« ウルムチから帰る | トップページ | 上海蟹 »

2007年9月24日 (月)

村岡100キロ

 日本から今週末の村岡の通知書を転送してもらった。村岡は二回目。前回2004年は雨の中人生最悪の苦しみを味わった。キャッチフレーズは「日本一過酷なウルトラマラソン」。この文句につられて申し込む人、たいしたことなかろうとたかをくくって来る人、自信満々で臨む人。みんなスタートして10キロで後悔する。この地獄があと90キロ続くかと思うと。そんなことはなくて、最初の10キロはまだウォーミングアップだと知って身の不幸を嘆くひまもなく走り続ける。途中から歩くしかなくなる。歩くのも疲れてエイドでへたりこむ。ついには横たわる。

 日本一過酷なフルマラソン「御岳マラソン」もそうだったが、「日本一過酷」とまでいわれると参加したくなるランナー達ははマゾ集団なのか。ちなみに御岳マラソンはスタートからゴールまで42キロ全部登りという趣向。誰がこんなこと企画したんだ!(でももう一度出てみたい)

 村岡初出場の3年前。レース終盤なんとか時間内に入りたかったけれどもう下りでも走れない。あきらめかけたら同年代の女性に抜かれて発奮。そのせいか?故障覚悟で転げ落ちなんとかゴール。なにか理由がないととても完走したくないコース。

 Cimg05142 そんな愚痴をいいながらなんで参加するかというと、コースと正反対に日本一手厚いコースサポート。といってもエイドが多かったり、マッサージしてくれたり、とかではなくて沿道のみんなが応援してくれる。そうなったら歩いてなどいられない~~!とがんばって墓穴を掘ったりする。なにしろ村岡名物、ランナー一人一人への手紙(左の写真を右クリックすると拡大されます)。

 村岡の中学生がランナー専属応援になって手紙をくれる。今日もらった通知書に同封されていた。更に60キロあたりにこの生徒が書いた応援の旗が全員一人一人に向けて立っている。これをみてなんとかゾンビが正気に戻るみたいにカムバックする(しないとこの子達に怒られそう)。

 なぜかコースも制限時間もきつい割には完走率は高い。やっぱりウルトラはコースではなくてマインドがすべて。今年の目標も完走、あるのみ。どうせこのあと1ヶ月レースないし。                                       

« ウルムチから帰る | トップページ | 上海蟹 »

マラソン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 村岡100キロ:

« ウルムチから帰る | トップページ | 上海蟹 »

無料ブログはココログ
2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31