもラグビーチームががあるんだ。

 夜は大学の同級生が2人たまたま出張に来ていて久々にあった。経歴と風体は変わってきたのに話しかたは昔と同じ。3人とも長年中国ビジネスに関わっていて、一人は飲んだ後深夜にフライトで成都にいき金を取り立てた来る、と。大体こういう面子だと中国ビジネスの悪口になる。いろいろ面白い話を聞いた。

 

 

2009年4月12日 (日)

金橋マラソン②:走り

 走るほうは、2キロ、8キロ個人、10キロ(?)リレーの3つの部に分かれている。8時45分2キロ、9時45分8キロ、10キロリレー10時45分スタート。どれも数分開始が遅れた。

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今回8キロに参加。全部で何人くらいだろう。ざっとみて7-800人くらいかな。スタート前さほど混雑感が無い。

 会社Tシャ多し。ベストバイの人は「エイエイオー」みたいな掛け声を唱和していた。毎朝開店前にやってるんじゃなかろうか。

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基本的に名月路と碧雲路を走る。スタートの和平学校が黄楊路。南へ出てすぐ名月路を右に曲がりまっすぐ。

 白樺路までいき右折。碧雲路でまた右折。ずっとまっすぐ東へ向かう。黄楊路を少し入りゴール手前で折り返す(距離あわせ)。また碧雲路に戻り紅楓路を右折して名月路へ。あとはまた同じ道を2周目で走りゴール。

 距離標識は1キロごと。車の頭に乗っけてある。これは2キロ表示だが、2周目通ったら6キロに入れ替えてあった。

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全然力が入らず1周目は流れに任せるだけ。2周目少し走るがときすでに遅し。なんとなく疲れてもいて38分くらいでゴール。

 この車は7キロ。あと1キロがすごく短く、距離表示が多分間違っている。GPSで走った人によると8キロなくて7.8キロくらいだったそうで。

後で表彰式見たら1位の人が25分くらいだった。

 リレーの方は大盛り上がり。かなり速い人でチームを組んだので入賞期待ありみんなで応援した。

最初の走者は女性限定。期待通り隊長が2位でフィニッシュ。

1

力走する2走Nシーのアップ。競い合う他チームのうち1位はどうみても体育学校生みたいな軽やかな走り。

 2.5キロくらいだと全力で走らざるをえず、本当につらそう。

2同じくフィニッシュ間際のTノさん。先週の大サッカー大会で足を酷使したそうでみていてもダメージを感じた。

 でも最後の懸命の踏ん張り。

 今回はたすきでなくてバトンでリレーしてました。

3 アンカーの若者Iさん。こうしてみるとひどく厳しい顔つき。この時点でかなり暑くもなっている。

 惜しくも表彰台は逃したがあと一歩。次回に期待。

 レース後 走らなかった人たちも数人合流し20数人でランチ。

 みなさん旺盛な食欲を発揮していた。

金橋マラソン:様子など

 P10302502 金橋で行われたマラソンに参加。

金橋ってどこ?名前は知っているけど、という人も多いででしょう。浦東では老舗の高級住宅街で外人さん多数。英語学校数校。

 マラソン会場はそのうちの一つ和平学校の校庭を借りている。

 今回TARCから20人くらい参加した。集合写真撮ったんだがうっかりして自分のカメラ使わず。

P10302592 6時半からその辺一回りして向かい、8時に着くともうかなりの人。続々とランナーが終結。荷物預け、トイレあり。着替え所なし。

 会社のTシャツ着ている人、旗を持っている人が多い。メインスポンサーが欧米系で、そちらから参加をつのったとみえる。上海マラソンに日本の会社のスポンサーが多いようなもの。

 ああいう旗作ったらいくらするのか?

