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2008年7月19日 (土)

倚天屠龍記2008(2)

 今朝早めに25キロ走る。張江から申江路のいつものルート。18キロくらいまではトコトコ淡々と走れたが、その後急に疲れが出てきた。頭の方はもうちょっと走ろう、と言ってるのだが、体がどうしてもいやっと言って止めにした。

 台風が近づいているから南西の風が強く、向かい風になると涼しい。その後雲が出てきて天気が崩れ気味。

 お休みしていた「倚天屠龍記」の感想。

 この本は5つの挿話がつながって構成されている。

0郭襄、覚遠、張君宝が少林寺で巻き起こす騒動。

1それから数十年後武当派の隆盛と白鷹教の出現、倚天剣をめぐる争いから張翠山と殷素素が自決するまで。

2孤児になった張無忌が苦難の道を歩みながらも成長して武術と医学を会得し、六大門派から明教を救い教主になるまで。

3趙敏が登場し、豪傑たちを次々と打ち破り、万安寺の戦いの後張無忌に引かれる。その後張無忌と女性達が霊蛇島に集まり、最後小昭が去る。

4趙敏失踪、屠龍刀消失、殷離殺害、の謎が発生。話は大きく展開し少林寺の戦いから元末反乱になり結末。

 だんだんとつまらなくなってゆく。0は別として、1が話として一番良くできているしまとまりがある。その次が2。3からスケールがでかく、登場人物が多くなり、正邪の別がいろんな観点からされ複雑になる。でも引き込まれるものがない。

 登場人物に問題がある。人が多すぎて個性がなくなってしまう。張無忌はわざと没個性な人物造形にしてあるのでしょうがないとして、その他も善が善らしくないし、悪はどうしようもなく悪ではない。皆成り行きで悪にも善にも転んでいる。

 実在の人間はそうとはいえ、武侠小説ではもっと単純な人物でないと存在感がなさ過ぎる。1が面白いのは張翠山と殷素素が太く短く生きるから。殷素素は裏表あり、張翠山はまともすぎるから長く登場すると普通の人たちになってしまいそう。早々舞台から姿を消すことで強い印象を与える。

 同じようにいくつかのエピソードが積み重なる「天龍八部」はやはり人物が沢山登場するが個性がはっきりしている。

 この小説は全体として、明教を正とし、六大門派などが邪に堕する姿を描くことで正邪は相対的なものであると語っている。となると人物も絶対的でなく相対的になるのは必然か。

 それにしてもどうにも不完全燃焼間がある。悪の化身、成昆でさえ、ただの失恋の恨みから一生過大な妄想を抱いた哀れなじいさんにしか読めなかった。

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