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2008年5月 6日 (火)

萩往還250キロ(5):末路

Cimg42932 ちょうど1時間休憩し18時18分宗頭文化センター発。制限時間あと24時間。出るときリタイヤバスが到着。20数人ランナーが居た。今年は暑いからリタイヤも多そうだ。

 足裏、太腿は休んで良くなったが、恐れていた左足首痛が本格的に始まった。ゆっくり歩を進めてCP6藤井商店178キロ着。18時51分。明るいうちにここに着くのは初めて。山間にぽつんとある店。すでに閉まっている。

左折して191号線に向かって登る。ここもまだ明るい。農家の人に、「どこまでいくの」と聞かれる。「萩から山口まで」。「そうか。大変だねー」とのんびりしたやり取り。左側を小川が流れる林道をひたすら登る。1台だけ車が来た。ようやく191号線に出たときにはもう暗い。鎖峠へ。ゆるい登りをほとんど歩いてゆく。

 一晩徹夜して二晩目になり、どっと眠くなってきた。国道とはいえ暗い山中の一人旅。急激に眠気が襲い朦朧。街路灯やランプに照らされるものが人に見えてくる。鎖峠からの下り、ふらふらしながら下りていると後ろから来た人に猛スピードで抜かれた。眠気覚ましかつ道確認に着いてゆく。左に鋭角に下りて三見へ。

 町に入るまでが長い。真っ暗な中前の人の点滅灯を見ながら行く。CP6三見駅につくころはとぼとぼ歩き。足首痛+眠さでどうにもならない。三見駅187.1キロ着20時5分。ランナー居らず。応援の方が2人。まだ駅が開いている。

 ルート上一番さびしい三見駅ー玉江駅へまた一人でゆく。頭がぼけているので最初道があっているのかちょっと悩むが、間違いないと走り続け10分ほどで河内第一踏み切り。このあたり見るものがどれも人にみえる幻覚。更に木立の音が人の声に聞こえる幻聴も。気温が下がり肌寒い。ウインドブレーカーを着る。いくら眠くてもこんなところで休むわけにはいかない。途中2本電車が通り過ぎた。海岸に出て風が強い。また後ろから来た人に抜かれる。何度も踏み切りを渡る。早く玉江に着かないかな。

Cimg42992 玉江の町に入ってから駅までが遠い。途中由緒ありそうな家々を見ながら町外の山陰本線玉江駅着195.3キロ着。21時31分。

 夏みかんとお茶をいただく。まだ電車があるそうだが、椅子を片付けてエイドになっている。片隅に毛布が。ちらっと寝ようか考えるが、ここは中途半端だから止める。

特産の夏みかんを砂糖漬けにしたのが妙においしい。バリバリ食べる。

また鹿児島のTさんと一緒に出る。しかし、Tさんはすぐに先行。こちらはのろのろ。ここから明木まで約7時間全く写真を撮影していない。いかに頭がぼけて何も考えられずにいたかわかろうというもの。明木で夜が明け始めたので撮影が始まった。

 菊が浜海水浴場の信号を右折し24時間スーパーを見て、次の信号を左折し雁島橋へ。前方遠くに見えていたランナーが直進したように見えた。注意したかったがなにぶん遠すぎる。

 雁島橋を過ぎて笠山まで遠い。タイムアウトでリタイヤした初参加のとき、足が痛くて眠くてここが本当につらかった。それ以来一番いやな区間。道の駅に私設エイドのご夫婦が。お茶をいただく。

 走るのが遅いものだからどんどん時間が経つ。前から戻ってきたランナーとすれ違うが歩道の向こうで誰かわからず。眠さと痛みでとても走れるものではないが、こうなったら当面の楽しみは虎が崎の食事と仮眠。それだけを考えてなんとかぼちぼち走る。

 明神池着。ここからの登り1.3キロは全部歩き。23:40笠山204.4キロ着。えらく時間がかかっている。チェックしてすぐ下りる。虎が崎207.1キロ着5日0時5分。最後の食事場所。崩れるように座り込む。まずはカレーを食べる。カレーは川尻岬よりも辛くておいしい。水をがぶ飲み。さすがに胃が荒れてきたので三共胃腸薬を飲む。

 食事したら猛烈な脱力感。奥の座敷を借りて一眠りすることにした。先客に女性が一人横たわっている。広い場所が開いているので遠慮なく横になる。ストーブが炊かれて暖かい。あんなに眠いのに熟睡ではなくて半眠うつらうつら状態。すぐ後にもう一人来て、「20分で起こしてください」と店の人に頼んでいた。こちらは約20分寝たらそれだけでずいぶん頭がすっきりした。