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校庭に大きなギブソンの移動コンサートトラック。

 レース中から大音量でロックコンサートが始まる。隣の演台でで主催者がしゃべっていたりするが気にせず歌い続ける若者。まとまりないな、と思うと同時に好き放題歌えて楽しそう。歌詞は中国語でした。

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上海は毎日ラジオニュースの冒頭で「今日はX月X日X曜日。上海万博開幕まであとX日」というくらい万博に向けて盛り上げようとしている。会場にもこのキャラクター人形がごろごろ。

 こちらは空気人形。でかいが作りが雑で醜くかわいそう。

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こっちの着ぐるみも不恰好だけど一生懸命愛想を振りまいていた。11時時点で20度以上あり中の人は相当暑そう。

見ての通り色合いがだいぶ違う。形も目の位置が全然異なる。デザイン規定とか徹底されていない感じ。そういうおおらかなのもいいかな、と思えるのは中国慣れしているからか。

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ゼッケンあるが個人とつながっておらずあるのをつけた。男女だけは番号で区別できるようになっている。

 このゼッケンシール式で、裏の透明ビニールを剥がしてTシャツに張る。安全ピンいらずで、これは新製品(はじめて見た)、と興味持つ。

走ってみたら汗をかくとはがれてしまった。水ではなくて油に弱いようだ。要改善。

2009年4月11日 (土)

調整

 6時前に出て一回り走ったあと練習会に顔を出し帰る。27キロくらい。早朝いつもの顔ぶれが走ってた。このところ白人さんが目立つ。彼らはそんなに長く走らないようだ。1時間くらいで見かけなくなる人ばかり。

 河南省マラソンから約1週間。どこか変なところがないか、チェックする目的もあり。今現在特に痛いところ、気になるところは無い。左足底筋も冬場よりもよくなっている。これから続く長丁場のレースの連続になんとか持って欲しい。 

 体調よりも仕事の関係でマラソン日程調整が必要になってきた。大阪のマラソン走ったあとその日のうちに東京にいくはめになりそうだ。まだ1ヶ月以上先の話だが。移動方法としては最終の新幹線、寝台列車、高速バス。の3つがあり、高速バスが一番安い。でも一番疲れが取れなさそう。

 

2009年4月 9日 (木)

準備

 月曜一日休んで火曜からラン再開。4月に入りめっきり春めいて今週最低気温10度を下回らない。半袖、短パンの人もいる。

 朝出会うTARCのメンバーも増えてきた。冬からのKさん。香梅のSさん復活して相変わらずの快速ぶりを発揮している。

 明るくなるのが早いので走り始めるのも冬場より早く、その分少し多めに走っている。

 遅まきながらネイチャーの準備を考える。何しろエイドが50箇所、コース図40ページだから簡単には憶えきれない。作戦もこれから。預けるものとか。ペースとか。あと10日だから必要なものを買っておかないと。

2009年4月 8日 (水)

洛陽

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 レース後洛陽に移動し打ち上げ。ホテル近所の中洲中路は街の真ん中でこぎれいな地元料理屋さんへ。

 まずビール、というと「うちは冷えたビールを出さない体に悪い」といわれた。ここはそういう文化の地域らしい。

 お勧めの太刀魚のから揚げ甘酢ソース掛け風の料理。見た目よりもあっさりしていて食べやすい。

 P10302002 Iさん念願の地場白酒「杜康」、それも一番高い部隊専用(85元)を頼んで地場料理を肴に食べる。これは白菜のスープ。

 どれも汁気の多い料理で、腹がっているからバクバク食べまくる。

 このほか羊肉のスペアリブ、など。なんのかの1時間半くらいずっと飲み食いして帰る。

 翌朝ホテルの食事は純中国風料理。野菜炒めなどがおいしい。

P10302022 午前中は龍門の石窟へ。市街地から車で30分くらい。バス路線がたくさん出ている。

 着いた先は一大観光地で駐車場大きく、車を降りて15分くらい歩かされる。入場料120元だって。去年発行のガイドブックに60元と出ている。

 幸い朝早いから館顧客少なく のんびりとあるいて石窟へ。

 少し涼しい。

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 この石窟は15年前に一度来たが全然おぼえてない。西山しか見なかったように思う。

