大会から2日経って足の方は太もも痛と足底筋痛で、これは徐々に回復。歩くのはそうしんどくなくなった。
2晩徹夜して、その後12時間寝たものだから睡眠サイクルが乱れていて、昨夜はよく寝れなかった。眠いのに熟睡できない状態。
2晩徹夜すると3晩過ぎないともとに戻らない。
豊田湖から新大坊まで25キロ以上という長丁場なんだが山の中の夜行で毎回記憶が無い。地図をみるとゴルフ場とか周りにあるんだけど看板も見たことがない。
豊田湖からはしばらく湖沿いでそんなに起伏がなく単調。雨の中進むのみ。まだ元気だからさほど寒さを感じず。防寒にタオルを首に巻いた。俵山温泉のエイドで、それ案外暖かいんですよね。といわれた。そうなんです。
しばらくすると俵山中学。その先が俵山温泉。商店の店先がエイドになってます。ここは例年さっと通り過ぎるところ。何でだろうか。食べるところでないからだと思うし、この前坂が緩いから疲れないからでもあり。
中はストーブを焚いて暖かい。
ランナーが一人火にあたっていて、店先に車が来て、「来たよ」との声で乗り込む。リタイヤだそうで。2時過ぎです。
この後はしばらく上って標高260mの砂利ヶ峠からずっと海に向かって下り。上りは歩きを交えてそんなにつらくないが、下りが9キロと長い。コース最長の下り道。毎回、飛ばしすぎるとダメージが出るから極力抑えていく。
上の方は完全に霧で30m先しか見えず。峠を越えたら北風がまともに向かい風になり寒いこと。。
下ると霧は晴れるが海からの風が吹き荒れて嵐の様相。
(←80キロの新大坊エイド)
車道から入ったところがどろどろで入口で右往左往。3時50分着。
雨のエイドお疲れ様です。こんな雨は初参加の2004年以来だ、とエイドの方と話す。過去7年ずっとこの辺は晴れてました。
暖かい豆腐出てきた。この寒さを知っていたかのような暖かい食べ物。
エイドを出たら風雨で方角わからず、逆に走り始めたら他のランナーから、違うよ、と呼ばれた。

夜明けまで海辺は風が強く、6時ごろから落ち着いてきました。
前後にランナーさん数人います。この辺りは迷うことないから大体単独走。
先のことを考えずに淡々と。夜が明けた。雨は小降り、風は大風に。
海涌食堂87キロ到着。4時58分。いい感じ走っているつもりにもかかわらず去年より50分くらい遅い。これは去年のタイム越えは難しいか。
食堂で中華丼。量が少ないからすぐ食べ終わり、トイレに入って油谷中学でチェックと預けた荷物受け取り。ここまで雨が降ると思わず。靴下の替えを入れておらず。タオルを乾いたのにして食糧を持って出発。
毎年この先の坂は最初歩きます。ここまでの調子を見るために。今回、彩湖から左足首突っ張り、ここは毎回痛くなるところ。後は特に悪いところなし。なのでこの対策がレースの中心課題。

足首は足底筋膜炎の影響で、塩が抜けると痛くなり、塩を補給すると一時的に収まるんで、今回小さいペットボトルに塩水を入れて持参した。
効果はあったようなないような。
1月のヘルニアでもらった鎮痛剤の残りがあり、黄波戸で飲んでみた。これの効き目の方が強かったのか。終盤足裏がいつもより痛くなかった。
(←大浦の海)とても漁に出る海でなく、誰もいない。
相変わらず自分ではちゃんと走っているつもりがスピードが出ない。それでもそんなに疲労が出てこないんで俵島への坂道も走って登る。

前後している人となんとなく競り合ったりする形で大浦を過ぎて山の中に入り、なるべく何も考えずに進む。そうしないと、ここも、どこも、CPは永遠に到達しない気がする。
全く意地が悪い、一番遠い所にCPが設置されている。
(←CP3俵島)
6時38分着。いつものおばあちゃんがにこにこしてお水を飴を振舞ってくれる。毎年、「どこから来たの?」と聞かれる。
少し話し込みたいし、話し込んだ年もあるけど、止まると寒い!すぐに北コースを通って戻り。下り坂も歩き。
来る途中YさんとかIさんとか36時間切りランナーとすれ違った。帰りはレース中見知った人とあいさつ。

萩往還250キロ通の人なら知っている隠れた難所①「川尻岬への道」。地図でみるとなんでもないんだが、急坂が続いていて、予想外であそこで参った、という人が多い。
素直に歩きます。景色を見ながら。
(←これは何でしょう?)
油谷あたりの民家の通り沿いの入口に置いてある注連縄みたいな飾り物。帰って調べたら庚申塔だそうで。気が付くといろいろなところにあります。
海の仕事は危険と背中合わせなんで漁師さんは信心深いと聞きます。