 足首は歩くだけで痛い。だが、触ってみると腫れていない。本当に重大ならば走れば走るほど腫れるはずだ。先日の太陽の道で足首激痛リタイヤした時も腫れていなかったから2日もしたら痛みが失せた。あと42キロ。絶対大丈夫、と言い聞かせて立ち上がる。12時35分出発。

 いつも通り来た道でない裏側の山道を行く。1キロで明神池の方に出る、とスタッフの人の話。出てしばらく行ったら後ろから来た人に、「おいおいそっちは違うよ」といわれた。笠山にまた上る道に舵を切っていた。意外なところでコースアウト。幸運にもすぐ戻り。この人はあっという間に先に行ってしまった。

 よろよろしながら真夜中の道を走る。東光寺の方へ矢印に従い左折。川に出てから歩く。なんとか最後のCP東光寺215.3キロ着。1時50分。近所のポプラで肉まん食べる。トイレでおなかをすっきりさせる。ちょっと楽になった。止まって動き出すと寒い。松蔭大橋からバイパスショートカットで料金所方向へ。140キロや70キロの人たちに会い始める。とにかくあと30キロほどになったので少し元気になり料金所。140キロの人大勢。靴を脱ぎ掻いたり叩いたりすると足裏痛が癒える。これからしょっちゅう靴を脱ぐ。

 Cimg43022 真っ暗な中往還道に取り付く。山道を一歩一歩。この辺の登りはそう長くない。ただ、ついに得意の登り歩きも足に応えるようになってきた。スピードが出ない。山から下り切ってまだ薄暗い明木市着226.4キロ。すでに4時48分。空が白み始めた。あめをもらってすぐに出る。

最後の難所一升谷へ。山道の上り坂が延々3キロ続く。とにかく立ち止まらずに歩き続ける。果てしない坂の向こうから140キロ、60キロの人たちがやってくる。すれ違うと挨拶。

Cimg43042

 一升谷で精魂使い果たして下る。猛烈に足首と足裏が痛い。道端に腰掛けて靴脱いで呆然としていたら通り過ぎたランナーが「どうしたん?大丈夫か?」と聞いてきた。「足が痛くて。動けんです」と答えて更にたたずむ。5分ほど揉んだりして立ち上がる。が、写真のようなあぜ道が萩往還の古道。このあたりこういうのが多い。舗装路でないでこぼこ道は痛くて走れない。500mも無理に走ったら下りでもゆっくり歩きしかできない。

 万事休す。ここから全部歩くのか。。。何時間かかるんだ?約20キロだから5時間くらいか。この時点で午前6時前だから制限時間まで12時間以上ある。でも。。

 こんな苦しみは一刻も早く終わりにしたい、と思う。手をつけたことがないバッグに忍ばせた痛み止め薬を飲む。超ウルトラで鎮痛剤を飲む人は多いようだが、薬嫌いの自分は飲んだことがない。たまたま2月膝の怪我をしたとき香港の病院でもらった鎮痛剤を持ってきていた。この薬、結局もらっただけで一粒も飲んでいない。鎮痛剤を飲むのは生まれて3-4回目。20代のころ歯痛止めを飲んだのと05年の萩往還でアキレス腱痛でリタイヤした時エイドでもらって以来。。

 薬は飲んだことがない人にはよく効くという。薬を飲んで歩き始め、10分で痛みが和らいだ。走ることに支障がなくなった。薬恐るべし。だから薬は飲まない。

Cimg43062 麻薬(?)のおかげで痛みがなくなったので駆け下る。道をはっきり覚えておらず、あぜ道を適当に走っていたら佐々並郵便局が??いつの間にか佐々並エイド到着。去年はこの前でコースアウトした。あれはなんだったんだ?

佐々並エイド235.4キロ着。7時42分。豆腐はまだない。行きずりの人と天気の話をする。昨日30度まで気温が上がったそうだ。

さっと食べて飲んで。あめをもらい出発。あと15キロ。ここから舗装路が多く上りも多い。前から140キロの部、70キロの部、60キロの部、のランナー、ウォーカーたちが次々に来て挨拶しまくり。こちらも薬のおかげで痛みが薄らいでいるので登りも走って格好つける。

Cimg43082  夏木原キャンプ場あたりから疲れて歩く。向こうから来る人も少なくなったし。警備員さんがいて最高点560mの板堂峠。写真のような自然歩道が板堂峠。

 時間をみると8時25分。うまくいけば39時間切れないか?どうかな?石畳きついし、足が痛いし。とりあえず走り降りてチャレンジするが、最後の石畳が長い。舗装路の天下畑に出たころはもう39時間間に合わない。後ろから下り速い人に抜かれた。それでも最後だから走り続ける。

 ダムが終わり、下り、住宅街に出て、着替えの木町集会所。このあたり自然とスピードが出る。角を曲がってゴール。コンピュータの計時は39時間6分。

 

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