 1キロ弱くらいの河岸に仏像が無数におりつけてある。三尊像が多いか。

 破壊されて穴だけだったり、顔が削り取られている像が多い。宗教的な理由か。

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崖の上の方まで彫っている。遠くから見ると崖は急峻で向こうから吊って彫るのも難儀そう。

 岸壁沿いに観光ルートがついているので階段の上り下りが超ハードワーキング。マラソン後の身にはちょうどいいリハビリ。

 時々いるおじいさん、おばあさんには気の毒なところもあり。

ガイドさんたちは「上の方は何にもないですから降ります」とお客さんを誘導していた。実際上の方は破壊の程度がひどい。

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これが一番有名な大仏様。高さ15mくらいある。左右に観音様みたいの。+四天王も彫られている。

 小さな仏像が破壊されているのに大きなのは無傷。不思議。復元したようにも見えない。

 ここから上に上がる道。急な階段からみる南側の風景は自然一杯の田園風景。

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こちらは四天王。その辺の新しいお寺に飾ってある新しい四天王とデザインが同じ。ここのを真似している。

 これは完璧に破壊されずに残っている。左側のは壊れている。

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 東山=東岸からみた石窟の様子。橋が架かっていて東側に渡る。

 橋からみると水がきれいで(中国にしてはですよ)魚がうじゃうじゃおり、ごみが一つも浮かんでいない。

 かつてお坊さんが修行したころはさぞかし豊かで静かなところだったんだろう。

P10302342_2 東山からみた西山の大仏。あらまあ。あんなに観光客が増えて。巻き込まれなくてよかった。あれじゃ写真も撮れない。

 東山は特に何もなし。小さな石窟でそれも破壊されている。

 香山寺。白居易のお墓のある白園へ。ゆったりとしすぎて時間がなくなり。昼をちゃんと食べたい。という多数決に押されて下山。

 昼だ。と洛陽市外中洲東路の「真不同」へ。ここは洛陽水席料理の本場。

水席料理とは文字通りスープやあんかけ主体の料理。P10302392

こちらは揚げた肉団子におこげのあんかけみたいなのをじゅわっと掛けたの。

 これが最初の料理で、すでにコップに存在しているビールにちょうどいい味。

 きびきびしたウェイトレスさんのお勧め。

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これはこの店最大の名物。冷やし中華みないな料理。真ん中の花は卵みたいで食べられる。この鍋、直径センチくらいある。

 中の麺は米粉的だがそれとも違う。最後まで正体判明せず。

 11時40分に店に入ったらぎりぎり4人席があり。後から来た人は座れずお断り。

 入れず帰ろうとしたアベックの小姐が、写真を撮らせてくれ、といってきた。

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豚肉&枝豆の炒め物。これもスープたくさんで煮物と炒め物の中間。

 「水席」にはもう一つ、水が流れるようにどんどん料理がでる、という意味もあるとな。

 すばやく料理が出てガンガン食べて。ひと段落したらビールを追加注文。

締めはここでも小籠包。1人50元。今回どこも食事は1人50元程度だった。

P10302462 食事終わったらちょうどいい時間。飛行場へ。市街地から20分ほど。

 いまどき珍しい待合室から歩いて搭乗する古めかしい空港。隣に新しいのを作っている。

 15年前と同じ建屋だ。

 帰って1993年9月27日の日記を見た。このとき、香港ー洛陽の便が無い(今も無い)から深圳にいき洛陽行に乗っている。宿泊は洛陽賓館130元(当時の!)。

 龍門石窟入場料5元。洛陽ー少林寺ー鄭州の旅行に5泊6日で出かけている。不便だったんだ。

2009年4月 7日 (火)

鄭開マラソン③:ゴール&その後

P10301742 ハーフゴールのすぐ後ろに50人くらい両側に並んだ花道があり、フルの人とタッチして送り出す。これにとても勇気付けられた。

 相変わらずナンの変哲もない道をひたすらマイペースで駆けてゆく。

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 22キロ過ぎで鄭州市から出て開封市に入った。まだ20キロある。

