海寧(2):金庸旧居
金庸(1923~)の本名は査良鏞(鏞は古代の楽器だそうだ)。ここ、海寧袁花鎮で生まれた。海寧市中心から袁花鎮まで20キロくらい。昔でも馬に乗れば1時間そこそこでついただろうからそう遠くない。
海寧繁華街の聯華大廈前にはタクシーが行列。人相のよさそうな運転手を選んで乗る。若くて感じの良い運ちゃんだが、「金庸旧居?長い間運転手やってるけど聞いたことないな」という。とりあえずここ、ここ、と地図を見せて、袁花まで行く。途中高速ではないが新しい広い自動車道。車少なく、信号少なく、袁花鎮まで30分もかからず着いた。このあたりは太陽能(太陽エネルギー)の看板を出した工場が軒を連ねている。太陽光発電のようだ。
沿道をみると菜の花畑の黄色がどこまでも続く。
海寧市街から出たらすぐに民兵詰め所みたいなのがありタクシーを停める。制服を着た男が「身分証を見せろ」という。バス旅行で日帰りだからパスポートを持っていない。「無い」というと、「免許は?その他無いか?」という。やはり無い、と答えると、「どこから来た」というから、上海、と答えたら行ってもよいという。運ちゃんによるとこの辺、タクシー客を登録するのだという。こんなの初めてだ。外国人、といったらどうなったのだろうか?
袁花鎮に入り地元のタクシーに聞くと、道を教えてくれた。しかし。ここから手間取る。聞いた通りに走ると「金庸旧居」の小さい看板が。その後さっぱり標識がなく迷い。農道に入って行き止まりの工場で守衛さんに運転手が訊ねる。ところが、守衛は聞いたことがないという。かれこれ10分くらい地図を持って問答したが駄目。しかたなく引き返すと自転車の 女子中学生風が2人。2人は「すぐそこだ」と丁寧に教えてくれた。
工場が点在するまっ平らな畑の真ん中にひっそりとあった。これは見つかりにくい。看板が出ていない。タクシー70元。
入場料取らず。管理人見当たらず。新しい建物。10年ほど前に地元の政府が建てた、と説明にある。間取り図がある。全1100m、約350坪。こんな田舎にしてはそれほど広くない。
着いた時他の訪問者がいない。タクシーの運転手に待っていてもらう。
間取りをみるとよくある中国式の家で、客間、書院、寝室、厨房など一通り。左上の小屋は蔵書楼。
金庸が愛読した「二十三剣客図」が壁画にある。特別な遺物があるわけではなく複製と写真、説明のパネルばかり。中国にありがちな新しい観光施設だ。
海寧の査氏は「唐宋以来巨族、江南有数人家」として鳴り響いた名家。展示してあった家系図の解説によると、海寧査氏の先祖は元末の戦乱を避け皖南の婺源西鳳山(黄山の南で今は江西省)から移った。当時この土地は龍山と呼ばれており、「鳳龍之合」で縁起がよく、気候も温暖でここ居を定めたと。
まさしく江南らしい水郷の郷で海も近く、街道、運河の要衝嘉興に近く、という場所。
査氏一族は清代最も繁栄。金庸以外で自分が知っていた唯一の人、文字の獄の査嗣庭など進士を輩出している。
昔の家を模してある展示。竈に絵が描いてある。このあたり、今でも旧式のこういう竈が残っているかもしれない、と思わせるたたずまい。
見ていたら急に高校生くらいの生徒がわんさかやってきた。地元の子供が大人に連れられて見学に来たところ。さきほど道を聞いたら子供が知っていて、守衛さんが知らないのがわかる。
寝室に「金庸出生地」と看板が出ている。ここだけガラスで仕切って入れないようになっているから本物かもしれない。中には中国式カーテンのあるベッド。昔のベッドを今見ると本当に小さい。みんな身長が低かったのだろう。
そういえば地元の査一族が今どうしているかの説明がない。没落したのか。
著作説明コーナーにあった作品出版履歴。金庸作品に関する本は多いが、こういう校訂を解説したが少なく、ほとんどは感想や本文中の典故の出展、解説。
こうやってみると1956年ー63年に集中的に書かれている。もう50年も前のことだ。修訂とは単行本出版のことだろう。新聞連載から15年ー20年経っている。相当加筆修正したはず。
「笑傲江湖」が1967年-69年の掲載、というのが目を引く。あの時代だからあのストーリーとなったのか、あの時代に抗議するために書いたのか。
見終わって外へ出ると15時20分。天気が良くなって一面の菜の花が鮮やかに遠くまで見える。こういうところで生まれ育ち、戦乱がなければさぞかしのんびりと暮らせたことだろう。
建物自体は新しい。見るべき価値はない。ただ、処女作「書剣恩仇録」から舞台となった金庸の故郷を一度見て物語を見る幅が広がった気がする。狄雲のモデルもここにいた。
待っていた運転手「観光地ならもっと看板出すべきだ」などというが、語り口がソフトで、粗雑なところがない。帰り道地元の紹介をいろいろしてくれる。この辺ならば海塩か桐郷のほうが見所はあると。上海から日帰りだと観きれないから今度は一泊で来たほうがよいと。帰りは30分で客運中心着。54元。往復で124元も稼いだから今日はもう帰りそうだった。
16時20分発上海行バスは一杯。フランス語3人女とまた一緒ですぐ後ろに座った。またもや上海までしゃべり続け。よく話すことがあるものだ。18時10分上海南駅着。
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投稿: 中古車買取 | 2012年4月25日 (水) 17時44分