前後誰もおらず、夜が明けて眠気はなく、ペースもそんなに悪くない、ということでゆっくり力を温存する方向で川尻岬へ。海岸までいくと強風だ。
(←川尻岬「沖田食堂」)
3日8時ちょうど着。去年は6時50分着。この違いがなんだかレース終わって未だにわからない。
CP4でチェック。記帳はボランティアの方、毎回写真もとっていただく北九州のお医者さんがしてくれました。ここは雨あがってました。
釣り客用のお店で大きな魚拓が壁一面に貼ってあります。

カレーとうどんがあり、8割がたのランナーはカレーを食べます。
スタートして一晩越え、レース前にたくさん食べたものを消化して空腹になる時期。
食堂にいた5人中2人スーパードライを飲んでる。
5分くらいで出発。取りあえず歩き。広島から来た人と話しながら。車で来たんだけど帰り、寝不足でとてもそのまま帰れない。車の中で寝ようかどうしようか。と。昨今交通事故が多くて、さすがに2晩徹夜レース後の運転はまずいでしょう。
この辺は人丸という由緒ありげな地名。林と畑が多く、漁村でなく農村になっている。
ここも何気に高いところまで登らされ、一気に漁港まで下る。

今年も棚田にまだ水が無く。今年寒かったから遅いのかな。と思っていたら水を引いてある田んぼもあり。
神社までの下り。急に途中急に舗装路になりちょっと迷う。道連れの人に、なまじ9回目だ、などと言ってしまったんで、どっちですか、と聞かれても。。あそこに鳥居が見えるからまっすぐかな、というくらいの頼りなさ。
川尻漁港からシーブリーズ(まだ営業している様子)を過ぎて大浜海水浴場。いつもここでトイレに入る。大きくてきれいなんで。通りから50mくらい引っ込んでいるんで来る人少なし。
トイレから出たらサーフィンの若者に、「萩往還ですか。何キロ?」と聞かれ、答える。
またずれがしてきた。ボルダーを持ってくるの忘れた。宗頭に預けたがそこまで50キロ以上ある。困ったな。

隠れた難所②立石観音の手前。ここもずっと上って海辺の観音様まで下りる。
CP5立石観音、118キロ着。3日9時45分。去年までと少しチェック位置がずれてお店の前に。ランナーが5人休憩中。この後しばらく自販機もないから買わないと。
油谷中学から坂ばかりになってめっきり進捗が遅くなってきた。
(←千畳敷への道)
最後の、例の無茶苦茶な坂道(あるランナー曰く、設計ミスで費用ケチりすぎ)の前も長い坂が続き。あげくに全く人間味のない、人工的な急勾配。コースになった歴史は短いものの萩往還名物の一つ。
このところ雨は止まないけど小康状態。千畳敷に登るにつれて霧の中に入っていく。頂上、CPにつくころには霧の中。景色全く見えず。観光客おらず、マラニック関係者ちらほら、というところ。
(←CP6 千畳敷)125キロ 3日10時55分。
寒いからチェックして写真撮ってすぐに降ります。
長い下り、太ももの筋肉はこれ以上走るとまずいんじゃない、といっいて、足首は普通なら歩くのいやなきりっとした痛み。いつものことながら、まだ半分で大丈夫なんだろうか?
初参加だと大いに不安になるところなんでしょうが、過去なんとかなってるんで今回も気にせず、焦らず先に進むのみ。
下りをゆっくりと。
(←日置エイド)「へき」と呼びます。
ここはマイナーエイド視されているみたいで、あんまり完走記とかレポートで長逗留してません。次の仙崎を節目にしている人が多い。
それだけ青海島が難関とみられている。
自分はここを一つの到達点にしていて、このエイドから仙崎ー鯨墓ー仙崎ー宗頭の45キロを食事以外の休憩無し走り抜ける。
ここは座敷があって軽い故障の応急処置をしたり、荷物を詰め替えたり、要らないものを捨てたり、服を着替えたり、いろいろできる。今回ここでまたずれ対策に下着を脱いでしまった。
この日置から宗頭まで、黄波戸と青海島の一部以外平坦。250キロで一番長い平坦区間で、ここで走らない手はないでしょう。ここまで山ばかりだからランニングの足が温存されている。なので、仙崎までの13キロくらい、毎年結構楽しくノンストップです。
雨も止んだし。