 開封市ももちろん鄭州と同じな眺め。農村、遠くにヤギ、畑。古めかしい綿入れを着込んだ子供達の応援。

 このあたりでもう歩く人が多く道に人がいない。

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遠くの白黒の粒が放牧のヤギさんたち。ときどきこういうのがいると気分がまぎれる。農耕用の牛もいた。

 11時近くなり気温は20度前後。西から東に向かってまっすぐ走るので午前中は太陽に向かう。弱い向かい風で、暑い、とまではいかないし気持ちよい。

 マラソンで20キロー30キロは一番気楽。すでにのめりこんでいるし、まだ疲れがきてない。

P10301782 25キロ。この5キロ24分。もう少しあげないと。

 ここらあたりから人が少なくなってきたので給水の人がボトルでくれる。なんとなくつかんで半分飲んで半分からだに掛ける。

 使い終わったのを道に投げるとおばさんや男の子が飛んできて持っていく。貴重なバイトになっている。

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前を見ると。すでにランナーがまばら。10車線の道を目一杯使って真ん中を走ってみたり、暇つぶしを試みる。

 だんだん沿道に立つボランティアの学生さんが増えてきた。励ますだけでなく、食べ物や医療品を持っていて、調子の悪いランナーを助けたり、ひどいときはエイドの車を呼んだりする。

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とにかくみんな明るい。ランナーも若者ばかり。中国のマラソンはいつもこうだ。ボランティアも元気で本気で励ましてくれるから楽しくなる。

 いらなくてもなんとなく水を取ったりして交流する。

P10301862 30キロ。この5キロ26分かかった。今日はもうだめだ。あきらめて楽しみながら走ることにした。

 で、走りながら撮る実験を始め、シャッタースピードを変えたりする。これがまずくて、いじりすぎて途中から撮ったのが全部だめになってしまった。

P10301872

こうやってみると背後は砂漠のようだけど農地です。

 最後まで続く農民の方の応援。元気な子供がいると手を振る。向こうは控えめに返してくる。

P10301892 33キロあたり。もう前後に人が少なくなった。ちゃんと走る人が減ったので応援も叱咤激励風になってきた。

 「堅持=勝利」継続は勝利なり。というプラカードを抱えた人が50mおきに立っている。しかたない。がんばるか。

 33キロ過ぎに往復4キロの折り返し路に入る。この手前で操作間違えてゴールまでの写真全部パー。

 折り返しでIさんと擦れ違い。ばててきたところで会えて奮起できた。

 えっちらおっちらで35キロ。5キロ25分。最後だからがんばらにゃ、と応援の学生さんの声援に応えつつ行く。ところが、38キロの標識がなかなかこない。この1キロ6分かかる。そんなにペースダウンか、と愕然として走っていたら3分もしたら39キロがあった。距離表示が間違っていたようだ。

 Anyway終わりだ。最後は市街地に入り、農村と違いぱりっとした服装の人たちに応援されてゴール。3時間34分。グロスだからネットは3時間32分くらい。

 今年4回目のフルで、平均グロスで3時間32分だから今の実力ぴったり。ともいえるが、なんで42キロ走って数分しか毎回違わないのか?何度走っても不思議な現象。

P10301932 まっ。終わり。

 面倒見のいい大会で、ゴールするとボランティアの女の子がランナー一人一人についてレース後の手続きを案内してくれる。招待選手みたいでちょっと照れくさいぐらい。

 女の子に先導されて笑顔のおじさん。自分もこんな感じだったのか?

P10301952景品のうちに高粱麺のカップめん(生めん)があり。

 これはテントにいくと袋を開けて、調味料やら具やら入れてお湯を入れて、そこまで作ってくれる。自分でやろうとしたら、疲れているから休んでいてください、といわれた。

 左腕の緑のリボンがボランティアのしるし。

P10301972

やっと終わり。ボランティア学生さんの記念写真。青春だなーという風情の笑顔でした。

 素朴な感じのするひとばかり。自分が学生のころよりもずっと純真なイメージ。

P10301942

レース後もらった記念品。完走メダル、タオル、工具とナイフのセット(帰り飛行機で預けざるえず)、カップめん、パン2個(いい生地でうまい)、Minutes mate、,水。帰りの荷物がまた増えました。

 Iさん、Iさんご夫妻、みなさん完走。特にIさん旦那さんは初フル完走でお祝い。

 一休みもふた休みもして車で直接洛陽まで。道中レース回想、ビール堪能、景色鑑賞。18時過ぎ洛陽のホテルに入り。

 

 

 

鄭開マラソン:②ハーフまで

P10301402 明けて4月5日朝。6時前に起きて食事。安いホリデーインのわりに食事は豪華。7時出てスタートへ。

 これが遠い。市街地から鄭開大道を10キロほどいった先のサービスエリア。途中で私用車通行止めになり大会バスで延々と行く。

 何もない畑の真ん中がスタート。荷物預けが案外スムーズで安心。でもトイレにいったIさんによると、中国慣れしたIさんあきれるほどの汚さだったそうだ。

P10301392 少林寺の近くとあり、太極拳のグループが白装束でパフォーマンスをしている。うまいのか下手なのかわからない。太極拳は音楽も声も無いから黙々とやっていて不気味。新興宗教団体のよう。

荷物預けていたらみんなとはぐれて1人でスタート。

名簿が一応あり、みると日本人われわれ含めて全部で6人。残り2人はIさんのお知り合いの広州の人たち。外国人らしい名前も3人ほど。そのくせケニアの招待選手が10人以上。特にフルはほとんど地元の青年達。P10301462

8時半スタートの予定がえらいさんの話が延々続きみんなだんだん怒り出した。早くしろ、と口々にわめきだす。

 ようやく8時41分ごろ?スタートしたらしい。自分がスタートゲートをくぐったのは8時43分。

若いのが多くてふらふらしながら走るからぶつかったりつまずいたりしないよう注意しながら最初いく。

P10301492片側5車線。合計10車線の道を全部使って走る豪華マラソンコース。ながら、定規をひいたようなまっすぐで川や道を渡る橋以外凹凸のないひたすら平面な道中。

 一体なにを楽しみにいけばいいんだ。と戸惑いつつ進む。

 今回特に目標もなし。痛いところがないから平均くらいで走れるだろう、という目算。

P10301502 楽しみはなければ編み出すもの。走っているとランナーや沿道に興味を引かれるようになった。

 最初のころ追い抜かれた迷彩服を着て正方形の退陣を作って走る軍団。

 リーダーが掛け声を掛けると全員で「おー。おー。」と叫ず。これを1分おきくらいに繰り返しながら走る。3キロくらいで抜かされた時はすごいスピードだった。みなさんゼッケンはフル。

P10301542 沿道の人たち。コース沿いの農家から応援に動員されているようで家が見当たらないような場所でも自転車やなんかで来てくれている。

 大人はただ見ているだけだが子供が応援してくれる。この警官3人組みはのどかに写真を撮ってます。

P10301562突如うしろからバンビみたいな小さいのが。小学校高学年にしか見えない子供2人がフルのゼッケンをつけて疾走している。あんな年で走っていいのか?

 速いけどフォームは走りなれている様子でもない。どこまで持つか?

 この2人終盤で追い抜いたから完走しているはず。

P10301622 そうこうしているうちに10キロ。あら。52分かかった。幅広コースでスタートしてすぐバラけて走りやすいのに、このタイムでは。あせってスピードを出す。

 とにかく何の目印も変化もないコースなんで道中記すべきことも少ない。

P10301672

ということで次は15キロの標識。この5キロも26分かかった。これはひどい。スピードは全然あがらない。調子的に悪くないし、ちょうど体が暖まって走りに集中できる時期なのに。

P10301702 遠くで音がする。ハーフのゴール地点か?と思ったがそれにしては近い。

 いってみると四つ角の応援の人たちに混じって太鼓おばさんがひたすら単調にドンドコ太鼓を叩いていた。

 太鼓って、応援風だけどきいている方はリズムが狂って気持ち悪い。むしろ管楽器の演奏の方が走りやすい。

終わったか、と過ぎたらその先にまたもう1隊太鼓バンドがいた。

P10301712 いつもながら、大丈夫かな、いけそうかな、とぶれながらなんとなく20キロ到達。

この5キロ25分。まだまだだ。

 見ての通りエイドはどこもこんな感じで小さな机で水を出すだけ。

車で通ったとき道端でスイカとイチゴを50mおきに売っていたから期待したが、そんな甘くはなかった。

 午前中最高気温20度くらい。この程度なら水を飲まなくても走れるからさほど気にせず補給少なめで通り過ぎる。

P10301732

361℃の看板の間がハーフのゴール地点です。若いのが1-2キロ手前から猛ダッシュして危ないんで気をつけつつフルの右側によける。

1時間48分経過。これはまずい。

  

 

 

 

 

2009年4月 6日 (月)

鄭開マラソン①:前日

P10301232  いきなりトラブル。雨で清明節とあり西方向に向かう延安高架が江蘇路あたりから大渋滞。普段休日朝だと30分でつくところが1時間15分かかり。

 おかげでフライト間に合わず。同行のみなさんはセーフで先にいってしまった。

 8時の飛行機を10時に変更しようとカウンターに行ったら乗り遅れた人が押し寄せて山になっている。無理やり割り込んで変更。

ぼんやり待合ですごし10時の乗る。幸いちゃんと飛んで降りたところは鄭州空港。早速先着のIさんに連絡。みなさんは開封に向かうと。鄭州はここ1年で3回目だから勝手知ったる我が家、とまでいかないが、さっとバスに乗り街までゆきそこからタクシーで開封へ。150元取られた。

 開封の「第一楼」でみなさん小籠包を食べてまっている。ここは前回泊まった鼓楼の近くですぐわかり。ついて挨拶。蒸篭一枚食べて外へ。

P10301272  とりあえず鉄塔へいく。公園にはわけの分からない置物がいくつか。子供でもつくらないような熱帯魚(?)のはりぼて。

 同行の鉄塔にIさん旦那さんは鉄塔に登りたそうだったが、上ると足がくたびれますよ。と止めるよう勧めた。上っても中は真っ暗だし。

 このあと書店街に戻りムスリム地帯のモスクへ。回族のおばあさんが珍客とみていろいろ説明してくれるがさっぱり分からず。

 車で鄭州へ戻る。街道は明日のマラソンコース鄭開大道。とにかくはてしなくまっすぐで単調な道。途中スイカとイチゴ売りがいたるところにいるくらい。遠くに羊が見える。

P10301342

18時にホテル到着。金水路のホリデーインエクスプレス。ホリデーイン系が3軒固まっていて、他のはクラウンプラザとホリデーイン。こういうところも珍しい。

 レースを控えて近場でばんめし。となりホテル向かいの信陽料理店へ。信陽は河南省南部の街。

 店員の勧めるもの中心に頼んだがどれもおいしい。案外と薄味。このスープは味がよく出ていて透明。

P10301352 豚肉と大根を煮たの。大根によく味がしみている。

 残念ながらレース前で本日は禁酒。白酒同好会のIさんは心底ビールが飲みたそうだった。終わったら思いっきり飲もう、と約束する。

 

P10301332_3

中でも大好評だったのがこの大根ご飯。チャーハンではない。薄く味が付いたご飯に細切り大根を醤油で煮込んだの、その他を掛けて出してきた。

 これも見た目よりもしつこくなく、大鍋を4人で完食。満腹になりすでに朝飛行機に乗り遅れたことなどきれいに忘れた。

 マラソン用の荷物は李さんがホテルまで届けてくれていた。中を見たら安全ピンがない。食後近所の文房具店で購入。4人分40本で5角。店の女の子に悪い気がした。。

 今日はとにかく休むことが先決。買い物したらすぐ帰り、21時過ぎに寝た。

2009年4月 4日 (土)

鄭州へ

 上海は雨だ。霧模様でフライト大丈夫か?

 5日の河南省マラソンに向けてこれから鄭州へ。奇縁で鄭州にいくのはここ1年で3回目。全部私用だが、過去2回は城壁見物だった。

 今回上海から4人で参加。ついでに各地見物する予定。鄭州の天気予報は晴れで20度くらいとなっていて好コンデションを期待。

2009年4月 3日 (金)

靴試し

 昨日休んだので今朝5時前から張江方面一回り、20キロほど走る。足の調子はまずまず。週末の河南省マラソンは普通に走れそうだ。

朝走るとき春のレース用に買った靴を慣らしで履いている。靴は200-300キロ走った後が一番走りよい、とはあるウルトラランナーのコメント。100キロくらい走り足になじんできた。

 普段靴を気に掛けない方で、練習用は4-5年前に買った底の厚いのを履いて走ることが多い。当然相当磨り減っていて傾いている。自分はがに股気味で靴の内側が減る。古い靴だともう5ミリくらい底の厚さが違っていて足首に負担がかかることを実感する。

 さすがに新しい靴はクッションの反発性が良いし、減っていないから疲れない。そもそもここ5年くらいで靴が進化していて種類が多く。選ぶのに苦労するほど。

 幸か不幸か日本にいないのでマラソングッズを買うことも少ない。

 

 

 

 

2009年4月 2日 (木)

走行距離

 3月の走行距離は430キロだった。そのうち24時間走が150キロだから引くと280キロで大体1日10キロくらい。昨日聞いたらKさんは3月500キロ超えたそうで、単純に割ると一日17キロくらいとなる。とても勝てない。

 例年4月ー6月は200キロ以上の大会に参加するから合計すると500キロ超えることもあるが、大会の前後2日くらいは休んだりしてそれほどにはならない。距離を出すにはコンスタントが必要。Kさんといい、隊長といい、女性の方が気合が入っている。

 今月は鄭開マラソンとネイチャーがあり、2つ完走すればすでに290キロだからかなりいく予定。完走すれば。 

 

2009年4月 1日 (水)

独裁

P10301192 4月1日6時10分。もう陽が高い。手前の川は科技館前の前のどぶ川なんだが、光の加減で高原の朝の光景みたいにみえる。

 写真は人に似ない。なぜなら人の外見が本人に似ていることが少ないから。というが、風景もそうなのかもしれない。

 同じものでも99%はなんでもなくて、1%の瞬間だけエクセレントな景色になる、という具合。

 4月になっても朝肌寒い。6度ー15度という天気予報。もう手袋がいらなくなって擦れ違う人たちをみると、服が減ってスリムに見える。

 昨日中国人の知り合いと話していたら、金融危機みたいにピンチの時は中国のように独裁体制のほうがいいかも。という話になった。中国では昨年来、政府が株を買ったり、家電や自動車の補助金出したり、不動産買い支えたり、道や鉄道を前倒しでバンバン作ったり。あっというまに景気刺激の大型政策を決めてしまった。

 方や米国、日本は政府だ、議会だ、世論だ、と紆余曲折して遅い、と。

 そうかもしれない。米国でも第二次大戦の時特例でルーズベルトが大統領を4選した(あちらでは暗黙規定で2選までらしい)。英国でもチャーチルがほぼ独裁だったし。日本も。

 でも、そうやって右往左往して悩んで合意形成する自体に意味がある、ということに建前はなっているし、これは変わらないだろう。

 しかし、経済活動は強権が有効なのは間違いない。現に、この不景気となると、会社はやさしいベールを脱いで強硬手段に出る。誰もやむをえない、と受け入れている。

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